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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
第一章「Unreal」
3/69

「完全試合を意識するな。1機ずつ確実に削っていく」


 4...3...2...1...0...


 カウントダウンが終わり、表示されていたウインドウが消え、わずかに視界が広くなる。


 <<敵機動装甲歩兵部隊が降下を開始しました>>


 凛とした女性の声が、はじまりを告げる。


 パスティックは、ゆっくりと瞑っていた瞳を放つ。そこには、ため息をつくほどに美しく壮大な光景があった。


 聳え連なる連峰から、境界を隔てる白い冠へ、そして、遥かに続く蒼穹を仰ぐ。だが、パスティックは、それらの風景を視てはいない。ただ、視界に入っているに過ぎない。視るべきものは他にあった。


 探し、そして、凝視した。


「F2上空」


 蒼の彼方に影が視えた。鳥ではない。高高度から投下された機影がコントレイルを引きながら地表へと墜ちていく。


「機影は5、アンブレイク、ハードランディング」


 巨大なレーダーアンテナの影から、対空偵察をしていたパスティックは、敵の降下機動を伝える。


「遠いな」


 "ExFrame Tactical"の戦域復帰は、高高度からの降下によって行われる。地上ではなく、空中にリスポーン地点があると考えれば解りやすい。


 降下方法は、限界までエアブレーキをかけず最速で降下する"ハードランディング"と上空からエアブレーキをかけて低速で降下する"ソフトランディング"の2種類があり、降下開始地点は、自由に選ぶことができる。


 ハックザワールドが選んだ降下方法は、ハードランディング。降下開始地点は、アヴァロンが拠点としているレーダーサイト周辺エリアC4から、遠く離れたエリアF2。それは、やはり堅実な行動であった。


「撃っていい?」

「任せる」


 ヘッドアップディスプレイを狙撃モードに移行し、揺れながら降下していく機影、その一つにパスティックは狙いを定める。数瞬の間をおいて、トリガは引かれた。


 アンチマテリアルライフルの咆哮が静寂を引き裂き、残響の中、薬莢が舞う。


 放たれた徹甲弾は透んだ空を裂き、一瞬で彼方へと失せた。軌跡は降下していく機影に吸い込まれていくようにも観えたが、目視できない。遠すぎる。


「中てた」


 パスティックは、端と告げる。"ヒットサウンド"が鳴っていた。システムが事実を伝えていた。


「この距離だと威力減衰でシールドダメージ40%くらいかな、直ぐに回復するから有効なダメージにはならないね」

「威嚇にはなる。いい腕だ」

「ありがとう」


 その腕を讃えたのは、ネームドだけだった。ベルも、スリープも、ノーマッドも何も言わない。ただ呆れていた。


 遥か彼方の空を、前後左右に揺れながら、高速で降下していく標的を狙撃することは曲芸の域にある。レンジ、レティクル、トリガタイミング、一つでも同期を外せば、放たれた弾は虚しく空を切る。技術と経験だけではどうにもならない。どうしようもなく、読みを要求される。つまりは、感で中てる。


 上位クランのエース級スナイパーであっても、10発を撃って、6発を中てるのが限界である。だが、パスティックは、10発を撃って、9発を中てる。


 狙撃手の適性がある者なら、なんとなく、それを行ったことがある、何か。ポジショニングショットでもなく、ドラッグショットでもない、何か。無意識が標的を追い、手を動かし、調整し、中てていたという自動的な感覚。そんな錯覚がある。


 それは、常にあるものではなく、ふと、稀に感じるものでしかない。だが、パスティックは、常に、そんな錯覚の中にいるかのような、超越的な狙撃を繰り返すスナイパーだった。


 異常である。


 だから、ベルも、スリープも、ノーマッドも呆れるしかなかった。だが、声をかけなかったのは、呆れていたからではない。声をかけるべきではないと解っていたからだ。彼らは、空気を読んでいた。


 パスティックは、ネームドに褒められたい。ベルでも、スリープでも、ノーマッドでもなく、ネームドに褒められたい。それを知っていた。だから、何も言わない。雑音は要らない。


 その気にさせるためにそうする。気持ちの大切さを知らない者はいない。


「降下予測地点は?」

「E2から、誤差1/2スクエア」


 パスティックの報告に、緊張が解ける。強襲がないと、明らかになったからだ。


 戦域は、縦に1から9、横にAからIの縦横9スクエアに格子線で分割される。アヴァロンが防衛拠点としているレーダーサイトは、C3、C4、D3、D4のエリアに存在する。敵部隊の降下予測地点E2からは、それなりの距離があった。


 機動力重視のロードアウトで、降下と同時に移動を開始したと仮定しても、警戒ラインに到達するまで、90秒は掛かる。


 アヴァロンのメンバーは例外なく、それが解っていた。移動に要する最速時間の把握は戦略を構築する上での基本。解っていなければ、話しにならない。


 フィールドの地形、構造物を利用して攻防を繰り広げるゲームならば、それがファースト・パーソン・シューターであろうと、リアルタイム・ストラテジーであろうと、そこには陣を取り合うという要素が必ずある。


 陣取りであれば、フィールド上に存在する拠点要衝の位置、そして、主要拠点間の移動にかかる最速時間を知っていることが重要となる。


 A地点からB地点を目指すX、B地点からA地点を目指すYがいて、XとYが同時に移動を開始すると仮定した場合、AとBが遭遇するかもしれないレッドゾーン、絶対に遭遇しないセーフゾーン、経過時間に依って比例反比例する2つのゾーンをマップ上に描くことができる。


 さらに、双方が最速で移動すると仮定した場合には、互いが互いの姿を視認するエンカウントポイントがマップ上に現れる。


 試合開始から、間もなくは、この辺りまでは安全、ここから先は警戒が必要といったことを、なんとなく解っている者は少なくない。だが、移動速度、移動時間、移動距離を数値として記憶し、そこから逆算し、ゾーンを見極めている者は多くはない。


 体感でなんとなく覚えていることと、数字として記憶していることは違う。そこまでやるのが、アヴァロンの意識であり、やらなければならないことを、アヴァロンは知っていた。


「最後まで、堅実だな」

「悪いことじゃない」


 つまらなさそうに言ったベルをネームドがたしなめる。


「この状況で、特攻まがいの強襲をしてきたら、呆れるしかないけどね」


 ノーマッドは軽く言う。


「だが、堅実なだけでは、どうにもならない状況がある」

「そんなに強襲して欲しかったの?」

「ああ、そうでもないと、やることがない」


 ベルは、何もしていない。何かをする必要がなかった。ただ、ひたすらに退屈な時間を過ごしていた。


「立場が逆だったとして、強襲する? ネームドは考えさせられるような時、どうしてる?」

 

 ノーマッドが話を戻して、ネームドに振る。


「考えさせられるような状況の時は、ただ徹底する」

「徹底?」


 ネームドの答えに、ノーマッドは首を傾げる。


「インパクトキルだけを狙うとか、そういうことだ」


 煤けた灰色の天井を仰ぎながらベルが答えた。ベルの待機地点からは、壮大な蒼い光景は観えない。


「あー、いたね。あれ中々面白かったよね」


 "インパクトキル"とは、戦域復帰時の高高度降下において、敵機を降下目標にエアブレーキを一瞬さえかけないハードランディングを敢行し、シールドごと標的を踏み砕くという戦術である。衝突の瞬間に伝えられる破壊力は、絶大なものがあり、衝撃波でさえダメージを与える。


 ハードランディングであろうと、限界高度に達すれば、オートブレイクが行われ、機動装甲歩兵は着地姿勢に移行するため、降下した機体がダメージを受けることはない。ただし、着地の瞬間から5秒間、硬直によって動きが止まるというリスクがある。


 つまり、インパクトキルを狙ったハードランディングは、一方的に敵機に強襲をかけられるという戦術ではなく、踏み砕けなければ終わり、踏み砕いても、他に敵機がいれば終わりという、自殺的な戦術に過ぎない。

 

 半年ほど前、アヴァロンが受けた、とあるクランとの一戦は、記憶に残る試合だった。

強かったわけではない。そもそも試合になっていなかったので、強いも弱いもない。

だが、憶えていた。それなりに強いだけのクランより、印象に残っている。


 その、とあるクランは、インパクトキルだけを狙ってきた。


 嵐のような時間だった。ひたすらに機体を弾とする特攻が繰り返された。


 ふざけていた。だが、退屈ではなかった。それは彼らの連携と精度が優れていたからに他ならない。それは一つの強さだった。得るものがあった。


「パスティックが踏み潰された瞬間とか、」


 そう、その時、パスティックは、着地直後の硬直で動きを止めた機体を狙撃しようとしていたところを、時間差で降下してきた機体に綺麗に踏み潰された。囮に意識を奪われ、完全に不意を突かれた格好だった。


「その話はしないで」


 さえぎるように、パスティックが呟いた。その時、大笑いされたことを、未だに根に持っているらしい。


「全く、」


 パスティックの微かなため息がマイクを撫ぜ、こそばゆい音が一同の耳を揺らした。


 緩みすぎている。ネームドは、危惧した。


「状況が劣勢であっても、徹底して自らのスタイルを貫く。それも強さだ」


 遠距離戦闘を想定していないノーマッドは、ともかく、スナイパーであるパスティックが集中していないのは望ましいことではなかった。だから、ネームドは、忘れ去られているであろうことを意識させるため、言葉にした。


「ハックザワールドは、日本代表チームだ。まだ、何か隠している可能性もある。気を抜くな」


 そう、ハックザワールドは、一年に一度開催される公式世界大会、その予選を兼ねた国内大会で優勝を勝ち取り、日本代表の座を手にしたチームに他ならなかった。


「たしか、国内予選の決勝は、"トロン"が相手だったな」


 スリープが、思い返す。


「想定以下だ。トロンを評価しているわけでもないが、解せない」


 ベルは、警戒をにじませるように呟いた。


 トロンは、国内有数の実力クランであり、アヴァロンの常連でもある。応援をしていたというわけではないが、間接的に手を貸していたのは、事実だ。


 一方、ハックザワールドは、積極的に話題にされるようなクランではなかった。コミュニティに偏在する有象無象の総意が下していた評価は、中堅。全くの無名というわけではないが、頻繁に話題にされるような存在でもなかった。


 匿名のコミュニティの評価は、あてにならない。解りきったことではあったが、それをあらためて示す結果であった。


「あれ、観てないの?」


 ノーマッドの問いに、ベルが答える。


「決勝戦なら観てない。面白くないと評判の試合だからな」

「これは反省ですよね?」


 ノーマッドは愉しそうにネームドに振る。


「決勝は決勝だ。観ておけ」


 ネームドは言いながら、ハックザワールドとトロンの試合を思い返す。確かに、エンターテイメントとしては、どうしようもなく、つまらない試合だった。アヴァロンが得るべきものはなかった。ただ、徹底していたことには、感心した。


「それで、トロンの敗因は?」


 ベルが問う。


「何から何まで、調べつくされて対策されていたから、でいいのかな?」

「ああ、それにつきる。運もあったが」


 ノーマッドが答え、ネームドが肯定する。


 個人の強さという点においては、間違いなくトロンが上であった。単機同士の競い合いならば、トロンは、ハックザワールドを圧倒するだろう。だが、そんな仮定は反射反応の速さを計測するフラッシュゲームと同じくらい意味がない。


 クラン戦は、チームの総合力を問う競技だ。個人の強さは、一つの要素でしかない。戦略、連携、読み、それらが個人の強さを封殺する。それこそが、ファーストパーソンシューターの面白さであり、魅力だ。


「ライブ配信のせいで研究され放題。有名クランの宿命だね」

「トロンは、スポンサーにアピールする意味でも、定期的に配信をやらざるを得ないからな。感心はするが、大会の結果を鑑みれば自滅でしかないな」

「ハックザワールドが戦略と対策の重要性を、優勝という結果をもって、知らしめちゃったわけだけど、これから面白いことになるかな?」

「ならないさ、そも中堅より上のクランなら知っていることだ」

「底が上がれば、相対的に中堅以上の実力も上がってくるんじゃない?」

「どうかな、そうなって欲しくはあるが」

「ところで、アヴァロンとの対戦動画は上がらないよね。裏のはともかく」

「動画を上げれば、自分たちの動きも、晒されるからな。ただ、あるところにはあるんじゃないか? 海外のコミュニティは、調べてないだろ?」

「ああ、そうだね。あまり、国内のクランとは、やらないからね」


 ベルとノーマッドのお喋りは続く。一方で、ネームドとスリープは、警戒しながら、パスティックからの報告を待っていた。


 ネームドも、スリープも、パスティックを信頼している。だが、人である以上は、絶対ではない。だから、ネームドとスリープは、フェイルセーフとして、レーダーサイト周辺の侵攻経路を監視する。


 ネームドとスリープのカバーは、パスティックにとって、わずらわしいものではなかった。フェイルセーフが反応していないことが、パスティックの正しさの証明となる。故に、迷いなく一つの機能として集中できる。抜かれた可能性に怯えることなく、パスティックは監視する。


 遅い。あまりに遅すぎた。時間はある。だが、無限ではない。


 ネームドは考える。


 何がしたい?


 じらして出てくるのを待っているのか、或いは、


 ふと、その考えに至った、ネームドが、パスティックに声をかけようとした瞬間だった。


「C6の中央に影、2、いや3。C5へ向かってる」


 パスティックの言葉に、空気が変わる。


「迂回してきたか」


 それはネームドが数瞬前、導いた答えだった。

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