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何かがある。
そんな予感など欠片もなかった。何もありはしない。何かがあったことなどない。だから、何かがあるなど、ありえないと知っていた。
何も起きはしない。何も変わりはしない。だが、それは既に始まっていた。
<<アヴァロンは、ワールドオーダーとの対抗戦を行っています>>
<<数的不利であるため、参戦が可能です>>
「やれやれ」
ネームドは、ため息をついた。
アヴァロンがクラン戦をしていたからだ。アヴァロンにリザーブはいない。アヴァロンは、他の誰のためでもない、5人の5人による5人のためのクランだ。
アヴァロンはクラン戦をしている。だが、ネームドは試合に参加していない。その意味するところは一つだった。
多くを教えないこと、そして、負けないこと。
リーダーであるネームドがアヴァロンに求めているのは、これだけであり、ネームドの不在時にクラン戦を行ってはならないといった約束は存在しない。存在はしないのだが、クラン戦が積極的に行われることはない。その主たる要因としては、ネームドの不在時は、パスティックが、やる気にならないということが挙げられる。
ただ、禁じているわけではないので、全くないというわけでもない。稀にはある。
それは主に、誰かの頭に血が昇った時に勃発する。
とあるコミュニティで、アヴァロンを叩いていた固定ハンドルにスリープが言葉を返し、リアルタイムの舌戦を繰り広げた末に、試合で片を付けるということになった。
往々にして、コミュニティ上にだけ存在する名人は、挑まれれば怖じ気づいて逃げるものだが、彼らは違った。彼らは、真に残念な者たちだった。
かくして、無料の勉強会は始まり、アヴァロンは容赦なくトラウマを刻みつけた。
弱い者は、実力を判断することさえもできない。だからこそ、弱い。そんな解りきったことを証明した。
ということが、あったということだけを、ネームドは、パスティックから聞いて知っていた。
ネームドは、それについて、特に何も言わなかった。ネームドにとって、重要なことは、勝利することだけであり、勝利したのならば、何も言うことはない。
だから、ネームドは、クラン戦をしていることについては、気にしてはいない。ただ、相対するクランが何者で、戦況はどうなっているのかについては、気になってはいる。
ネームドは、システムメッセージをあらためて凝視し、アヴァロンが対戦しているクランの名を確かめる。
"ワールドオーダー"。
憶えがない名だった。憶えがないということは、少なくとも、上位のクランではないということであった。
ネームドは、ほっとため息をつく。
ランキングの上位に名を連ねるクラン以外が相手であれば、指揮者不在、数的不利、連戦の疲労、それらを鑑みても、勝利が揺らぐことはない。
負けることがないことは、解った。
だが、それでも、まだ気になっていた。
ネームドは、オフィシャルのデータベースに、クラン名を入力し、検索をかける。クランの戦績を確かめようとした。だが、戦績はなかった。
0戦0勝0敗。
ワールドオーダーは、クラン戦を一戦もしていなかった。
ネームドは、次いで、構成メンバーの名で、個人戦績を検索する。構成メンバーは、5人。何れも、プレイ時間は短く、やり込んでいるという気配はない。だが、一方で、キルレシオは異様に高い。
「如何にもだな、どこかのサブクランか?」
戦術研究、戦績保持、その他、諸々の事情のために、新たにアカウントをつくり、必要な装備だけをアンロックした即席のキャラクターで、クランを新生するというのは奇しい話ではない。
ネームドの頭に想起されたのは、数時間前に戦ったハックザワールドだった。
日本代表チームとして、国内のチームに連敗は許されない。だから、名を変えて、復讐戦を仕掛けてきた。つまらない話ではあるが、あり得ない話でもない。
向こうの事情は、ともかくとして、問題はこちらの事情だ。何故、こんな怪しげなクランとの試合を受けたのだろうか?
「例によって、挑発されたのか、或いは」
ネームドは、考えを巡らせながら、ボイスチャットのクライアントを起動し、アヴァロンが専有するルームに参加した。




