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「私がパスティックでは、ご不快ですか?」
「感情の問題じゃない。事実か、そうでないかだ」
不快では、あった。だが、それだけではない。ネームドは最悪を想定していた。だから、質した。
アヴァロンが必要であったからこそ、ネームドは此処にいる。ノーマッド、ベル、スリープ、何れも同様だ。必要であるからこそ、拉致された。
必要とされていることこそが、現在の状況へと至った、唯一の標であり、そして、安全の保証であった。
だからこそ、パスティックの姿が此処にはないという矛盾を捨ててはおけない。アヴァロンを必要とするなら、パスティックも必要とされなければならない。
必要とされているという、前提には綻びがあった。だから、ネームドは、確かめざるを得なかった。
「何故、いない?」
確かめておかなければならない。ネームドの言葉に、ジェーンは、やや俯き、そして、哀しげな表情をつくった。
「彼は、協力的ではありませんでした。我々としても、望ましいことではありませんでしたが、仕方がなかったのです」
冷たく響いた声は、空気を凍らせ、
「というのは、嘘です」
神経を逆撫でした。
「彼は、不要であると判断しました」
接がれた言葉もまた、不快であったが、ネームドの心は不快感ではなく、疑念に支配された。
「不要?」
ネームドは、質す。
「我々は優れた人材を求めています。そして、彼は優れた人ではなかった」
「パスティックより、優れたスナイパーがいないとは言わない。だが、アヴァロンのスナイパーはパスティックだ」
「そうだね。プレイヤーが人である以上、相性は求められるからね。仮に、同等の状況下で撃ちあったならば、パスティックに安定して先制できる腕のスナイパーがいたととしても、そのスナイパーがアヴァロンでパスティック以上の働きをするとは限らないからね。チームと噛み合わない可能性もある」
ジェーンの言葉に、スリープ、ノーマッドが反論する。
「我々も、それは考慮しています。安定した戦果を挙げている部隊に手を加えることは、賢いことではないと、そう理解しています」
「優秀なスナイパーがいるから、パスティックを必要としなかった、ということではないと」
「はい、そして、先に話したとおり、協力的ではなかったから、諦めたというわけでもありません。そもそも資格がないのです」
「資格?」
「パスティックは此処にいるべきではない。アヴァロンには相応しくない」
ジェーンの言葉が強く響くと、スクリーンに新たな映像が表示される。そこには、白い肌、金色の髪、青い瞳の少年が映されていた。美しい。或いは、勇ましい。そのような印象はない。写真に映された痩せた少年は、ただ病的な印象を感じさせた。
「TACネーム"パスティック"。兵科はスナイパー。単独での索敵、重要経路の封鎖などの遂行を主とする。
安定した反応速度、意図しない状況における反射速度、超長距離狙撃において特に求められる射撃精度。そして、獲物の動きを読み解く感覚、それらを全てを兼ね備えた、戦術的な強さに特化したスナイパーの一つの理想系。個としての強さによって、状況を捩じ伏せる強引なプレイスタイルを特徴とする。視界、射線に制限が少ないポイントは、一方で、あらゆる方角から狙われるリスクを負う。だが、パスティックはリスクを顧みず、行動の選択肢の多さこそを優先して、キャンプポイントを選び、自らを囮に敵を誘い、後の先を狙う。パスティックは、防衛を主体とする攻撃的なスナイパーであり、」
ジェーンは、ふと、手元の紙束から視線を外し、それから、そこに記された分析には、読み上げてきた言葉には、何の価値もないと示すように言葉を接いだ。
「そして、チーターです」
ため息をつくように告げ、話を終わらせた。すべてを否定した。
「パスティックがチーター?」
ジェーンの言葉に、ネームドは惑う他なかった。ノーマッドも、ベルも、スリープも、言葉を失っている。
「彼の強さは、ツールによって支えられていた。彼は、偽者でした。我々が求める者ではなかった」
「導入されているアンチチートプログラムは、それなりに優秀なはずだよ。僕も試したことがあるけど、現存するメモリエディタは、全て役に立たない」
「俺はアヴァロンの試合を全てリプレイで観ているが、パスティックに不可解、不自然な動きはなかった」
ノーマッド、スリープが反論する。
「チーターのいないオンラインゲームはありません」
だが、それをジェーンは、一蹴する。
「パスティックは、優秀なハッカーです。他人がつくったツールをマニュアルに書いてあるままに操作するだけのニュービーとは違う。アンチチートプログラムに対応したツールを創り、それを使っていたのです」
「証拠はあるのか?」
ネームドが問う。声に感情はない。冷静だった。
「弊社の技術者がログを解析した結果、導かれた結論です。博士号さえ持っていない運営会社のルーチンワーカーより、弊社の技術者の方が優秀であることは保証します。確たる証拠がなければ、パスティックは此処にいたはずです。我々としても、惜しいのです」
「おかげで拉致されずに済んだわけか」
ベルが呟く。
「ええ、ですが、彼が知れば悔しがるでしょう。彼は、特別になれなかったのですから」
声は、優しかった。憐れんでいた。
「何れにしても、戦力が欠けてしまったことは確かです。これは此処に至るより前に彼を排除しておくことができなかった我々の責任でもあります」
ネームドは耳聡い。その言葉を捨て置かなかった。
「排除? 責任?」
「ええ、早くに気づいていれば、不正ツールの検知、アカウントの凍結、アクセスの監視など、対策を講じることができたでしょう」
「まるで運営会社だな」
ネームドは独り言のように呟く。
「違いますが、遠くはありません。サービスを提供する管理運営会社"トライゲート"は我々に資本を支配されています。ああ、誤解のないように、トライゲートは、何も知りません。協力して頂いているというだけです」
「ようやく、話が面白くなってきたね」
ノーマッドの言葉に、ジェーンは妖しく微笑んだ。
「『Exframe Tactical』は我々が開発しました。単なるゲームではなく、我々の尖兵となる優秀な兵士の選別を行う戦闘シミュレータとして」
もし、それが事実ならばと、その想像に、ネームドの胸は、どくんと重く大きく揺れた。
「『Exframe Tactical』がシミュレータ? ありえないだろ」
スリープが一蹴する。
「『America's Army』、『光栄使命』、国軍が兵士の訓練のために、シュミレータをつくっていることは有名です。ご存知でしょう?」
ネームドも、ベルも、スリープも、ノーマッドも、知っている。だからこそ、知っていた。『Exframe Tactical』がそれらとは違うことを、解っていた。
「全て一緒」という言葉は、ファーストパーソンシューターというジャンルに分類されるタイトルを、まとめて否定する時に、一つ覚えに使われる言葉だ。だが、これは反論する気さえ起きない、全く的外れという他ない言葉でしかない。
「私は、ファーストパーソンシューターをやったことがありません」と、告白しているのと同義である。
歩行速度、武器道具の取り回し、キャラクターの挙動がわずかに違うだけで、ファーストパーソンシューターと一括りにされるタイトルのプレイ感は、それぞれ大きく異なってくる。
人間は繊細だ。わずかな感覚の違いであっても、無意識は惑う。直感的な操作を基礎として、そこにそれぞれの個性を加えることで多様性を実現するファーストパーソンシューターならば、なおさらに違いは意識させられる。
では、『Exframe Tactical』は如何なるタイトルであるか?
先に挙げられた、アメリカ合衆国軍が開発した『America's Army』、中国人民解放軍が開発した『光栄使命』と『Exframe Tactical』を比して、何が違うのか?
答えることはたやすい。
『America's Army』と『光栄使命』は、リアル系と称される部類のタイトルであり、後者は、スポーツ系と称される部類のタイトルである。近年においては、その境界はやや曖昧になりつつあり、また、この類別を好ましく考えていない者も少なからずいる。だが、解りやすく言えば、そういうことである。
リアル系の特徴は、プレイヤーが操作するキャラクターが、人間的であることにつきる。
流れ弾であろうが、身体のどこであろうが、撃たれれれば致命傷となる。歩行速度が遅く、長時間走り続けることができない。高所から飛び降りれば重症を負う、或いは、即死する。射撃精度が低く、静止して銃を構えた状態でなければ、銃弾を命中させることが困難である。携行できる兵装弾薬が限られている。こういった傾向が強いタイトルは、リアル系であるとされる。
リアル系とは、つまり現実の戦場の再現こそを求めるタイトルを概して称する言葉なのである。
シミュレータとしての有用性を認められ、また一部の好事家から評価されてはいるが、一方で、遊戯として、洗練されているとは言いがたく、そのため、一定以上の評価を受けることはない。
スポーツ系の特徴は、遊戯として、競技としての面白さを重視し、現実的であることに拘らないことにある。
歩行速度が比較的速い。撃たれたとしても、時間経過によって体力が自然回復する。撃たれても即死しないだけの耐久力を有している。射撃精度が高く、速さと精度を競い合うことに重点が置かれている。人の形をした機械の如き兵士を操り、優劣を競い合う。こういった傾向にあるタイトルは、スポーツ系であるとされる。
例外はあるが、概ね癖がなく、遊びやすいため、幅広い層のプレイヤーに受け入れられ、現在の主流となっている。
重力をはじめとする物理法則を無視する運動が取り入れられるほど、或いは、体感速度が速いほど、スポーツ系としての傾向が強いタイトルとして認められることが多く、そのため、未来や宇宙を舞台にしたタイトルは、架空兵装の存在も手伝って、スポーツ系に類別されることが常である。
光学迷彩、ダミー投影、プラズマグレネードを始めとする近未来的な特殊兵装を備えた強化外骨格を駆り、競いあう『Exframe Tactical』は、言うまでもなく現実的ではない。つまり、スポーツ系のタイトルに他ならなかった。
「何故、ありえないとお考えですか?」
ジェーンは、悠然と言葉を返す。
「役に立っているのかは知らないが、シミュレータとして使われているゲームが存在するのは現実だ。だが、それらはリアル系の中でも、特に極端なタイトルだ。『Exframe Tactical』は、リアル系でさえない。現実離れしたタイトルを、現実のシミュレータに使うなんて、論外だろう」
「確かに、そうですね。ですが、」
ジェーンは、頷き、肯定し、だが、言葉を接いだ。
「理に適っているのですよ」
「どういう意味なのか解らない」
スリープは、首を傾げる。全く意味が解らないわけではない。ただ、言葉から空想させられた可能性を信じられない。
「そもそも、己の身体で戦う兵士を必要とするなら、貴方がたのような、一般人を拉致する必要はありません」
そして、ジェーンは、宣告した。
「貴方がたは、仮想の世界で、英雄となるために此処にいるのです」
ネームドには、意味が解らなかった。解っていたが、解らなかった。信じられなかった。だが、信じるしかなかった。
言葉は、現実から離れ過ぎている。だが、一方で、既に、現実が狂っていることは、事実だった。拉致され、監禁されている状況が拒むことを許さない。
それに言葉が事実ならば、疑問は氷解する。
何故、選ばれたのか?
それが解らなかった。
何故、我々なのか?
それを知りたかった。
告げられた言葉こそが求めていた答えだった。
「仮想の世界」「英雄」、告げられた言葉は、常軌を逸していた。ふざけていた。だが、ネームドは、ベルは、スリープは、ノーマッドは、椅子に座る者たちは、告げられた言葉を受け入れていた。
椅子に座る者たちは、自らが特別な存在ではないことを知っていた。特別な存在ではない者が、何故、此処にいることを認められているのか、此処にいることを強いられているのか、答えは一つしかなかった。
現実では、特別な存在ではない。だが、仮想世界では特別な存在であるからだ。
『Exframe Tactical』という競技世界の中においては、アヴァロンこそ、我々こそが最強の存在であると、彼らは自負していた。
答えは、彼らの中に、はじめからあった。
彼らには、それしかなかった。
だから、信じられた。信じるしかなかった。




