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何故、こうなっているのか?
ネームドは、困惑していた。想定とは異なる状況だった。想定できるわけがない状況だった。
展開には、問題はなかった。問題は、そこにいた人物にあった。
不意に声をかけられ、追跡者は、一瞬、惑うような仕草を見せ、次いで、首をかしげるような仕草を見せた。
周りには人はいない。ごまかしようがなかった。ややあって、追跡者は肩を落とすような仕草を見せ、ハットに隠れていない口元だけで微笑みを返した。
ネームドが、ついてくるように促すと、追跡者は何も言わず頷いた。路地からメインストリートへ抜け、近くにあったカフェへと入り、階段を上った。そこまでは、何も問題はなかった。
席に座り、ネームドは、テーブルを挟んで座る追跡者を改めて正視する。その姿は、想像以上に小柄だった。たよりなさ、或いは、たおやかさを覚えさせる、そんな体型だった。幼さを感じるほどではないが、若い。10代の半ばというのが、ネームドの見立てであった。
ネームドが視ていると、追跡者は、その遠慮のない視線に応えるように、悠然とした動作でハットを脱いだ。
風が吹いた。そんな錯覚を覚えるような一瞬だった。金色の髪がこぼれ、白い肌が露わとなり、そして、碧い瞳が覗いた。
追跡者は、少女だった。そして、明らかに日本人ではなかった。想定外でしかない。
ネームドは、まず、すべきことをした。
「日本語は、解りますか?」
そう、質した。数瞬の沈黙があり、そして、少女は愛らしく微笑み首を傾げた。
ネームドは、困るしかなかった。
追跡者が少女であったことについては、驚きも、惑いも、ネームドにはなかった。路地で声をかけた時、その輪郭をはっきりと正視した時、既に想定していた。
少女の服装は中性的ではあったが、それだけで、性別が判断できなくなるかといえば、そうではない。男性と女性では体型が違う。暗がりであっても、解ることは解る。
ネームドは躊躇わなかった。ネームドの望みは、話をすることだ。追跡者が少女であったことは、望ましいことではないが、それは問題ではない。周囲の視線が気にならないことはないが、それだけだ。追跡者が少女であろうが話はできる。
少女が想像以上に美しく、一瞬、時間を奪われたかのような錯覚に心が惑ったことは否定できない。だが、それも、問題になるようなことではない。
問題は、少女が日本人ではなかったことにつきる。完全に想定外の現実だった。
ただ、外国人であるだけならば、まだ問題ではない。
だから、ネームドは質した。
だが、言葉は返ってくることはなかった。それが、応えであり、答えだった。
ネームドは、話をするために追跡者に声をかけた。連れ立って、カフェに入り、こうして、対峙している。だが、どうしようもない。
追跡者は少女だった。日本人ではなかった。そして、言葉が通じなかった。行き止まりだった。
ネームドは、珈琲に色々な何かをぶち込んだ茶色い飲みものと、ゆっくりと過ぎていく時間を、喫するしかなかった。




