6
「現実は既に仮想に追いついていたということか」
ネームドの呟くような言葉が、虚しく響いた。シャツの下には、肌色の皮膚はなく、そこには銀色の骨格と機械的な何かが覗いていた。
「フェイクではありませんよ?」
ジェーンは、その可能性を、退路を塞ぐ。
「これが現実か」
「はい、現在の現実です。我々の科学は、既に、我々の代わりに戦う分身を現実世界に創造するに至っています。これは未来でも、仮想でもありません」
ネームドの言葉に、ジェーンが答える。
「自律して動いているのか?」
「いえ、オペレーターが操縦しています」
その一言で、崩壊した全てが、校正され、再構成された。
「これを動かせと、そういうことだな?」
「概ね、違ってはいません」
ネームの問いに答えた言葉は、全ての不審を氷解させたかのように、空気を和らげた。
「僕らは人型兵器のテストパイロットに選ばれたってことかな?」
「面白い」
「マジかよ」
ノーマッドは確かめるように問い、ベルはつまらなさそうに呟き、スリープは祈るように強く囁いた。誰の声も明るかった。
ネームドは、それを否定しない。気持ちは解る。だが、ネームドは、歓喜することができなかった。頭の中に、少女の声が響いていた。
「これを操って人を殺せと、そういうことだな?」
ネームドの言葉に、ノーマッド、ベル、スリープは、はっとさせられた。
「概ね、違ってはいません」
一同の視線に応えるように、ジェーンは同じ言葉で問いに応えた。
「そうだろうな」
ネームドは、頷いた。これが兵器であるなら、兵器を操るのであれば、人を殺すことになることは、解っていた。だが、それでも、質しておかなければならなかった。受け入れるために、
「すぐに、ということにはなりません。数年は先のことになるでしょう。ですが、何れ、その時は来ます。必ず」
必ず。
ジェーンの言葉は、絶対の運命を示唆していた。殺すか、殺されるか、選ばなければならないと告げていた。
「貴方がたが、操るのは兵器であり、貴方がたが、戦うのは現実です」
ジェーンの言葉は強く響き、そして、支配した。誰も何も応えなかった。静寂だけがあった。
人を殺す。その意味を理解するのは、易しくはなかった。それでも、ネームドは、ノーマッドは、ベルは、スリープは、
「生きますか? 死にますか? 考えるまでもないでしょう」
ふと、紡がれた声が、現実を直視させる。逃げることなど、できはしないと迫る。だが、言われるまでもなく、彼らは、既に選んでいた。
「どうせ、何を為すこともない人生です。貴方たちだけがそうだとは言いません。多くの人々は、何者にもなれずに死んでいく。ですが、貴方たちは違う。機会を得た。特別な存在となり、特別なことを為す。待ち望んでいたのではありませんか、この現在を、この現実を」
言われるまでもない。そう、待ち望んでいた。だが、だから、ではない。望んでいたのは、戦うことであり、殺すことではない。それでも、受け入れ、そして、選んでいた。
「解っている。こういう話には慣れている」
「慣れている?」
悠然と返されたネームドの言葉に、ジェーンは首を傾げる。
「よくある話だ。だから、一々、わざとらしく、愚かしく、みっともなく、驚いたりなどしない」
「これは現実です。仮想じゃない」
現実を直視していた。だからこそ、冷静でいられる。ジェーンは、それが解ってはいなかった。
だが、ジェーンの心象など、ネームドにとっては、どうでもいいことだった。だから、言葉は返さなかった。
「そうだな」
ただ、頷き、そして、質した。現実を意識していると、装うように、
「なら、現実的な話をしよう。これから、俺たちはどうなる? どういう生活を送る?」
「生命、身分が保証され、衣食住環境が与えられます。行動に制限は課されますが、一定の自由があり、一定のプライバシーも守られます。日本のサラリーマンより、短い拘束時間。ヒキコモリよりも、広い行動範囲を保証します」
「給金は出るのか?」
どうでもいい。そう考えながら、ネームドは問う。最初から、答えは決まっていた。選択肢など存在しない。ならば、質問に意味などない。答えが真実である保証もない。
「それなりには」
「至れりつくせりだな」
「あなた方は奴隷ではない。選ばれた存在です。相応の待遇で迎えるのは然るべきことです」
答えは決まっている。だが、それを言葉にしなければならなかった。だから、ネームドは、そっとため息をつき、そして、告げた。
「アヴァロンは契約する。異論は認めない」
アヴァロンのマスターとして、ネームドは告げた。全ての責を負うために、言葉にした。それがせめてもの、侘びだった。
「ネームドには、逆らえないな」
「仕方ないね」
「マジかよ」
ベル、ノーマッド、スリープは、それぞれ、ネームドに応えた。おどけるように、答えた。それがアヴァロンの答えだった。
ジェーンは、頷き、そして、
「では、死んでください」
慈愛に充ちた言葉が響いた。
ネームドは、瞳を瞑った。想定していた。そうでなければならない。
「過去は失われません。ただ、全ての繋がりは終わる。あなた方は、行方不明者となり、そして、存在しない存在となる。振り返っても、戻ることはできない」
ジェーンの言葉は、必然を証明するものでしかなかった。歯車として、兵器開発の中枢へと組込まれながら、一般人としての生活を維持することなど、ありえない。そのようなことが許されるわけがない。隔離して管理すれば、手間も時間もかからない。
そうなるだろうことは、解っていた。だから、誰も何も言わない。
「いいのですか?」
だが、それでもジェーンは言葉を求めた。解せないのだろう。解りが良すぎることが、
ネームドは、瞳を瞑り、感情を抑えた。ジェーンが忌々しく感じられた。
強いておいて、答えなどないのに、何故、問うのか?
みっともなく、喚いて欲しいのか?
壊れているわけじゃない。感情がないわけじゃない。ただ、装っているだけだ。まだ真に実感していないだけだ。熱に溺れているだけだ。だが、そうでなければ、耐えられない。
奇妙に視えるのだろう。だが、それは解っていないだけだ。
「俺は構わない。もとより、退屈な生活だった。あの女も俺がいなくなれば、他の男を探すだろう」
ベルは、ため息をつくように、諳んじた。
「パソコンを回収して欲しいんだけど、できる? データだけでもいいけど」
「善処しましょう」
ノーマッドが問いに、ジェーンが頷く。
「僕の人生は、ディスプレイに向き合うだけの一日を繰り返すだけだから、そこが何処かなんて関係ない」
ノーマッドは、言い聞かせるように、告げた。
「どうしようもないんだろ?」
「はい」
「なら、何を話して欲しいんだ?」
スリープは、ジェーンを睨みつけ、言葉を返した。
「こういう反応が欲しかったのか?」
ジェーンは、何も言わなかった。
ただ、
「決めたことだ」
ネームドが言葉を紡ぐと、ジェーンは苦しみと喜びと惑いに歪んだ表情を覗かせた。一瞬、そう、一瞬だけ、瞬きをする間に、それは失われた。感情は、失われた。ただ、透んだ瞳で、視ていた。
「ようこそ、アークへ、我々はアヴァロンを歓迎します」
ジェーンは、高らかに謳い、そして、四人は名を失った。




