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Links / Revolutionized Warfare  作者: やたか
第三章「Call of Duty」
27/69

 光があった。だが、色はなかった。ただ、整然としているだけの灰色の空間がそこにはあった。


 講堂、或いは、会議室を想わせる構造だが、そこに壮麗さはない。装飾はなく、実務的な調度だけが鎮座している。無機質で事務的な空気。その空間にあったのは、それだけだった。


 広くもなく、狭くもない部屋の中央には、四脚の椅子が据え置かれ、そこには三人の男性が座っていた。それを環視するように、制服姿の男性が数人ずつ、壁に接着されているかのように屹立していた。


 ネームドは、手前から奥へと順に、椅子に座る男に視線をやる。観察する。


 一人は、特徴のない若い男だった。背が大きいわけでもなく、小さいわけでもない。太っているわけでもなく、痩せているわけでもない。顔が整っているわけでもなく、崩れているわけでもない。髪が長いというわけでもなく、短いというわけでもない。若者らしいと称されるような没個性的な服を纏い、背を猫のように曲げ、俯くように座っていた。知的ではあるが何もかもを諦めているかのような白い表情と、心の中にひそませた青い炎を覗かせるような鋭く強い瞳が、印象に残った。


 一人は、がっしりとした体躯の男だった。背は高く、身体にフィットしたシャツから覗かせる腕は太く、胸板は厚い。瞳を瞑り、背を伸ばし、腕を組み、腰を据えて椅子に座る姿は、大樹のようであり、貫禄が感じられた。左の腕には、如何にもアウトドアモデルといった装いの厚みのある時計が存在を主張していた。


 一人は、太った男だった。背は高い。だが、それ以上に丸かった。サスペンダーと桃色のシャツの中で、はちきれんばかりに詰め込まれた何かが、みっしりとしていた。大きな尻の下からは、いつ椅子の断末魔の叫びが、聞こえてきても、おかしくはない。体重は一〇〇キログラム近くあるのだろう。ただ一方で、だらしないという印象はない。整えられた髪型と服装は、清潔な印象を抱かせ、精悍な顔付きは、知性と理性を感じさせた。


 何れも、アジア系。おそらくは日本人だろう。年齢は、二〇代前半から後半。ネームドは、既に辺りがついている。問題は、誰が誰であるかというだけだった。


「どうぞ、お掛け下さい」


 ネームドが、入り口の扉の傍で佇んだまま考えていると、女性が声を掛け、着席を促した。声は猫を撫でるように柔らかかったが、一方で、狼の瞳はネームドを射ていた。命じていた。


 女性は、名を問われ、パスティックと答えたが、ネームドはそれを認めてはいなかった。印象が違いすぎた。だから、ネームドにとって、女性は名無しのまま、"ジェーン・ドゥ"のままだった。


 ネームドは、座っていた三人と、壁の制服、そして、女性、その空間にいた全ての人間に視られながら席についた。環視を躱すように颯爽と、興味を払うように、愛想なく腰を降ろした。


「はじめまして」


 凛とした声が響き、スクリーンの前で、微笑みながら、悠然と佇む名無しの女性に視線が集まる。


「お待たせ致しました。それでは、はじめさせて頂きます。まず、話しておくべきは、我々は、貴方がたのことをよく存じているということです。貴方のことも、貴方のことも、貴方のことも、そして、貴方のことも」


 ジェーンは、向かって左から順に、椅子に座る男たちに視線をやり、最後にネームドを視た。


「貴方がたが知らないことでさえも、我々は識っている。故に、貴方がたに、問うべきことはありません。貴方がたが、すべきことは答えることではありません。話を聞き、状況を理解し、そして、誓うことだけです。これから、私が話すこと、既に話していること、いえ、この状況の全てが最高クラスの軍事機密に他なりません」

「話を聞いたら、断る権利はなくなると?」


 若い男が遠慮なく質した。


「いえ、貴方がたの存在、貴方がたが此処に存在していること、それ自体が既に、意味と価値を持っています」

「つまり?」


 声に色はない。解っている。ただ、事実を確かめるために若者は言葉を接いだ。


「断る権利など最初からありません。どうしても、逃げたいというのでしたら、」


 ジェーンは、死を覗かせるようにして、言葉を切った。事も無げだった。だからこそ、言葉は真に迫っていた。


「ですが、それは、こちらとしても、望ましいことではありません。我々は、貴方がたを高く評価していますから」


 ため息をつくように、まぎらわすように、言葉は接がれたが、凍るように緊張した空気は、すぐには解けない。


 ネームドも、男たちも、拉致された時点で、自身の身が危険にさらされていることを意識していた。だが、それでも、言葉にされれば、死というものを意識させられれば、動揺せざるを得ない。


 現実感はなかった。だが、それでも、おどけ、ふざけ、或いは、威嚇し、怯えていないと虚勢を示す、そんな子供はいなかった。


 誰一人として、視線を逸らしていない。受け入れてはいない。ただ、この状況を現実として、受け止めていた。


「流石は、向かうところ敵なしの部隊"アヴァロン"の一同と言ったところでしょうか? 私としても助かります。子供の相手をするのは、煩わしいことですから」


 ジェーンは、聞き捨てることのできない固有名詞を言葉にし、反応を覗う。だが、それでも、声を荒げる者はいなかった。


「結構です。では、一人ずつ紹介していきましょう」


 ジェーンが嬉しそうに頷くと、後方にあったスクリーンに、一枚の映像が投影された。


 右上、左上には、正面、半面の顔写真、右下、左下には、それぞれ違う角度から撮られた全身写真。映像は、四枚の写真を繋ぎ合わせ、一枚にしたものだった。四角い枠に嵌めこまれていたのは丸い身体の男だった。見紛うはずもない。ネームドは、視線をそちらに、右端の椅子に座る男にやった。


「TACネーム"ノーマッド"。兵科はアサルト。戦闘中は後方からの支援を主として担う。プレイスタイルは、理と知に傾倒。個としての戦闘能力が抜きんでているわけではないが、一方で、欠点という欠点もなく、常に冷静な判断を行い、常に一定の仕事をする。その安定性は評価が高く、信頼されている。高い情報分析能力によって導かれた戦略戦術論理を基に考案された、状況判断及び連携の指針となる、幾つもの定石は独創的でありながら、現実的、実践的、機能的であり、それを知識として、意識することによって得られる優位は、他チームと一線を画す強さの礎となっている」


 それで終わりではない。ジェーンは、言葉を接ぐ。


「年齢は28歳。職業は、フリーランスのソフトウェア、ハードウェアエンジニア。現在は主として、携帯端末向けのアプリケーション開発でそれなりの収入を得ている。両親は健在。兄弟はいない。都内のマンションで一人で暮らしており、外出することは稀。食事は主にデリバリーか、冷凍食品。特定の女性、友人はいない。性格は、理知的であり、紳士的。以上です」

「僕らにプライバシーはないようだね」


 はっきりした声が告げた。そこに臆病な響きはない。


「現代社会には、プライバシーなど存在しません。ご存知でしょう?」

「知るだけならともかく、言いふらされるのは困るな」

「ご安心ください。この情報もまた最重要機密であり、そして、数時間後には完全に抹消されまさすので」


 ジェーンの声調は軽い。だが、言葉は軽くはなかった。


「はじめまして、ノーマッドです。予定外のオフ会になっちゃってるけど、こうして君たちと顔を合わせられたことについては、素直に喜んでいるよ。なにせ、僕には友人がいないからね」


 ノーマッドは、やれやれと重い腰をゆっくりと上げると、苦く笑いながら挨拶をした。


 椅子が軋む音が響くと、ジェーンは、手にした紙束の頁をめくり、それから、視線をノーマッドの隣に座るがっしりとした体躯の男へやった。


「TACネーム"ベル"。兵科はアサルト。完全に近接戦闘に特化した異質な戦力。高い機動力、耐久力を盾として、強襲、偵察、撹乱、通路封鎖を主として担い、それ故に、狙撃手以上に単独で行動していることが多い。競技の仕様を鑑みれば、近接武装の戦術優位性は低いと断じざるを得ない。ベルは、その論理を戦果によって否定する、例外の存在である。アヴァロンの狙撃手パスティックに迫るキルレシオを誇り、鬼神の如き破壊力で劣勢を粉砕することも奇しくない。近接戦闘を嗜好する者は少なからずいるが、練度の高いプレイヤーをも、圧倒する領域に至った存在は他に例がない。行動判断は無秩序であるが、そこには堆積した知識と経験によって構成され、校正された判断基準、感覚があるのであろうと推測される。また、視覚、聴覚、その他の情報によって、極めて精緻な空間把握、未来予測を行なっていることも推測される。何れも推測に過ぎないが、でなければ、現実を説明できない」


 ジェーンは、ため息をついて、それから、手許にある紙束から視線を上げた。


「凄いみたいですね。何が書いてあるかよく解りませんが」

「気に入っていただけたようで何よりだ。俺の個人情報はないのか?」


 ベルは、ジェーンの言葉を意に留めず言葉を返し、ジェーンもまた同様にして言葉を返す。


「年齢は25歳。職業は、ダンスクラブのガードマン。正規労働者ではないが、収入は悪くない。両親は健在であるが、絶縁状態。兄弟はいない。交際中の女性が所有するマンションで暮らしている。趣味はナイフの収集。古武術の心得がある。友人はいない。愛想はないが、一方で、面倒を避けるために空気を読むことはある。間違いありませんか?」

「ああ」

「挨拶はされますか?」

「いや、俺はいい」


 そういう人間だと解っている。だから、挨拶などする必要はない。そう、ベルは告げていた。ネームドは理解していたし、ノーマッドも、スリープも、理解している。


「TACネーム"スリープ"。兵科はアサルト。近中遠距離での射撃戦闘で圧倒的な強さを誇るチームのエース。整然として合理的な戦術規則に従い、常に安定行動を選択する理論派。それ故に、ハイリスク・ハイリターンを基本とするトリックプレーは、忌避する傾向にある。侵攻・奪還よりも、前線維持・拠点防衛を得意とし、特に、その強さを発揮する。逃走経路を確保しながら行う、前線維持・タイムコントロールは、老獪と讃える他ない。戦略の要として、要所を任されることが多く、交戦頻度は高い。であるにも関わらず、高い生存率を記録していることは、その戦術特性、及び、実務性の高さを証明している」


 ジェーンは、考えるように首を傾げ、


「つまり、逃げ足が疾いようですね」


 いやらしく微笑みかけながら、そう告げた。


「引くことを覚えろカス」


 ジェーンの言葉に、応えるように囁かれた言葉は、挑発的ではあったが、そこに感情の色はなかった。スリープは、悠然として、己の正当性を主張する。


 ジェーンもまた微笑みを崩さない。だが、その微笑みは、微笑ではなくなっていた。


「日本人のプレイヤーなら誰もが知っている有名な言葉だ。何も考えずに、ただ遊んでいるだけの奴は、この言葉をただ嘲笑する。上手くなるために考え、競いあってきた奴は、この言葉に頷く」


 スリープは、引かない。自身が正しいと考えることについては、引かない。正しさを主張し、証明する。スリープの言葉には、若さと強さがあった。


「悪くないわ。斜に構えている癖に、何も言えない人間よりはずっと」


 ジェーンが、瞳を瞑り、愉しそうに笑うと、蜘蛛の巣に捕らわれているかのような、緊迫感が解けた。


「年齢は21歳。職業は、学生。成績は可。学問に対する意識は低く、大学には卒業するためだけに通っている。大学の近くにあるアパートで一人暮らしている。両親は健在。姉が一人、弟が一人。特定の女性はいない。特筆すべきことはない」

「つまらないわね」

「人生がつまらないことは知ってます」

「これから、面白くなるわ」

「挨拶しても、いいですか?」

「どうぞ」


 ジェーンの了解を得るとスリープは、ゆらりと立ち上がり、


「こんにちは、いや、こんばんは、なのか? どうでもいいか、はじめまして、スリープです。状況が、よく解らないけど、いや、どうしようもない状況になってるみたいだけど、できることなんてなさそうなので、とりあえず、諦めてます。以上です」


 スリープは、ノーマッドに、ベルに、ネームドに、順に視線を遣り、牽制した。諦めるべきだと、何もすべきではないと、そう瞳は訴えていた。


 この女は壊れている。


 それがジェーンの神経を敢えて逆撫ですることで、スリープが感じ得た教訓だった。


 スリープが席にくと、ジェーンは、ネームドに視線を遣った。ジェーンは、瞳をじっと覗いてきたが、ネームドは、特に何の反応も示さなかった。


「TACネーム"ネームド"。兵科は不定。戦略、戦域、戦況に応じて、兵科を使いわけ、様々な状況に対応する万能型のプレイヤー。アサルト、スナイパー、双方の兵科でエースクラスの強さを発揮するネームドこそ、アヴァロンの戦略多様性と戦略完成度の両立を支える中枢である。個としての戦闘能力においても評価は高いが、それ以上に特筆すべきは、その優れた指揮統率能力に他ならない。相対する敵の戦力、刻々と変化する戦況を把握する洞察力、経験に裏打ちされた知識、迷い惑うことなく的確な指示を出す判断力、それらを有すると同時に、広い視野、高い意識、折れることのない心の強さを兼ね備えている。ただ、個性的かつ、自信家である、四人のエース級のプレイヤーから、絶大な信頼を寄せられる何よりの要因は、実務能力も去ることながら、クランメンバー、それぞれに対して、プレイスタイルだけではなく、人間性までをも深く理解していることにあるだろう。ネームドの存在こそが、アヴァロンであると言っても過言ではなく、他の誰であろうと、この部隊の真価を発揮させることはできないだろう」

「異論はありますか?」


 ジェーンは、ネームドにではなく、ノーマッド、ベル、スリープに問いかけた。


「何処の誰のことかは解らないが、まるでカリスマプレイヤーだな」

「ごめんなさい、難しい話はよく解らないので」

「彼は僕が好きなピザのトッピング上位三種を答えられないね」


 ベル、スリープ、ノーマッドは、それぞれ、ネームをからかうように装い、ジェーンへの答えをはぐらかした。


「仲がいいのは解ったわ」

「そんなに褒めなくてもいい。お前らの気持ちは解ってるから」


 ネームドが、青臭く装った台詞を吐き、話を終わらせた。話の主導権がジェーンに戻る。


「年齢は、24歳。職業は、無職。定職についてはいないが、収入が全くないというわけではなく、祖父母から相続したそれなりの額の遺産を元手に、日々気ままな小遣い稼ぎに勤しんでいる。都内の近郊にある家で両親と共に暮らしている。特定の女性はいない。友人はいないわけではないが、関係は希薄。年の離れた妹がいる。映画、アニメ、ドラマ、スポーツ鑑賞、漫画、小説、音楽鑑賞、オカルト、通販、そして、ゲームと多趣味であり、また、政治、経済、科学技術、世界情勢についても関心があり、日課として、情報の収集を行なっている。日々、創りだされ、積まれていく、それら娯楽の達成、週に二日、映像作品を観ながらの室内トレーニング、月に一日、小旅行を兼ねた自転車でのロングライド、

24時間、365日は、それらの遂行に費される。自由を愛する一方で、脅迫的な使命感に縛られ、時間に追われるように生きている情報蒐集、娯楽処理中毒者」


 ジェーンは、ため息をつくように、言葉を切り、そして、接ぐ。


「異論はありますか?」


 ジェーンはネームドに問いかけたが、ネームドはジェーンには答えなかった。ただ、共に戦場をかけた仲間に声を掛けた。


「はじめまして、ネームドです。正直なところ、ニートが私一人というのは意外でした。驚いています。ゲームが上手い人間は例外なく働いていないとそう考えていました。おかげで肩身が狭い」


 ネームドは、恭しく装いながら、下らない感想を述べる。状況にそぐわない。声に怯れはない。ふざけている。だが、何故か、強く響く。そんな声だった。


「僕も驚いてるよ。僕以外はニートだと思ってたからね」


 ノーマッドが同意した。


「だが、全員、社会不適合者であるのは間違いなさそうだ」

「俺は普通の学生なんだがな」


 ベルが肯定し、スリープが否定した。


「クランマスターがニートでも、幻滅しない視野の広い人間ばかりのようで安心した。一々、言い訳しなくていいのは、全く楽でいい」


 ネームドは、わざとらしく、ため息をついてみせる。


「俺は、家族でも、友人でもないからな。だから、俺にとって、アヴァロンのネームドの価値は、その強さだけだ」


 ベルが、言い放った言葉は、冷たく、そして、熱さがあった。


「逆も然りだね」


 ノーマッドは同意する。


「ゲームの中で偉い奴は、ゲームが強い奴だ。それが現実じゃない世界の現実だ」


 スリープの台詞は、格好良く、そして、格好悪い。


「私については異論はない。だが、異を唱えたいことはある」


 ネームドは、ジェーンに向き直り、


「何でしょうか?」

「パスティックは何処だ?」


 そして、質した。


 ジェーンは、きょとんとし、それから、困ったように微笑んだ。表情は、やれやれと、そう告げていた。その口元は歪んでいた。

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