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巨大な隔壁に閉ざされ、出入りすることのできなかった格納庫の機密エリア。そこに存在する伽藍とした巨大な立方空間の中央に、それはあった。
ネームドは、ノーマッドは、スリープは、ベルは、初めて眼にし、仰ぎ視るその姿に魅せられた。
倒立した鉄骨の寝台に、身体を預けるようにして、それは眠っていた。
人よりも、一回り、いや、二回り大きい人の輪郭。全身を覆う光を反射しない漆黒の装甲。人の依代となるべくして、創られたヒトガタ。人型戦術兵器。それは、空想された未来そのものだった。
「これが、動くのか?」
スリープが、感嘆の声を漏らす。
あまりに、つくりものじみていた。眼の前にあるモノが、自律して動くなど到底信じられない。だからこそ、現実的だった。
ようやく、此処にいる意味を、正視していた。触れようとしていた。冷静を装おうとしても、装えるはずもない。否応なく、鼓動は高まる。
「どうでもいいけど、なんで、"エクスフレーム"じゃなくて、"タクティカルアーマー"なんだろうね」
ノーマッドが首を傾げる。
『ExFrame Tactical』においては、機動装甲歩兵をエクスフレームと呼んできた。だが、この基地では、機動装甲歩兵のことをタクティカルアーマーと呼んでいた。
「着るわけではないから、アーマーってのも、何かおかしい気がするな」
スリープが、ふと呟くと、
「肉体とは、精神が纏う鎧である」
高い足音と共に、声が響いた。
「これは操られるための人形ではなく、心が着るための鎧だからです」
一同は声の方に、視線を遣る。そこには、科学者然とした装いの女性が立っていた。赤い縁の眼鏡を掛け、白衣を纏った如何にもな姿だった。ただ、その若さと容姿のせいで、何処か、らしくはないように感じられてしう。黒髪、褐色の瞳、瑞々しい口元、そして、すらりと伸びた手脚、モデルが写真撮影のために、そういう格好をしていると言われても、信じられるほどに、女性は整っていた。
「それと、多少は大人の事情があります。私としても不本意でしたが、タイトルが決まってしまってからでは、遅かったのです」
女性は、ため息をつくように言葉を接ぎ、そして、我に返るように、微かに俯いていた顔を上げた。
「はじめまして、アヴァロン」
美麗な相貌を綻ばせ、女性は告げた。知的だが怜悧ではない。柔らかく穏やかな印象の微笑みだった。
背が低いわけではない。少なくとも、身長は日本人の成人女性の平均よりも高いことは間違いない。だが、幼く感じられる。二〇代前半、それより若いと言われても、頷ける。
「次世代戦術兵器開発室室長のフェブラリー博士だ。プロジェクト"リンクス"の構想者であり、機動装甲歩兵の基幹技術の中枢は博士が構築した理論に基づいている。それだけではなく、」
「そういう紹介は必要ではありません。つまりは、生みの親で開発責任者ってこと」
傍に控えていたジョンが語り始めるが、フェブラリーはそれをたしなめるように、言葉で制した。それから、フェブラリーは、口元に、ベル、ノーマッド、ネームド、スリープの順に様子を窺うと、
「貴方がネームドですね。フェブラリーです。はじめまして」
ネームドに視線を遣り、歩み寄って、手を差し出した。ネームドは頷き、握手の求めに応じた。
「はじめまして、博士」
ネームドは、事務的に対応した。
「フェブラリーと呼んで下さい」
「解りました」
それから、フェブラリーは、ベル、ノーマッド、スリープの方に向き直り、
「貴方がベルで、貴方がノーマッド、それで貴方がスリープ」
確かめるように、それぞれの名を呼んだ。一同は頷き、肯定する。
「会うのを楽しみにしていました。上の人間の頭が堅いのは解っていましたが、一年異常も待たされるとは思っていなかった」
「博士の存在は、プロジェクトの要であり最重要機密です。資質を確かめるまで、会わせるわけにはいきませんでした」
フェブラリーの愚痴に、ジェーンが応える。
「アヴァロンがいなければ、プロジェクトは前に進むことはできない。だから、一秒でも早く、オペレーターとしての訓練を始めて欲しかった。優秀な兵士というだけでは、オペレーターになれないことは、解っているでしょう?」
フェブラリーは、瞳を瞑り、そっと、ため息をつくと、気を取り直すようにして、顔を上げ、
「なんて、貴方を責めても仕方がないですね」
そして、諦めるように言葉を接いだ。
「とにかく、はっきり言っておきます。私は貴方がたに期待しています。結果のためには、ありとあらゆるサポートを惜しまないつもりです。ですので、答えて下さい」
「私たちも、そのつもりです。そのために、此処まで来た。此処にいる」
ネームドの声が強く響くと、フェブラリーは瞳を瞑り微笑み、頷いた。
「では、まず、試しに動かしてもらいましょうか? と、言いたいところですが、残念なことに、眼の前にあるものは、まだハリボテです」
一瞬、色めき立ったアヴァロンは、一瞬で消沈させられる。
「動かないの?」
「はい、動きません」
ノーマッドの問いに、フェブラリーは微笑む。
「柔らかい。弾力がある」
ベルは右腕の肘関節、装甲の隙間を指でつつきながら呟く。
「こんなに、よくできてるのに」
スリープは、ぺたぺたと頭部を触りながら呟く。ハリボテと識らされたことで、その神聖は失われてしまった。
「私は、構わないけど、いいの?」
「どういう意味でしょうか?」
「あれは貴方の機体よ」
「触るな」
首を傾げていたネームドの反応ははやかった。一瞬で、向き直り、冷たく静かに命じた。それから、ため息をつくと、フェブラリーに視線を戻した。
「ハリボテではないのですか?」
「機動装甲歩兵の試作機にして、一つの完成型となることを約束された機体。まだ名もないハリボテだけど、何れはハリボテではなくなる」
「つまり、どういうことですか?」
「ハードとしては、完成しているわ。そも、貴方がたが来た時には、既に動かせる状態だった。でも、ソフトが未完成なの」
フェブラリーは、漆黒の装甲に視線をやる。美しいものを、愛しいものを、視るように、視ていた。
「完成の目処、時期はいつ頃になるのでしょうか?」
「それは、貴方たち次第よ」
「つまり、どういうことですか?」
ネームドは、冷静に同じ言葉を紡いだ。
「基幹システムは既に完成している。動かすことができる。でも、それだけよ。動かせるだけでは意味がない。私が求めているのは、自在に動かせるという感覚のその先」
「そこまで、できるのですか?」
「私は可能であると考えている。でも、そのためには、ハードを動かしながら、ソフトを成長させていく必要がある。貴方がたが考えている以上に、システムはオペレーターと密接にリンクしている。オーダーメイドのスーツをつくるようなものと考えていくれればいい。つまり、オペレーターの介在がなければ、機体は完成しない」
「私たちが合わせるのではなく、私たちに合わせることができると、つまりは、手癖を覚えさせることができると考えていいのですか?」
「ええ、そうね。その考えは間違いではありません。そのための準備も整えています。貴方がたの機体は、貴方がたと共に成長し、それぞれ異なる個性を獲得していくことになるでしょう」
「マジかよ」
「科学技術の進歩は凄まじいな」
「これはわくわくするしかないね」
絶句、感嘆、歓喜。スリープ、ベル、ノーマッドは、同じ方向を視てはいない。だが、胸を高鳴らせていることに違いはなかった。
「機体は一機しかないようですが、訓練はいつから、どのように?」
「今すぐにでも、できるわ」
フェブラリーの視線が示す先、伽藍の片隅、壁際の翳りの中に、五つの棺が鎮座していた。
「シミュレーターよ」
「動かしながら成長させていくのでは?」
「免許を持っていないドライバーに、コンセプトカーを運転させるなんて愚かなことはできないわ」
ネームドの言葉に、フェブラリーは優雅に言葉を返した。
「卒業が何時になるかは、貴方がた次第。誰が速いか競い合ってくれて構いませんが、きっと、貴方がたが考えているようにはいかない。慣れ親しんできたゲームほど、親切ではない」
「そんなに扱いにくいのですか?」
「適性が必要です。第三者の視界に慣れ親しんでいる貴方がたならば、それを持ち合わせていると信じていますが、それでも易しくはないでしょう。あなた方が選ばれる以前には、中東で活躍した歴戦の勇士の方々がいらっしゃいましたが、どうなったかは、言うまでもありませんね。どうにかなっていれば、あなた方が喚ばれることはなかったわけですから」
「前任者がいたという話は初耳です。しかし、それを聴いて、俄然、その気になりました。そうだろう?」
ネームドに促され、ベル、スリープ、ノーマッドは頷いた。
「心強いわね」
フェブラリーは、嬉しそうに応えた。だが、その微笑みには含むところがあるように感じられた。
「では、初めましょうか? 準備はできています」
フェブラリーは、ジョンに視線をやった。
「既に権限は博士に移譲されています。博士が仰るのでしたら、従います。ですが、良いのですか、まだ、多くを説明してはいませんが」
「言葉だけでは伝わらないこともあります。経験してもらわないと始まりません」
「解りました」
ジョンは頷くと、ネームドに命じ、そして、ネームドはアヴァロンに命じた。
「これより機動装甲歩兵の第一段階操縦訓練を開始する。各員はシミュレーターに搭乗せよ」
「了解」
ネームドの命令と共に、スリープ、ノーマッド、ベルは、順にシミュレーターに向かって走りだした。
「私は、高みから見物をさせて頂くわ」
ネームドが視線をやると、ジェーンは腕を組んでまま、そう応えた。




