16
パスティックは、生還した。だが、状況が好転したわけではない。パスティックを生かすために、スリープのシールドが犠牲となった。ダメージは、67%。
シールドは時間経過でリチャージされる。だが、それを待つ時間はなく、引くこともできない。連絡通路の中間地点を前線として、ラインを維持する。それが与えられた仕事だった。応戦しなければならない。
状況は厳しかった。だが、都合は悪くない。ダメージを与えたという手応えがあれば、強引に前に出てくる。そうする。そうすべきだ。
スリープは、A棟の廊下の壁を背に、連絡通路を覗き込む。射撃姿勢を維持しつつ、ゆっくりと前進してくる灰色の機動装甲歩兵の姿が視えた。
瞬間、視線と射線が交差する。明滅する赤黄の光。威を示す連射音。壁が削られ、微かな白煙が上がる。
スリープは、身を隠したまま仰ぐが、夜空は視えない。
「アサルト2機が、B棟から連絡通路へ侵入。間もなく、連絡通路の中間地点を越える」
「止めろ」
止めるしかない。それ以外に選択肢はないと、指揮官は、そう告げていた。
スリープも、解っていた。だが、あまりに遠慮なく、容赦なく、告げられた言葉が、おかしくて、笑ってしまった。
「了解」
信頼されている。そう感じられた。ならば、やるしかない。応えるしかなかった。
スリープは、息を吐き、息を止める。意識を研ぎ澄ます。
黒い機動装甲歩兵は、その体躯をぬるりと動かした。カバーポジションから、連絡通路へと、その身を放る。
狙う必要はない。レティクルは、灰色の機動装甲歩兵の姿を、既に捉えている。既に、トリガは引かれている。視えた瞬間に、反射していた。黒い機動装甲歩兵が、スリープが、先制した。
「俺の方が速い」
速く、そして、確かだった。スリープが放った弾丸は、ことごとく、灰色の機動装甲歩兵の頭部に収束した。敵が1機であれば、決していた。そのまま、削りきれば終わる。だが、そうはならない。敵は1機ではない。
倍の撃ち返しが機体を襲う。視界が揺れ、レティクルが跳ねる。
「全く」
スリープは、シールドの耐久力を重視したロードアウトを組んでいる。だが、それでどうなるという状況ではない。堅守を誇ろうと盾は盾に過ぎない。それだけでは、状況は打壊できない。耐えることしかできない。
一瞬、敵機の砲火が同期し、集弾密度が跳ね上がる。
残されていた耐久値が、ごっそりと奪われた。シールドがキャンセルされ、アーマーが剥き出しになる。もう、もたない。
「いやになるな」
跳ね上がる銃身を追うように、スリープは、天を仰ぎ、呟いた。
「おそかったな」
スリープの口元が、歪んだ。
高い音が響き、硝子の雨が降り注いだ。鈍く重い轟音が響き、衝撃が全てを一蹴した。
一瞬だった。
一瞬で終わった。
連絡通路の中央にある硝子張りの天窓を突き破り、墜ちてきた黒い機動装甲歩兵は、灰色の機体を重力によってもたらされた圧倒的な威力を以て圧壊した。踏み砕いた。
ヘッドアップディスプレイの右上方に、インパクトキルを示すキルログが表示される。だが、パスティックは、一瞬たりとも、それを意識しなかった。
膝をつき静止する黒い処刑人の後方で、アサルトライフルを構え直そうとする灰色の機体の姿を、感情のない瞳で視ていた。スコープで覗いていた。
放たれた弾丸は、灰色の頭部を砕き貫き、響いた砲声は、逃走の終わりと反撃の始まりを告げた。
パスティックは、狙撃姿勢を解き、ただ眼前の光景を眺めた。
衝撃でひび割れた床、散乱する人型の残骸。微かな煙の中心で赤い瞳が揺れていた。静寂を纏うように、ゆらりと立ち上がる黒い機動装甲歩兵の姿は、どうしようもないくらいに神々しかった。
「遊びは終わりだ。これからは、一機足りとも、欠けることを許可しない。叩き壊すぞ」
「了解」
応える声に憂いはない。アヴァロンは、既に勝利を確信していた。




