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誰もが彼らの背を追っていた。その戦いを見守っていた。祈るように、信じるように、憧れるように、人々は彼らの姿を見つめていた。
静寂。
時が凍ったかのような一瞬があり、そして、はじまる。
銃声が響き、装甲が軋み叫ぶ。威を纏う音が競技場を震わせた。
だが、人々は怯えることも怯むことはない。ここに鉄と硝煙の臭いはない。ただ、眩い光に包まれている。
全てはスクリーンの奥、遥か彼方の攻防。現実ですらない。人々が彼らの揮う暴力に傷つけられることはない。
ここは神殿。
選ばれた者がさらなる高みを望む場所。頂きに至らんと研鑽を連ねた者がその強さを示す場。五輪と聖火によって闘争を認められた神聖なる祭壇。
人々の手が彼らの手と交わることはない。
いずれが勝利を掴み、いずれが敗北を喫したとして、人々に何が起きるでもない。利益がもたらされることはない。不幸がふりまかれることはない。
勝利と敗北。待ち受けるのは、ただ一つの結果。それだけであり、その先には何もない。
それでも、人々は見守っていた。ただ、名誉を、栄光を祝福し、讃えんがために。
人々は、彼らの戦いを観ていた。人々は、"それ"を試合として観戦していた。人々は、"それ"を競技と認めていた。
価値を認め、駆り手たる彼らを仰いでいた。瞳の奥には畏敬と憧憬があった。
それは数年前まで、狭いコミュニティの中でのみ生きることを許された価値観だった。人々は、それが競技であることを理解していなかった。理解しようとさえしていなかった。ただ、蔑んでいた。
子供の遊びでしかない。
それが人々の総意だった。
彼らは、叫んだ。
「何が、違うというのか?」
球を蹴ることと、球を打つことと、自らの足で走ることと、乗り物を操り走ることと、盤上で駒を操ることと。
「何も変わりはしない。なのに、何故、蔑まれるのか?」
彼らは、答えを知っていた。
「人々は知らない」
彼らは、"それ"が優れた競技であると信じていた。だから、彼らは続けた。続けられた。知らしめるために続けた。
"それ"が他の競技と同様に、人々の心に触れる物語を、瞬間を創造できることを示すために。
やがて、彼らの願いが許される時代が訪れた。電子化していく社会が意識を変革させた。
"エレクトロニック・スポーツ"という言葉が周知され、"それ"は瞬く間に世界を席巻した。
やがて、一つの軌跡が装甲を砕いた。
最後の銃声、最期の残響。音は波のように引き、一瞬の静寂が現れる。
会場の中央に表示された球形の立体スクリーンに勝者の名が刻まれ、感情のない女性の声が機械的に戦闘の結果を告げる。
巨大な波が競技場を揺らした。
場内に響く拍手。拍手、拍手、拍手。
片手で、両手で、優しく、剥ぐように、静かに。彼らは、それぞれの動作でヘッドアップディスプレイを外し、現実へと帰還する。
幾層にも連なる拍手の中心で、彼らは静かに顔を上げ、確かめるように、互いの表情を覗く。はにかむように笑いあい、そして、讃え合うように立ち上がる。
勝者の名が響き、拍手は喝采へ、彼らが応え、喝采は祝福へと変わる。
時代は変わっていた。世界は変わっていた。
"ファースト・パーソン・シューター"と称されるテレビゲームがスポーツとして、競技として、認められる時代がそこにはあった。
それは、彼らが待ち望んでいた未来だった。
だが、その時代は、その世界は、その未来は、