1
繋がれていた。ここが何処か、ここが何時か、何も解らない。何も視えず、何も聞こえない。両手両足は拘束され、座らされている。口だけは自由だった。だが、言葉を紡ぐ気にはなれない。
ネームドが客観視する自身の姿は、戦争映画で観た、囚われ拷問を待つ捕虜の姿の何者でもなかった。気がつけば、こうなっていた。
ネームドは、記憶をさらう。
何時ものように街を歩いていた。エイダは街を歩くのが好きで、ことあるごとに街に連れて行けと、耳元でうるさかった。
エイダと共に生活をはじめて一ヶ月が経とうとしていたが、何も起こってはいなかったし、その前触れもなかった。時がくれば、突然そうなる。そういうものなのだろうと、ネームドは、微かにため息をつく。事実、こうなっている。
姿を隠す必要はないのかと、エイダに尋ねたが、意味がないという答えが返ってきた。どう足掻いても、捕まる時は捕まるから諦めろと軽く答えられた。だからこそ、限られた時間を有効に使え、やるべきことをなせ、そして、現在を楽しめと言葉は接がれた。
「私のことも、組織のことも、詳しくは聞かないんですね。気になりませんか?」
カフェで街並みを俯瞰していると、ふと、エイダが質した。
「気にはなっている。ただ、聞かないだけだ」
「何故です?」
「話さないということは、知っておかなければならないことではにんだろ?」
「そうですね。知っておくべきことではないと考えます。知っていると感づかれると困りますから」
「いやでも、知ることになるなら、その時に知ればいい」
聞きたいことは、幾らでもあった。だが、それを全て質したとしても、きっと怖ろしくなるだけだと、ネームドは考えていた。逃げ出したくなるかもしれない。だが、そうなりたくはなかった。
少女は何者なのか、何が起こるか、何処に行くのか、何も解らない。現在は、解らないままでいいい。
ただ状況を愉しんでいたかった。そう装っていたかった。
それに、喚き散らすように、必死で言葉を求める者というのは、どうにも格好がよくない気がしたというのもあった。恰好をつけていたかった。
「貴方が賢明な人であることは、私の正しさの証明でもある。感謝します」
「どういたしまして」
「社交辞令ですか?」
「ああ」
そんな会話をして、カフェを出た。少女は微笑んでいた。それが記憶に残る少女の最後の姿だった。
それから、
走った。何者かに追われ、暮れていく街を走った。そして、追いつめられた。
逢魔が時。赤に沈んでいく街の暗がりで、太陽を背に立ち塞がる男と対峙した。顔はよく視えなかった。だが、その輪郭、その姿は、典型的な追跡者のそれだった。黒い短髪、黒いサングラス、結ばれた口元。隆起した肩、太い腕、太い脚、威圧的な体躯に纏われた黒いスーツ。
それから、
先はない。何もできなかった。
男は、懐に手を入れ、そして、黒光りする何かを取り出した。ネームドは、それが何か知っていた。その玩具の拳銃のような、独特の形状から、それがテイザー銃であると、すぐに理解した。だが、解ったからといって、どうにかなるはずもない。
そう、何もなかった。抗うことなどできはしない。予定調和でしかなかった。
男は、映画のように、話してはくれなかった。何も言わず、躊躇いなくトリガを引き、そして、身体が小さく反射した。全ての感覚が失われ、身体が崩れた。
影絵の街。歪に区切られた赤い空だけが視えていた。やがて、意識が失われ、そして、
ネームドは、現在に、回帰した。




