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「"ネームド"、聞こえているのか?」
音。声。
誰かの声、野生を感じさせる強い声。"ベル"の声だ。
「回線かな?」
「ん、落ちた?」
「反省会の議題が決まったな」
"ノーマッド"、"パスティック"、"スリープ"の声。
仲間の声が、現実に、いや、仮想に意識を連れ戻す。
光。光景。
遙か彼方まで広がる蒼穹、白い冠を抱く山嶺、自然の中に静かに佇む灰色の軍事施設、巨大なレーダーアンテナ、眩い輝きを放つ太陽光発電パネル。
そして、
黒い装甲に覆われた機械の腕、精緻にモデリングされたアサルトカービン。
そう、ここは現実。現実の仮想。
「いや、落ちていない。聞こえてる。少し、フリーズしてた」
ネームド、そう呼ばれた声が応える。
「フリーズ? パソコンの調子悪いの?」
少女のような少年の声で、パスティックが首を傾げるように問う。
「いや、頭の方だ」
「らしくないな。どうした?」
らしくない。なるほど、らしくないのかもしれない。だが、らしいとは何だ?
一瞬、惑い。そして、振り払う。
「さあな、解らないが、もう大丈夫だ」
ネームドは、語気を強くし、拒絶を示す。あまり、話を引きずれられたくなかった。
「しっかりしろ。クラン戦の最中だ」
そう、クラン戦の最中、試合の最中だった。
「ああ、悪かった」
ネームドは、瞳を瞑り、深く息を吐き、気持ちを切り換える。そっと瞳を放ち、ヘッドアップディスプレイの左上に投影されたカウントに視線をやる。
41...40...39...38...
ネームドは、カウントを数えながら、状況を確かめる。
マップは、デュアルサテライト。ルールは、オフィシャル。ウェーブ制限なしの殲滅戦。ターミナルの設置、エクス・ファクターの起動は、何れも有効。開幕時の待機機数は25機、戦域での最大行動可能機数は5機。時間経過、もしくは、全滅によって、ウェーブが移行。機動装甲歩兵の戦域復帰はウェーブ移行から30秒以内。復帰方式はエアランディング。
現在は、6ウェーブと7ウェーブの間のタイムアウト。自チームの戦域残機数5機、待機機数20機。敵チームの戦域残機数0機、待機機数5機。圧倒的優勢の状況で、敵チームのランディングを待っている。
「ぼうっとしたくなる気持ちも解るけどね」
穏やかで優しい声がため息をつくように告げた。サポートを任されるノーマッドの声だ。
「確かに、面白くはない。立ち回りは丁寧で、連携も悪くない。統制が取れている。上手い。だが、怖くない。だから、強くない」
呼応するように、知性的で冷たい声が語りはじめた。スリープだ。アサルトらしく、その言葉には、容赦がない。だが、下された評価は、的を射ていた。
劣勢の状況においては、戦況を覆すために賭けを迫られることもある。だが、相対するクラン"ハックザワールド"は、残機数に差がつき始めてからも、堅実な行動に終始した。
結果論ではあるが、ハックザワールドが一方的に機体を失い続ける展開から抜け出せなかったのは、意表を突く一手を打たなかったことに、一因があることは否定できない。
「まだ試合は終わってない。ここから、まくられる可能性もないわけじゃない」
「こっちも堅いチームだけどね」
ネームドの言葉に、パスティックが嬉しそうに応える。パスティックの兵科はスナイパー。攻守の要だ。
「だが、やる時はやる」
スリープが、不敵に告げる。だが、声に軽さはない。
「ネームド、そろそろ指示をもらおうか?」
「現在の状況を維持する」
ベルの言葉に応えるように、ネームドは、リーダーとして、方針を告げた。
「了解」
「了解」
「了解」
「了解」
異論はない。ネームドは信頼されていた。彼らは信頼しあっていた。それ故の圧倒的統制。それこそが、彼らの強さ。"機動装甲歩兵"と称されるロボットを駆り、その強さを競い合うファーストパーソンシューター、『ExFrame Tactical』。世界的な人気を誇るこのタイトルにおいて、無冠の王者として君臨するクラン"アヴァロン"の強さだった。