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「聞いてもいいでしょうか?」
「何?」
ネームドの眼前にいるのは、扱いづらい上官ではなく、何を考えているか解らない科学者だった。
「此処にいていいのですか?」
「意味が解りかねます。まるで、私が何処かですべきことがあるような言い様ですが」
ネームドは一瞬考え、それから、伝えたいことが伝わるように選んだ言葉で質した。
「機体の傍にいなくて良いのですか?」
「ああ、そういうことですか。以前、話しましたが、ハードは完成していますので」
ネームドに対する、フェブラリーの接し方は、初めて言葉を交わした日から、日を追うごとに軽やかになっていった。丁寧ではあるのだが遠慮がない。気を遣うのをやめたらしい。
「メンテナンスは誰が行うんですか?」
「私以外の技術者」
フェブラリーは事も無げに答えた。
「軽微な損傷なら部品を交換すればいいし、腕や脚でも同じことです。それこそ、大破でもさせない限り、いえ、それでも、私が出向くことはありませんね。幾ら私でも、大破した機体を元に戻すことはできない。機体を換えたほうが早い。とにかく、私じゃなくてもできる機体のメンテナンスより、貴方たちと直接話をして、ソフトの最適化を効率的に進めることの方が重要ということ」
フェブラリーがそう言うのなら、そうなのだろう。ネームドは頷くしかない。
「それに、そもそも、私は技術者ではなく、科学者です。理論構築のスペシャリストであって、ハードをどうこうするのは、私の領域じゃない。話していませんでしたか?」
「記憶にありません」
「そう、なら話しておきます」
フェブラリーは天を仰ぎ、両手を広げ、そして、
「魂の創造こそ、私のライフワークに他ならない」
謳った。紡がれた言葉は、まるで、舞台の上から響いた台詞のようで、まるで現実感がなかった。
「機体の設計も、その一環に他ならない。杯とするに相応しい身体がなければ魂は宿らない。構築した理論によって、システムを創造し、それを高みへと導いていく。人形から人間へと近づけていく」
科学というより、オカルトじみた理想をフェブラリーは、その後、数分に渡り続けた。
「今ので理解した?」
「ええ、なんとなく」
ネームドは、とりあえず、頷いておく。話は理解できなかった。だが、フェブラリーという科学者の一面を覗くことはできた。
「他に、質問はありませんか?」
「では、もう一つだけ」
「どうぞ」
「創造物に対する独占欲。つまり、機体を誰かに触らせたくないといった心情はないのですか?」
質問に、さして意味はなかった。ネームドは、なんとなく、考えたことを言葉にした。ただ、興味から、フェブラリーが既にそういった心情からは解き放たれた存在であるのかを質したに過ぎない。
「そうね、なくはないです。でも、機体に対してはありません。換えがあります。だから、放っておけます。私が独占したいと望むのは、換えることのできない唯一のモノ。それは、成長を続けるシステムであり、そして、」
フェブラリーは、妖しく微笑み。
「その真価を導く者。貴方よ」
そう、紡いだ。
「光栄です」
ネームドは、瞳を瞑り、言葉を躱した。
「私からも、質問があります。頭は大丈夫ですか?」
フェブラリーの言葉は、言葉通りの意味だった。
「ナノマシンのことでしょうか?」
「ええ」
アヴァロンの四人は、機動装甲歩兵の実機訓練に先立って、頭部へのナノマシンインジェクションを行っていた。
機械を埋め込むといった大袈裟なものではなく、ナノマシンを擬似体液と共に頭部に注射しただけであり、施術自体に要した時間は、経った数秒であった。だが、それでも、侵襲に定義される歴とした外科手術であることは違いない。
術前に受けた説明では、ナノマシンは、クモ膜と大脳新皮質の間に常駐し、脳波を増幅する役割を担い、これにより、機動装甲歩兵の操縦がより精確に、精密に行えるようになるということであった。
「はい、体調に異常はありません」
「そう、ならいいわ」
フェブラリーは、微かに俯き、呟くように答えた。
「リスクはないと、聞いています」
「そうね、理論上はないわ。今のところは、私も大丈夫ですし」
「今のところですか」
「ええ、今のところよ」
ネームドは、ため息をつきたくなった。拒否する権利などありはしない。既に、どうしようもない。どうしようもなくなっていることは、此処に来た時点で解っていた。だからこそ、心配など要らなかった。
「そろそろ時間ですので、失礼します」
「緊張していますか?」
フェブラリーは、言葉を無視するようにネームドに問う。
「はい、それなりには、」
「その必要はないわ。シミュレーターを初めて動かした時みたいなことは起きないから」
「そうであればいいのですが」
ネームドは、仕方なく応じる。気を悪くさせても良いことはない。
「信じられないという表情ですね。ごめんなさい。ただ、あの時に、何も言わなかったのは先入観を与えたくなかったからです」
「気にしてはいません。何れにせよ、期待には応えらなかったでしょうから」
「あの時は、気持ちが昂ぶっていました。だから、多くを求めた。求めすぎた。反省してる。でも、現在は違います。冷静に貴方たちの実力と私が創った機械の性能を評価した結果です。だから、」
「怯えているわけではありません。ただ侮っていないだけです。それに、」
ネームドは、遮るように否定した。
「それに?」
「いえ、うまく言葉にできないのですが、ただ、この緊張感は悪くない」
「その気になるのは悪いことではありません。ただ、きっと、何もないです。記念すべき日、特別な日なのかもしれないけれど、がっかりしないように」
そう告げると、フェブラリーは、考えるような素振りをして、
「でも、そうですね。私の偉大さを身を以て知ることができます」
悪戯っぽく微笑みながら、そう言葉を接いだ。
「どういうことです?」
「百聞は一見にしかず。さ、新たな舞台へどうぞ、その胸の鼓動が高鳴るうちに」




