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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
第五章「Ghost Recon」
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 ネームドとジェーンが、ターミナルの投下地点に到着した時には、既に物資の搬出が始まっており、周囲には、武器弾薬が収められたコンテナが、積み重なっていた。


 夜の闇に沈む樹海の深くに、如何にも場違いな銀色の人工構造物が鎮座していた。直径二メートル、高さ二メートルの円柱状の物体。それは、オカルトマニアではなくても、未確認飛行物体という言葉を想起するであろう何かだった。


 美術館の庭におかれていそうなオブジェにも視えるそれこそ、ターミナルと称される機動装甲歩兵部隊の前線基地だった。


「状況は?」


 ネームドは、長期旅行に利用されるスーツケースより大きく、如何にも武骨なコンテナを、両の手にして、運んでいたスリープに声をかける。


「物資の搬出は、ほぼ終わっています。ターミナルドームの展開位置が決めれば、すぐに移動を始められます」


 スリープは、コンテナを丁寧に地面に置くと敬語で答えた。


 スリープは、訓練中や作戦行動中は敬語で話すように心がけていた。尊敬語ではなく、丁寧語だと本人は主張している。軽いイメージを払拭したいらしい。


 どうにも気持ち悪く感じられたが、ネームドは、何も言わない。はっきり言ってしまえば、どうでもいよかった。一方で、実践している者にとっては、どうでもよくないことを知っていた。だから、何も言わない。


「ノーマッドは?」

「レーダーの設置に行きました」


 ターミナルの周囲一キロメートル、及び、周囲三キロメートルに、侵入者を探知するレーダーを設置することは、行動計画の一つであった。


 センサーは、ターミナルに接近するモノの動きを完全に補足できるといった高度な装置ではなく、カメラによる監視を行うわけでもない。大型の動体を感知して報せるだけのものだが、早期警戒によって先手の対応を選択できることは、拠点防衛において極めて重要な意味がある。


「ターミナルの展開位置は此処でいいのか? 積載されていた物資はそれで終わりだ。いつでも動かせるが

 ターミナルの傍にいたベルが歩み寄りながら、ネームドに声をかける。


「ムーンキャット、どう考える?」


 ネームドは、質問をそのままムーンキャットに投げた。


「北東五〇〇メートルに断崖があります。その付近に候補地の一つがあります」


 ネームドは、ヘッドアップディスプレイに周辺の地形データを展開する。


 地形データは、測量によって得られたデータから出力された正確なものではなく、衛星写真から解析して、おおよそ見積もられたものだ。過信はできないとはいえ、参考にするには充分な精度があった。


「少し距離があるが悪くなさそうだな。ベル」

「確認してくる」


 ネームドに呼ばれると、ベルは即応し、跳ぶようにして夜の闇へと消えた。


「ムーンキャットは、ターミナルの移設準備を、スリープは搬出したコンテナをまとめておけ」


 ネームドが命じると、ムーンキャットとスリープは、異論を挟むこともなく、それぞれ自身の仕事に取り掛かった。


 ベルが戻るまで、時間はかからなかった。偵察報告から、提示されたポイントに問題がないことを確かめると、ネームドはターミナルの移設位置を決定した。


 ノーマッドが戻るのを待ち、それから間もなく、アヴァロンはターミナルの移設を始めた。


 ターミナルは自立して移動しない。足も車輪もついてはいない。仮に、ついていたとして、ターミナルの移設は原始的な方法で行うしかない。ジャングルでは役には立たないからだ。


「カウント開始、三、二、一、上げろ」


 原始的な方法とは、つまり、持ち上げて運ぶということである。


 積載されていた物資を降ろすと、ターミナルの質量はそれなりに小さくなる。人間にとっては現実的な数字ではないが、機動装甲歩兵にとっては問題がない数字だ。


 ベル、スリープ、ノーマッド三機で三方を囲み、ターミナルを持ち上げるという形で、移動は行われた。ネームドは周囲を警戒しつつ、地図と地形を確認しながら、足場の確認や移動ルートの指示を続けた。特に問題が起こることもなく、一時間かからずに、ターミナルの移動は完了した。


 ターミナルの設置地点は、特に何があるわけでもない場所だった。小高い丘の上に位置してはいるが、そこから周囲を俯瞰できるかといえば、そうではない。密林の中であるという前提は揺らぐことはない。樹々に囲まれた世界に変わりはなく、視界が良いわけではない。


 東に南北に伸びる高さ一五メートルほどの断崖の存在によって、警戒する方向を限定することができることこそ、このポイントが選ばれた要因だった。


 高さのある地形は、機動装甲歩兵に大きなアドバンテージを与える。断崖は人間にとっては行き来を妨げる壁に他ならないが、高い登攀能力を誇る機動装甲歩兵にとっては問題にならないからだ。


 西には、大きな遮蔽物はないが、林立し連なる樹々が視界を妨げている。樹々の高さも充分あり、上空からの偵察に対しての耐性が問題になることもない。何があるわけでもないが、ただ、その場所は、ターミナルの設置に適したポイントだった。


 ターミナルの移動が終わると、間もなくドームの展開が行われた。ターミナルの上部から放出された白い天幕は、ターミナルの周囲に組まれたガイドに沿って展開し、伸ばされ、間もなく巨大な傘となり、ターミナルの周囲を覆った。


「ドームの展開完了。システムを起動する」


 ドームの中央に鎮座するターミナルの傍で、一機の機動装甲歩兵が虚空を視ていた。ただ静止している。そこにディスプレイやキーボードはない。何かをしている気配はない。だが、確かに、ノーマッドはターミナルの起動準備を行なっていた。ノーマッドは、機体の首筋から引き出されたケーブルによって、ターミナルのシステムと有線で繋がっていた。


「システムチェック開始」


 ノーマッドは、ため息をつくように呟き、それから、ドームの入り口に佇むネームドの機体に視線をやる。


「問題は?」

「少しすれば、衛星と繋がる。それから各機体のリンクを確立して、それで、僕の仕事は終わり。問題は何もない」


 ドームの天蓋は、雨露から物資を守るためだけに存在するものではなく、ターミナルの通信設備、アンテナとして機能する。


 機動装甲歩兵自体の通信装備は、操縦を行うオペレーター一人とのリンクに特化した仕様となっていた。操縦に関わらない処理は機体には極力させない。それが、機動装甲歩兵に機密性、完全性、可用性を求めたフェブラリーの選択だった。


 無線通信によって遠隔操作される機動装甲歩兵が、スタンドアローンを理想とすることは矛盾に他ならないのかもしれない。だが、それは一方で合理的だった。


 機動装甲歩兵を端末とすれば、ターミナルは様々な処理を仲立ちするサーバーであり、ローカルネットワークの制御の基幹として機能する。


 衛星への送信、衛星からの受信、各機体への送信、各機体からの受信、暗号化、復号化、エラー処理、リアルタイムで交錯する情報を、素早く、的確に、処理することで、リソースの解放、エネルギーの抑制、そして、セキュリティの強化を現実に実現している。


「衛星と繋がった」


 ノーマッドの言葉から数瞬後、ネームドの視界にシステムメッセージが表示され、ターミナルとのリンクが確立されたことを伝えた。


「通信制限を解除する」


 ネームドは告げた。


 通信制限の解除、ネットワークの構築によって、機体に劇的な変化が現れるわけではない。視覚データの共有、つまり、他機のカメラが捉えている映像を視ることができるようになったこと、そして、ターミナルの周囲に設置された動熱源レーダーのデータを参照できるようになったことなど、可能になったこと、最適化されたことを幾つか挙げることはできるが、各機体の基本性能が向上するといった効果はない。オペレーターが実感できることは、各機体の位置情報の精度がなんとなく向上したように感じられることくらいだ。


 言うまでもないことだが、音声通信は戦場から遙か離れたアークの基地内で完結している。


「ターミナルの起動は終わったようね。何か問題は?」


 投下地点で待機していたムーンキャットから声が届く。


「何もない。物資の回収のため、そちらに向かう」

「了解」


 ノーマッドにターミナルを任せ、ネームドは、ベルとスリープと共に、ムーンキャットが待つ投下地点へと走った。


 それから、三機はコンテナを両手に往復を繰り返し、一時間かからずに物資の移動を終わらせた。


 直線距離で三〇〇メートルとはいえ、起伏がある密林の中を巨大な荷を携えて移動することは、人間にとっては過酷でしかない。だが、機動装甲歩兵にとっては、緩やかな曲線を描く地形は平地と変わらず、武器弾薬が詰め込まれたコンテナも空のダンボールと変わらない。


 エネルギーは損耗する。だが、セルを交換すれば回復する。疲労という概念はない。


 戦場に足を踏み入れてから、たった数時間しか経っていない。だが、ネームドは、自らが操る兵器の優位性、そして、脅威を実感せずにはいられなかった。


 降下から拠点の構築まで、ただ一つのイレギュラーを除いては、全てが予定通りだった。


「規定のオペレーションオーダーは完了した。行動を終了する」


 ネームドは告げた。深い緑を揺らす瑞々しい草木、色づきはじめた瑠璃色の空、そして、真紅の太陽。夜が明けようとしていた。


「ベル、スリープは交代の時間まで待機。ネームド、ノーマッド、ムーンキャットは休息に入る」


 ネームドは命じると、マイクをオフにした。ため息をつき、遥か彼方の眼前に広がる世界を仰いだ。色を取り戻し始めた自然の領域は、ただ美しかった。圧倒的だった。だが、深く息を吸い込んでも、そこにある透明な空気を胸に感じることはできない。そう、此処は何処でもない。


 瞳を瞑り、ヘルメットに手を掛ける。天を仰ぎ、夢から醒めるように、そっと瞳を放つ。そこには何もなかった。ただ白く狭い空間があった。それが現実だった。

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