手合わせ(参)
近衛兵達と共に浴場で旅の汗を流し、小ざっぱりした成りで、食堂に向かった。
レイア姫、護衛兼侍女のメアリー、マーガレット団長、グレイブ副団長達は、既に来場済み。
「近衛兵の諸君、今宵の主賓、旅の途中で私達を救って下さった、玉殿のお出ましですよ。 拍手で迎えましょう。」
皆、入口に向かい一斉に拍手。
(さすがに、照れるな。)
照れながらも、手を振って皆に応える玉。
「直に宗主夫妻と宰相達もお見えに成ります。 顔を出すだけで長居はしません。 ご安心を。」
レイア姫が付け加える。
(んっ! 東方民族の礼装か。 ドレスに軍服、何を召しても様に成る。 美人で容姿端麗、持っている人は、違うな。)
東方異民族の礼装を着熟すレイア姫に感心する玉にメイド姿のメアリーが釘を刺した。
「玉殿、姫ばかりに目を囚われてはいけませんよ。 主賓ですから、皆様への気配りを忘れずに。」
(目は口程に物を言う、か。 まだまだ修業が足りぬな。 平民風情が姫様に邪な視線を送るな、分を弁えろと言う事かな。 早々と退散したいな。)
「宗主殿のご来場です。 皆様、拍手を。」
レイア姫の呼び掛けで、拍手の中、入場する宗主夫妻、宰相、副宰相、宗主国賢者。
「皆の者、既に述べていると思うが、再度、命の恩人、玉殿に感謝の言葉を! 玉殿、ありがとう。 そして、この場を設けてくれた近衛兵団、美味しい料理を作ってくれた厨房の方々、皆にも感謝する。 料理が冷めない内に始めよう、感謝の宴の始まりだ。」
宗主の始まり宣言により、賑やかに楽しく宴が始まった。
会場中央の一団に居た玉の所に宗主夫妻、宰相、賢者達が足を運んだ。
「薬草採りの玉が宗主様に申します。 本日は盛大な宴を催して頂き感謝致します。」
謝意を述べる玉に対し、宗主が、答える。
「玉殿、今宵は、堅苦しい挨拶は抜きで、楽しんで欲しい。 出来れば、姫や近衛兵団と打ち解けてくれれば嬉しい。」
「はっ、では改めます。 宗主様の仰る通りに。」
玉が答えると、宗主が玉の耳元に顔を寄せた。
「都合が良ければの話だが、明朝、八の刻に儂の執務室に来れぬか。」
(明朝、発とうと考えて居たが、これは断れないな。)
「分かりました。 明朝八の刻に伺います。」
「そなたの部屋までジェロームを向かわせる。 では、明朝。」
宗主が、するすると上座に躍り出て、
「皆の者、これで暇するが、飲み過ぎは禁物だぞ。 明日の仕事に差し支えぬようにな。」
暇の言を述べ、退出する。
円卓を彩る様々な料理の内、たっぷり擦り卸し玉ねぎの入った、甘酸っぱいソースが掛かったロースト鳥腿肉と川マスの香草焼きに魂を奪われそうに成っている玉に、団長が葡萄酒を勧めた。
「美味いだろう。 ボロ鳥。 本当はボロボロバードと言う小型で弱い魔物の平飼いにこの国は成功している。 肉、卵共に美味でな、これの軟骨塩焼きや、手羽なども美味だぞ。 この葡萄酒と共に食すと、飲み込んだ後に思わず息を漏らしてしまう。」
後ろで、副団長がふんふんと頷いている。
葡萄酒のグラスを受け取り、賞味する。
(流石、宗主国の首都だな。 国内の優良物は、全て集積されているのだろう。 噂通り、明君を頂く国だ。 しかし、近衛兵団の力が弱いな 軍事面の情報を仕入れて置くか。)
「美味です。 葡萄の旨味と濃くがしっかり有るのに、諄くない。 料理にも使えるな。 ボロ鳥の平飼い、現場を見たいですね。」
一瞬、レイア姫の細い糸の様な眼が波打ち、開いた様に見えたのは、玉の錯覚だったか。レイア姫が嬉し気に誘い問うた。
「玉殿の都合が宜しければ、滞在期間を延ばしてこの都や周囲を案内しますよ。 泊まる所は、兵舎でも王宮でもどちらでも構いません。 如何でしょうか。」
「レイア姫、お勧め有難う御座います。 宗主殿の許可を頂ければ、 お世話に成ります。 宗主国内、見分を広めたい所がたくさん有ります。 宜しく願います。」
副団長が重ねて来た。
「そうだった。 嫁捜しも兼ねているんだったね。」
周囲の女性が皆、一瞬固まり、玉へ視線を向けた後、直ぐに戻した。
最初に近付いて来たのは、近衛兵団第一隊長のマレルだ。 マーガレット団長と同等の体格で、紅毛碧眼の美女である。 副団長を見遣り、紹介を催促した。
「玉殿、第一隊長のマレルです。 北部国境沿いのピレ出身、特技は剣。 団長に次ぐ遣い手だ。」
副団長の紹介に続いてマレルが挨拶する。
「玉殿、初めまして、マレルです。 此度は同輩を救って頂き感謝します。 併せて優れた武技を見せて頂き重ねて感謝致します。」
玉の目線をしっかり捉え、真正面から挨拶するマリスに心地良さを覚える玉の後ろで、ばつが悪そうに、俯く団長と副団長、いつの間にかイー爺まで居る。
「俺と遣った後の剣術も弓術も組手も見たが、あれ程の武技は久し振りに見た。 手を合わせて初めて、その強さ、凄さが分かる。 只の薬草採りでは無いね・・・、」
イー爺が先程の手合わせを振り返り、語り始める。 最後に行われた組手に付いて。
練兵場に戻った一行が向かった所では、四十人程が鍛錬していた。 マーガレット団長が挨拶したのは、東方に由来する異民族の指導役の小柄な老人だった。 挨拶を交わした後、二人して此方へやって来た。
「レイア王女殿下、お久し振りです。 親善会議出席の段、お疲れ様でした。 帰路での襲撃事件、耳にしましたが怪我が無く何よりです。」
「劉老師、お久し振りです。 ご心配を掛けましたが、此方に控えている薬草採りの玉殿が助けて下さり、最小限の被害で済んだと思って居ります。」
「初めまして玉殿。 殿下始め近衛兵団を救って頂き感謝します。」
「薬草採りの玉が申します。 劉殿、たまたま通り掛かっただけです。 微力ですが、お役に立ち何よりです。」
「ご謙遜を。 本日は、練兵体験で、組手でしたな。 丁度良い事に、もさもさっとした猛者が来て居りましてな。 今呼びますから、・・・、ソイド、第三隊長のソイドは居るか。」
「はっ、老師、ここに。」
もさもさ・・・、団長より、頭一つ大きい精悍な獣人、熊族の騎士が前に出で畏まる。
「ご苦労、今から実戦同様に鎧を付け、こちらの玉殿と手合わせを遣りなさい。 三本勝負でな。」
「老師、了解しました。」
「玉殿、と言う訳で、どうぞ支度の程を。 マレル、鎧を見繕って差し上げなさい。」
「老師、了解しました。」
一本目
ソイド、玉、両者共に右半身に構え、右手甲を併せる。
立ち合いは、劉老師。
右半身から左足を踏み込み、玉の右脇腹へ左正拳を放つソイド。 右半身のまま両手で受けると共に、吸い込んだソイドの勢いを半歩前へ出した左足から地へ半分逃がし、残りの半分の勢いを左回転方向への流れに変え、ソイドの左手と首に手を添えたまま組み伏せ、首への手刀。
「組み伏せ、頸部への右手刀有り、玉。」
二本目。
右手甲合わせから、今度は玉が腕を擦り合わせ乍ら、ソイドの右側へ沈み込んだ瞬間に踏み込み、左肘を右脇腹へ打ち込んだ。 当たった瞬間、何かが爆発したかの様な衝撃でソイドの巨体が吹き飛んだ。
「右脇腹への肘打ち有り、玉。」
三本目。
右手甲合わせから、玉がふうっと息を吐いた瞬間にソイドの正面に立ち、右掌を鳩尾上部に当て再度軽く息を吐いた。 少し間を置いてから、ソイドが膝から崩れ落ちた。
「マレル、急いで手提げ箱と水を持って来なさい。」
「老師、了解しました。」
老師と玉が急いで鎧を外し、上衣を脱がす。 箱から膏薬を取り出し、油紙に塗り、当て布を被せ包帯を巻く。 その間、玉が杯の水を微温湯に変え、頓服薬を混ぜる。
「老師、頓服薬です。 願います。」
「流石、手際が良いな。 ソイド、くたばる程では無いぞ。 これを飲んで、三、四日は大人しくしておれ。 誰か、ニ、三人で大型の搬送台車を持って参れ。」
小柄な老師が、軽々とソイドを抱き上げ台車に乗せる姿を見た兵士達の瞳に、驚嘆と尊敬の念が浮かんだのは当然だった。
「劉老師、玉殿が使われた技と言うか極意は私が学んだ武と同じ系統なのですか。」
驚きつつ、レイア姫が劉老師に尋ねた。
「恐らく同じだね。 我が一族が遣う武と同じだ。 まさか、この国で、化勁、明頸、暗頸をこうも見事に使い熟す人物に出会うとは、思わなかった。 長生きはするものだ。」
「胸部に右掌当て有り、玉。」
「玉殿、後日、時間の余裕が有れば、貴殿の武の来歴をお聞かせ願えないか。」
「劉老師、願っても無い事です。 老師の武に纏わる話も伺いたく思います。」
「では、来歴に付いては後日。 ・・・、さて、本日の手合わせはこれにて終了で宜しいですかな、マーガレット団長。」
「劉老師始め指導役の方々のご協力に感謝します。 玉殿、この位で宜しいでしょうか。」
「団長殿、練兵中時間を割いて下さった兵士の方々、指導役の方々、ありがとうございます。」
イー爺の語りが終わり、皆の視線が玉に集まる。




