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眠り姫とキス その1

番外編を本編の後に公開していましたが、新たにこちらの方に分けて公開することに致しました。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

 

この話は本編の続きになります。まだ、そんなに時は経っていませんので二人は結婚等しておりません。思いが通じあって、一番いい時の筈なのですが……?


 

「リシェル」

 

 急に背後から名前を呼ばれ、わたしは後ろを振り向いた。

 顔を上げた視線の先には、こちらを見つめる見慣れた笑顔がある。

 微笑を湛えた青年は、わたしが凭れるようにして座っている月桂樹の木陰の横に、凛々しい騎士姿で立っていた。

 

 わたしはチラッとケインに視線を投げ掛けると、すぐに顔を背ける。その態度は誰の目にも、きっと素っ気なく見える筈だ。

 だが褐色の目を細めて笑う彼は、気にしたふうもなく近付いて来た。

 

 最近のわたしは休憩時間になると、城の中庭にあるこの木の下で休息を取ることが多い。

 葉が沢山生い茂っているこの月桂樹の根元は、涼しい日陰を作り、その上良い匂いを放っていてなかなか快適な空間になっているのだ。

 

 まあ最初に、このとっておきの場所を見つけたのは、実はわたしではない人で…。そして、毎日ここで休憩を過ごすのも、その人物に会いたいからなんだけど…、でもこれは内緒だ。

 

 とにかくそんなことはどうでもいいのだが、この月桂樹の下はなかなかどうして侮れない、居心地の好い場所なのである。

 

 しかも時にはここで、主のエミリアナ王女のご好意で頂いたお菓子や飲み物の差し入れで、思わぬ豪華なお茶の時間を過ごすこともあるのだ。

 今日も王女はムッとした表情をしながらも、ビスケットとお茶を持たせてくれた。

 

「いいこと、リシェル。あなたのためじゃないのよ! ケインのためだからね、わかった?」

 

 などと可愛くないことを仰っていたけれど、それはわたしへの優しさの照れ隠しでしかない。

 

 

 つらつらとそんな色々なことを考えていると、ケインがにこやかな笑みを浮かべたまま、わたしの横に腰を降ろした。

 

 彼が近付くと、自然にわたしは緊張する。

 ケインの笑顔は、こちらをからかうようないつものあの笑い方で、余裕たっぷりにわたしを見つめていた。

 それも、その筈だ。

 この場所で以前から休憩を取っていたのはこの男で、わたしはあくまで途中から合流してきた侵入者に過ぎない。

「ここで何をしている?」

「何って…」

 余裕綽々の意地の悪い笑顔に対してわたしがすることと言えば、王女から持たされたバスケットをギュッと握り締めて口籠り、馬鹿みたいに顔を赤くするだけなのだ。

 彼の顔など、勿論見つめ返すことは出来ない。 

 ケインがすぐ横にいる。その距離感に、わたしはいまだに慣れていないらしい。

 

「当ててみせようか?」

 耳のすぐ側で彼の低い声が響いた。その瞬間、わたしの体がビクリと硬くなる。

「僕を待っていた、違うか?」

「ぎひゃあ!」

 彼がいきなり耳を舐めてきたので、わたしは奇声を上げてしまった。

 

「な、何するのよ!」

 

「ブーッ!」

 

 わたしが耳を押さえて横のケインを睨み付けると、彼は肩を振るわせて笑っていた。

「ぎひゃあ…て、リシェル…、ぎ…ひゃ…て」

 ケインは笑いの虫に捕まったみたいだ。お腹を抱えて苦しそうに顔を歪めている。

 ちょっと、酷いじゃないの!それが愛しの婚約者に対する態度なの?

 わたしは顔がカッと熱くなった。きっと怒りのために赤くなっているに違いない。

 

「ケイン様! いい加減にして下さいませ。いつもいつも…。わたしだって傷付きますわ!」

 

 わたしが拗ねたように立ち上がると彼はピタリと笑うのを止めた。

「悪かった」

 それから、片手でわたしの手を掴まえて力一杯自分の方へと引っ張る。

 呆気なく彼の腕の中に、からめ取られてしまう体。

「何を…?」

「許してくれ」

 背後のケインに目を向けると、彼は下を向いていて表情が見えない。

「…反省、しているの?」

「ああ…」

 落ち込んでいる彼なんて珍しい。わたしの一言にそんな威力があるなんて信じられないけど、でも…。

「仕方ないわね」

 何だか、気分がいい。

 わたしはニヤけてきそうな顔を必死で取り繕いながら、彼を見つめた。

 

 ケインが顔を上げた。

「許してくれるのか?」

「ええ…」

 暫くすると、彼の瞳が再び輝き始めていく。それは悪戯を思い付いた子供のような顔だ。

 あれ、何だか嫌な予感がするわ?

「では」

 それから、ケインはわたしを掴まえている腕に力を込めて強く抱き締めると、おもむろに顔を近付けてきた。

「ちょっ、ちょっと、何するの…?」

「味見」

 彼は目を薄く閉じながらどんどん迫ってくる。

「君から甘い香りがする。美味しそうだ」

「そ、それは、これよ! このバスケット! この中にお菓子が、だからーーー」

「リシェル」

 ケインの指がわたしの顎を取ると、強引に彼の方に上向かせた。そして彼は掠れた声で囁く。

「黙って」

 いつの間にか、二人の唇が触れそうなほどに近い。

「あっ…」

「静かにして…」

 わたしも彼に促されるように目を閉じた。

 

 もうすぐ、彼の唇がわたしの唇に柔らかく押し当てられて…………来ないんだけど? いつまで待っても。

 

 

「ケイン様」

 

 その時、誰かの彼を呼ぶ声がした。

 

「ケイン様ってば!」

 

 な、だ…、誰?

 

「ケイン様、無視しないで下さい!」

 

 遂に大きな声がすぐ側で聞こえてきて、ケインの苛立ったような声が返事を返す。

「チッ! いったい何だ? お前、こんなところを邪魔をする奴がいるか?」


 わたしが慌てて目を開けると、ケインが頭を抱えてぼやいているのが視界に入ってきた。

 しかし、彼を呼んだと思われる声も応戦する。

「その件については、大変申し訳ございません。ですがランス隊長よりすぐにお連れするよう申し付けられまして…それに、僕言いましたよね? ご命令を受けているのだから今日は休憩は後にして下さいねと。それなのに、僕がちょっと目を離したら消えてるなんて…、全てはあなたが悪いのですよ」

「あのな…、お前の言うことなど一々聞いていられるか? 剣の扱いも未熟なくせに口ばかり達者なクソガキ風情が」

 ケインはいつの間にかわたしから手を離して、すぐ側にいる人影に険しい顔を向け文句のようなものを言っている。

 気が付けば、わたしは彼の体の中にすっぽりと入り込んでいるのに、まるで放っとかれている状態だった。

 

 ちょっとケイン様…、わたしは男の人に望まれもしないのに、にじり寄って行く変態サンではないのよ? 知らん顔で手を離してわたしの存在を無視しないでくれるかしら。あなたのキスを、目を閉じて待っていたわたしが馬鹿みたいじゃないの。

 

 だがそんな抗議など、当たり前だが口に出せる訳もなく…。

 

「ケイン様、剣のことは今は関係ないでしょう? それにクソガキは酷いです」

 

 再び聞こえてきた声にびっくりして、そちらへ顔を向ける。

 そうだったわ、誰かの声がすぐ近くで…。

 え? て、ことは今のこっ恥ずかしい場面を赤の他人に見られたってこと? ちょっと、冗談でしょう…?

 わたしの目にケインの背後に立つ二本の足が見えた。

「お取り込みのところ、申し訳ございませんでした。エミリアナ殿下の侍女長様」

 そう言って声の主は、赤い顔で呆然としているわたしを見下ろして頭を下げた。

 

 誰よ、あなた? 初めて見る顔だわ。

 

「お初にお目にかかります。この度、ケイン・アナベル様の従騎士に任ぜられ着任致しました、ジャン・ルソーと申します。どうぞよろしくお願いします」

 ジャンと名乗った少年がニコリと人懐こい笑顔を見せる。

「僕は任じてなどいない。お前が勝手に押し掛けて来たんだろうが」

 ケインが眉間に皺を寄せて、ブスッとして口を挟んだ。

 

 わたし達の甘い口付けを邪魔してくれた人物は、あどけない顔をした鎧姿も初々しいケインの押し掛け従騎士だったのである。




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