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「完璧ね」
ベル、ノーマッド、スリープの報告にジェーンは微笑んだ。
「まだ終わっていない。気を抜くな」
「そうね。でも、」
ジェーンはトリガを絞る。木霊するような轟音もなければ、銃口から迸る閃光もない。ただ、わずかに機体が揺れ、薬莢が跳ねた。数瞬後、一〇〇〇メートル前方、兵員輸送車の影で擲弾発射器を構えようとしていた兵士が絶命した。
「すぐに終わるわ」
ネームドとジェーンは、戦場の南に位置する小高い丘陵の斜面から、車列の様子を俯瞰していた。視界は良好で、狙撃を妨げる要素はない。車列の後方からの襲撃を指示したのは、風向きを考えてのことだが、そもそも、煙さえ上がっていない。
行動開始から一八〇秒。政府軍部隊の戦力は三分の一が失われ、一方で、アヴァロンはその姿を視認さえされていない。視たものは、既に死んでいる。時間の問題でしかないことは、事実でしかなかった。
政府軍部隊の統率は失われてはいない。先頭を走っていた軽装甲車の助手席で葉巻をふかしていた如何にもな容姿の男は期待以上の働きをしていた。だが、それもそうさせているだけ過ぎない。
いつでも殺せたし、いつでも殺せる。殺さないのは、組織的に抵抗させたほうが数を減らしやすいからに他ならない。指揮官が失われ、制御を失えば、部隊は崩壊する。そうなれば、個々の思考で行動する無数の兵士を相手にしなければならなくなる。それは徒労でしかない。
行動目標は、撃退ではなく、殲滅。故に、部隊を生かしたまま、兵士を殺していく。指揮官を殺す機は決まっている。それは撤退を命じようとした瞬間に他ならない。
「軽装甲車の運転席、銃座」
「確認。運転席から」
続けて二発の銃声が鳴り、軽装甲車を動かそうとした二人の兵士がその生命をもって証明する。抗うことなどできないと、逃れることなどできないと、ただ死ぬしかないと、
「初弾命中、次弾命中」
ネームドが双眼鏡によって拡大された視界に投影された現実を事務的に告げる。
「外す要素がないわ」
ジェーンがつまらなさそうに呟く。相対距離一〇〇〇メートルを跨ぐ超長距離狙撃。それは、練達した狙撃手だけが有する一方的、かつ、致命的な攻撃特権に他ならない。ジェーンに操られる黒い人型は、その特権を行使していた。
何もしていない。ジェーンは、そう考えている。何もしていないというわけではないが、ジェーンは自身が狙撃を行なっているとは考えていない。
銃口から放たれる弾は直進しない。ありとあらゆる自然の要素に抵抗され、その軌道を歪められる。標的との相対距離が大きくなれば大きくなるほど、歪みは大きくなる。狙撃とは、情報を収集し、演算を実行し、軌道を導くことに他ならない。狙撃手とは、情報を収集し、演算を実行し、軌道を導き出す者に他ならない。
だが、ストラティクスが行使する狙撃はそうではない。狙撃手が軌道を導く必要はない。狙撃手が誤差を修正する必要はない。狙撃は狙撃プログラムによる自動制御で行われる。設置されたセンサーポッドが収集した環境データ、距離、重力、風向、気圧、気温、湿度を基に、アルゴリズムが軌道を導き、誤差の修正を行う。
狙撃手がすべきことはスコープを覗き、レティクルとタイミングを標的に同期させトリガを引く。それだけだった。ジェーンは、仮に自動制御がなくとも、この距離での狙撃を問題なくこなすだろう。だからこそ、ジェーンはつまらない。ただ何の感慨もなくトリガを引いて殺していく。
「何をしているか解らなくなるわ」
ジェーンの言葉は残酷だった。だが、ネームドはそれを否定できない。
戦っている。そう考えるようにしている。だが、戦っているとは感じられない。それは、この戦闘に限ったことではなかった。
ただ、一歩的に殺す。何をしているか解らない。殺していることは解っている。だが、実感がない。戦場に立っていない。生命を賭けていない。だから、感じられない。
ふと、視界の片隅に映った何かが、ネームドを忘我から現実に呼び戻す。ネームドは、その輪郭を凝視しながら、ジェーンに報告する。
「九時の方向から、増援だ」
「九時? そんな方向には」
「上だ」
首をかしげるジェーンに、ネームドは告げる。視線の先、空の高くにある雲と樹冠の間に、這うように近づいてくる一つの機影があった。




