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君と僕 その6

11/14本文を改稿しました。内容にも一部変更がございます。内容の変更ですが、リシェルと隊長が顔を合わせていないということです。

公開から日数が経っており、本当に申し訳ございません。

 

 風が心地よく感じられる季節になった。

 

 僕らの仕事は鎧を身に付けることが多いので、暑い時分は辛いものだ。

 だから肌を掠める風が涼しく感じてくるようになると、快適になってくるという訳だ。だが、木枯らしが吹き抜ける季節はさすがに寒くて凍えてしまうのだから、快適な期間はあっという間に過ぎ去る。

 

「ケイン、何を笑っている?」

 ランス隊長が詰所前に落ちていた葉を集め、火を着け焚き火をしていた。

 秋の気配を帯びてきた城の中にはたくさんの落ち葉があり、掃いても掃いても除去出来ないので、使用人達はいい加減放ったらかしにしている。

 ランス隊長は毎年この時期になると、詰所前で焚き火をするのが恒例だった。

 焚き火の煙をもろにかぶり、彼は酷く辛そうな顔をして咳き込んだ。

 先ほどから風下にいるのに気付かないのか、何回も咳を繰り返しているのに全く移動する様子がない。

 僕はそんな鈍いことをする隊長に、ついつい苦笑を漏らしていた。

 

「まさかお前、俺を笑っているのではないだろうな?」

「そんな、まさか。おそれ多い」

 笑みを噛み殺して真顔で返せば、隊長は苦い表情になり目を擦る。どうも煙が目に染みているようだ。

「ふん、嘘臭い面をしおって。お前にはやらんぞ」

「そんな、隊長。勘弁して下さい」

 僕は情けない声を出して、拗ねたように顔を背ける男に慌てて頭を下げた。

 

 隊長自ら焚き火の番をしているのは、その上で野生の兎を焼いているからだった。

 この獲物は、隊長が外出中に城の近くにある森で仕留めたものらしい。兎はいい匂いをさせながら、詰所の周りに飢えた男共を吸い寄せている。

 僕の他にも何人もの腹を空かせた武骨な男が、唾を飲み込んで肉が焼けるのを待っていた。

 だがこの人数であの小さな兎の肉を割ると、一人分はそうとう少ないだろう。……物足りないが仕方ない。

 

「しかし、冷えてきたな。焚き火が楽しい季節だ」

 隊長は機嫌をなおして、僕らに笑いかける。

「もっと獲物があればよかったんだが、お前ら一口でもあれば儲けものだと思えよ?」

「そんな、隊長。殺生な……」

 騎士達が不満の声を上げた。

「ええい、うるさい! 俺の獲物だぞ? お前らみたいな食い意地の張った奴らの腹を、こんな兎一羽で満足させられる訳がないだろうが?」

「なんだよぉ、隊長のケチ。んなんじゃあ、全然足りねえや」

 ぶつくさと文句を言いながら、何人かの若い奴らが消えて行った。匂いに釣られて来た奴らは、減りすぎた腹を満たすべく城外にでも繰り出すことにしたようだ。

「お前は行かないのか、ケイン?」

 隊長が意地悪く聞いてくる。

「ええ、わたしは。隊長から少しの兎を恵んで頂きますよ」

 僕は群れるのが苦手だ。僕のような特殊な境遇の人間は、相手からもなんとなく敬遠されるので、しつこく誘われて困ることはない。だが隊長は、そんな僕が気になるのか何かと気にかけてくれていた。

 小さな兎の周りに残ったのは、結局、金欠気味の少数となっていた。

「よしよし、だいぶ減ったな」

 隊長が満足そうに笑う。僕は彼の横に座って胡座あぐらをかいた。他の奴らも、隊長の周りにしゃがんで肉が焼けるのを待つ。

 しかし、くそっ、本当に煙がすごい。

 

 

 食べ頃に焼けた兎を、隊長は荒々しく筵の上に下ろした。

 

「ケイン、お前。騎士になってどのくらいになった?」

 彼は焼けた兎を、器用にさばいて切り分けていく。それから厨房でくすねておいた香辛料を、パラパラと肉の上に振り撒いて味をつけた。旨そうな匂いに喉が鳴ってしまう。

「そうですね。もうすぐ三月になりますね」

「慣れたか?」

「ええ、まあ」

 隊長はフンと鼻を鳴らして笑うと、僕に肉の塊を投げてきた。地面に落ちる寸前で、なんとかそれを掴まえる。

 あ、熱いな。くそっ。

「お前の武勇伝は俺の耳にも入っているぞ。リシェル殿と乗馬を楽しんだらしいな」

 僕はもう少しで、せっかくの肉を吹き出すところだった。

「な、なな……」

 隊長はこらえきれないのか、思い切り噴き出して笑う。

「どうした、ケイン。そんなに慌てて。お前らしくないぞ。たかだか侍女と相乗りしたぐらいで」

「からかうのは止めて下さい。いったい誰がお耳に入れたのかーー」

 その時僕らのすぐ後ろで、クックッと苦しそうに笑う小さな声が聞こえてきた。

 僕は振り向いて声の主に視線を向ける。

「お前か、ギィ?」

 僕と隊長の会話に忍び笑いを漏らしてきたのは、彼女との乗馬に立ち会った隊で唯一の目撃者、相方のギィだった。そうか、こいつもいたな。

「ケイン、そう怖い顔をするな」

 ギィは飄々とした表情で、馴れ馴れしく肩を叩いてくる。

「本当のことだろ? それに別におかしなことじゃない」

「そうは言うがお前のその顔は、完璧に面白がっているじゃないか。告げ口までしおって」

 彼を批難した僕に、隊長が横から口を出した。

「いやいや、違うんだケイン。俺はギィに最近のお前の仕事ぶりを聞いただけで……」

 そうそうと、ギィが頷きながら続きを請け負う。

「俺も隊長がお聞きになったから、そう言えばとお話したまでだ。お前がいかに熱心に、仕事をこなしていたかをな」

 二人は口を揃えて言葉を合わせた。

「決して熱心に、女を口説いてたーーとは思ってないぞ? これっぽっちも」

「口説いてただって! どこが?」

 僕が目を剥いて大声を出せば、二人だけにとどまらず、その場にいた全員が大声で囃し立てた。

「ケイン、お前やるな」

「さすが博愛主義者は違う」

 何故か皆、訳知り顔で感想めいたことを口にしている。

 僕は理解した。あの出来事は周知の事実とかしているらしい。こんな羽目になったのもーー。

「ギィ、お前か?」

 僕の睨み付ける顔を、奴はニヤニヤしながら見返してきた。全く忌々しい顔だ。

「ケイン、俺は隊長に報告したまでだぞ。あとは隊長ご自身が……」

 彼の言い訳めいた口調は、ランス隊長の大声でかき消される。

「気にするな、ケイン。職務に忠実なのはいいことだ。お前がリシェル殿に乗馬を熱心に勧めたのも、彼女の危機管理の甘さに気付いたからであって、下心あってのことじゃない。そうだ、我らは皆承知している。決してうら若き女性に密着したいがために、お前が彼女を乗馬に誘った訳ではないことをな」

 隊長は至極真面目に締めくくった。その顔付きといい、内容といい、面白がっているのが丸分かりだ。

 それから極めつけの一言も挟み込んでくる。

「しかしその割には、ただ相乗りをしていただけらしいが、勿論、俺はお前を信じている」

 僕は少しずつ顔が熱くなるのを感じた。

 まずい。目ざとい奴らに付け入る隙を与えてしまう。気を付けなければ。

 

 すべてはあの日だ。

 あの、殿下と共に乗馬に繰り出したあの日から、僕の体はおかしくなった。

 動悸は早くなるし、冷や汗のような嫌な汗をかく。顔は思わぬところで赤くなるし、思考は定まらない。とにかくこれらの体の変化に困り果てていた。

 正確に言えばある人物に対してだけ、このように反応してしまうのだが。その相手が問題だ。

 何故ならそれが、あの融通が利かなくて頭の固い、僕が一番苦手とする女性だったから……。

 

「お、おいっ。噂をすれば侍女長殿だぞ」

 

 にわかに周囲にいた騎士達が、慌てたように立ち上がる。それから酷く狼狽したように、滑稽なほど右往左往し始めた。

「おい、もの凄い顔をしてこちらに来るぞ。やばいんじゃないのか」

 隊長はその一言に掴んでいた肉を口に全部放り投げ、急いで焚き火の火を消した。そのまま睨みを効かせて、周りにいる男共に命じる。

「お前ら、俺は隊長ではないからな。断じて隊長ではない。いいか、俺はいないものと思え! 分かったな」

 僕は彼らの慌て振りを呆然として眺めていた。

 何が起こったんだ? どうして皆焦っているんだ。今確か、侍女長とかなんとか聞こえたような……。

 僕がまるで目が覚めたように全てを理解した時、大きな声で叫ぶ女性の声が聞こえてきた。

 

「いったいこれは何の騒ぎですの。この匂いは何かしら?」

 

 突然現れた女性は、額に皺を寄せると鼻を摘まんで顔の前を手で仰ぎながら、焚き火の側へとやって来た。

 そして僕達の顔を、厳しい目付きで一通り見回す。

 彼女は最後に、隊長の手元にあった兎の成れの果てに視線を向け、金切り声で悲鳴を上げた。

「まあ、なんてむごいことを! あなた方は城内で何をしているのですか」

 侍女長は大げさに喚くと、怯えたように黙り込んで下を向いている大の男を、悪戯をしでかした悪ガキを懲らしめるかのように見据える。

 気が付けば、僕らの口元は兎の血で汚れており、それに気付いた数人が、彼女の怒りを買う前に素早く腕で拭った。もう手遅れのような気もしたが、僕も一応落としておく。

「あ、じ……侍女殿。これは……」

 彼女の常軌を逸したような剣幕に恐れをなしたのか、隊長は目も合わさず下を向いていた。

 無理もない。今まで彼女に会ったことなどなかったらしいから、度肝を抜かれてしまったのだろう。だが誰でもこうなってしまうのだ。この女性の忠告とやらを、初めてその身に受けてみれば。

 

 侍女長は声をかけてきた隊長に、鋭い視線を投げ掛けた。

「あなたが、この恐ろしい酒宴の首謀者ですの? 見たところ」

 彼女の視線の先に、血で汚れたナイフを持つ隊長の手があった。

 深緑の瞳を険しく細め、侍女長は隊長に向かって足を進める。それだけで妙な迫力があった。

「い、いや俺は……、いや、わたしは……」

 それに対して返答も満足に返せず、彼は青い顔で俯き尻込みをしていた。いや、彼に限らず誰もが、一切の声をなくしてしまっていた。

 彼女と目を合わせる強者はこの場にはいやしないのだ。僕も含めて。

 それでなくとも我ら騎士は、侍女殿には時として及び腰になる習性がある。彼女達はか弱げに見えて、その実怖い存在だった。

 何故かって? そんなこと僕にも分からない。

 敢えて言ってみれば、僕ら男が、母親に弱いことと何か関係あるのかもしれない。自分を産んでくれた有難い存在を、蔑ろに出来る奴など一人もいないだろう。

 だから彼女達に等しく備わる母性の前では、何も言い返せなくなる訳だ、きっとな。

 その中でも我ら第三王女の護衛騎士にとって、エミリアナ殿下付き侍女長殿は、最も怖い存在だった。

 

「酒宴と言われたが、酒など飲んではいない。兎を仕留めたので、焚き火がてら皆で食していただけだ」

 

 彼女が隊長から視線を外し、言葉を発した僕の方を向いた。

「そう、やっぱり。こんな野蛮なことをした犯人はあなただったのね、ケイン様」

 な、僕が主犯になっているのか?

 隊長を見ると知らん顔を決め込み、あろうことか明後日の方角を向いている。

 隊長、あなたではないですか? 焚き火も兎の丸焼きも始めた人間は。

 仕方なく、僕は彼女に説明を続けることにした。他の人間は役に立たない。

「野蛮なことか? 仕留めた獲物を食べるのは普通であろう」

 彼女はグッと詰まったように黙る。それから勢いをつけて反撃を開始してきた。

「確かに人目につかないところでするのなら、何も問題ないでしょう。だけどここは駄目ですわ。いつ何時、誰が通るか分からないでしょう?」

 風が吹いてきて、リシェル・ブラネイアは肩をすぼめ辺りを見回した。

「とにかくその可哀想な命を早く弔って差し上げて、生きたまま火にくべるなんて残酷だわ。殿下がこんなあなた方を見られたら、また倒れられてしまう」

「い、生きたままではーー」

 僕は反論しようと立ち上がったが、それを無視して彼女は背中を見せる。

「待たれい、リシェル殿!」

 言い逃げをするつもりか? 僕は彼女を呼び止めてた。

 鬱陶しそうに、眉間を歪め彼女は振り向く。

「今は時間がないのです。殿下が散策中なので、ぐずぐずしているとお見えになってしまうわ。こちらに立ち寄られる前に覗いて正解でした。早く戻って、道を変えて頂かなくては」

「殿下が?」

 隊長が驚いて大声を出した。そして彼女の視線が戻る前に、再び頭を下げる。

「ええ、騎士の詰所をご覧になりたいと仰ったので、いきなりではお困りだと思い、わたしが先触れでその旨お伝えしに来たのですけど」

 慌てて焚き火を片付け出した僕らに、リシェル・ブラネイアは冷えた視線を寄越した。

「ですが、今日はもう結構ですわ。匂いがきついですし。殿下の教育上、相応しい状況とは言えませんから」

 今更ながら動き出した騎士達を、呆れた目線で眺めて首を振り、彼女は振り切るように去って行った。

 

 

 慌ただしく侍女長が立ち去ったあとは、僕らの中にしらけた空気が残された。

 

 気まずい余韻が漂う中を、誰からともなく片付けを再開する。

 楽しかった気分がすっかり消え去り、秋の気配を感じさせる枯れ始めた草木の色と相まって、何とも言えない物悲しさを与えていた。

 

「聞きしに勝る御仁だな」

 漸く顔を上げた隊長が、ため息を吐いて呟いた。

「おっかなくて俺は、侍女長殿の顔も見れなかったぞ。あんなに説教されたのはお袋以来だ」

 苦笑を漏らす隊長に、他の奴らも同様だったらしく、苦い笑い声が湧き起こった。

 隊長は憐れみのこもった瞳で、気の毒そうに僕を見つめてくる。

「ケインお前、彼女によっぽど恨みを買ってるな」

 その一言が胸に刺さった。

 そうだ、僕はどうしてこんなに目の敵にされているのだろう。

「ケインを嫌う女がいたとは……」

 しつこく隊長は続ける。

 やはり僕は嫌われているのか。そうではないかと思っていたが、それがこんなに精神にくるとは思わなかった。

 

「仕方ないですよ」

 ギィが相変わらずといった様子で、力の抜けた表情を見せ口を挟んできた。

「リシェル殿は真面目で堅い男が好きですからね。ケインとは正反対の」

 

「お前、どうしてそんなこと知っているんだ?」

 ランス隊長は怪訝な顔で彼を見た。

 僕も突然自信たっぷりに口を出してきたギィに驚いて、彼の緩く曲がった口元を見つめる。

 

「何故って、有名ですよ。彼女の恋人は近衛騎士のフェルナンド・ディッケンズだ。あのお堅い男が相手では、どんな男もこの木の葉のようにふわふわと浮わついて見えるでしょう」

 

 ギィは目の前に飛ばされてきた黄色く色付く落ち葉を、指先で楽しそうに弄びながら、にこやかに告げてきた。




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