スラム街
首都北門から西側に少し進んだ都壁沿いに伸びるスラム街。
どこの国にも必ずと言っていい程存在する、貧民・難民の街。
昔は東西南北、首都を囲む様にスラムのテント街が有ったが、景観上・保安上の観点から、北門西側に集約された。 広大なスラム街になっている。
玉が入口に達すると、何かが視界を掠めた。 正体の分からぬ液体が都壁歩廊からスラムテント目掛けて落ちている。
瞬間、玉の念が飛んだ。
(元へ戻れ!)
都壁歩廊に居た衛兵二人組の片割れが持って居たカップに戻った。
「おい、先程捨てた筈のワインが戻って来たぞ。 ・・・、魔法使いの仕業だな。」
「舐められるのも、癪だな。」
相方が、足元に転がる拳大の石片を拾い、下に投げつけた。
(元へ戻れ!)
再び玉が念ずる。
同時にスラム街全体を覆う様に、対物理結界と魔法無効化結界を張った。
石が衛兵に向かって飛んで行き、下顎に当たった。 気を失った相方を抱え、詰所に戻った片割れが、仲間を引き連れてスラム入口にやって来た。
玉は、入口で待って居た。
「スラム街の住人に告ぐ。 直ちに魔法使いを差し出せ。 都を守る兵に盾突く魔法使いだ。」
ワインを捨てた衛兵が怒鳴る。
「そんなに怒鳴らなくても良い。 魔法使いでは無いが、此処に居るぞ。 俺の名前を憶えて置け、薬草採りの玉だ。 お前らの用件を言え。 聞いてやる。」
「貴様、俺達に盾突く気だな。 俺達に逆らうという事は、国に逆らう事だぞ。」
「国だか何だか知らんが、どっちが悪くて、危ない事をしたのかな。」
「逆らう者は、この場で切り捨てる。」
「ほう、闘るのだね。 後悔するなよ。」
「何おう!」
体格の良い五人の兵士が玉を取り囲み、ワインの兵士が切り掛かる。
甲冑ごと両腕を切り落とす玉。
すかさず、他の四人の手足を切り落とし、腹部を貫き、死に至らない程度の重傷を負わせる。
失血性ショックと痛みでのたうち回る五人の兵士。
(ハイヒール!)
光が舞い降り、欠損・負傷部位は修復され、痛みも治まった。
血で汚れた地面も綺麗に戻り、何事も無かったかの様だ。
呆然とする兵士達。
だが、切られた時の痛みは、脳に記憶されたまま消え去りはしなかった。
玉が残したのだ。
「さあ、傷も治った事だし、二回戦と行こうか。」
構える玉に対し、残された痛みの記憶が恐怖に変わった兵士たちは慄き、後退るばかり。
「どうした、来ないのか? 終わりか?
先程の一件は、どちらが悪いのか明白だと思うが、詫びの一つでも入れるのなら水に流すぞ。
どうする。」
隊長らしき兵士が進み出て謝罪した。
「適う相手では無いのが良く分かった。 上の歩廊から物を投げ捨てた自分達が悪かった。 申し訳無かった。」
「謝罪を受け入れよう。 詰所に戻ったら他の兵士にも言っておけ。 都壁歩廊から下には物を投げ捨てるな! とな。 分かったなら、行け。」
入口付近にスラムの住人が集まっている。
五十歳くらいの男が一人進み出て玉に伝えた。
「スラム住人のサンザと申します。 あっと言う間の出来事。 すぐにスラム中に伝わるでしょう。 薬草採りの玉殿、取り纏めの長老達が待って居ります。 ご足労願えますかな。」
「ちょっと待って下さい。 念の為、策を施して置きますので。」
(クレア王国の大賢者よ。 聞こえますか。 “真の森”薬草採りの玉と申します。突然の念話で、申し訳有りません。)
自宅にて書物に目を通していた賢者ネルソンの意識に何かが触れる感覚がした。
感じたものを噛み砕き、ゆっくり飲み干す様に、落ち着いて対応した。
(“真の森”薬草採りの玉殿。 私に念話が出来るのか分かりませんが、取敢えず念じます。)
(ネルソン殿、伝念しております。 ご対応有難う御座います。)
(して、ご用件の程は。)
(実は、貴国の首都北門を入ろうとした際、衛兵が都壁下のスラム街へ、歩廊からワインや石片を投げ落とす現場に遭遇したので諫めた所、揉め事になり、結果、兵側に非が有る事を認め・謝罪を貰ったのですが、住民への報復が懸念されます。 賢者殿から釘を刺して頂ければ幸いと思い、念話しました。)
(玉殿、スラム街住人と言へども、国に住む民の内。 係る揉め事の連絡と住民を案じての願い、聞き入れました。 早急に手を廻します。 玉殿、もし、宜しければ直接お会いして話がしたいものです。 今から都に入られるのならば拙宅にも立ち寄り下さい。 お待ちして居ります。)
(ネルソン殿、丁寧な対応、感謝します。 スラム住民への本事例の説明・注意事項・周知が済み次第、伺います。その節は宜しく願います。)
(玉殿、了解しました。)
すぐさま近衛兵軍首都警備隊長宛に書状を認め、執事に持たせた。
サンザと共にスラム街中央に位置する、一際大きなテントに入る。
(他国のスラム街に比べ街並みが大きいな。 それに、整然としている。 喧騒の中に、目に見えぬ規律らしきものを根底に感じる。 統治している長老達の背筋がピンと伸びている様だな。)
テント入口で、サンザが番人と目礼を交わし、玉同伴で入幕する。 中では、獣人族・龍人族・魔人族・人族の長老四人が円卓を囲んで居た。
「薬草採りの玉殿をご案内致しました。」
三十人位入れるテントを三つ付け合わせたような造りをしている。
「薬草採りの玉殿、ご足労頂き感謝する。獣人族長老のゴルガです。」
「龍人族のロンレンです。」
「魔人族のディスティよ。」
「人族のスナフです。」
四人を見渡し、応答する。
「“真の森”薬草採りの玉です。 大陸共通語でつうじますか。」
「“真の森”の方ですか。 これは、これは。 共通語、勿論大丈夫です。」
ロンレンが感心すると他の三人も頷いた。
「先程の揉め事、速やかに解決して頂きスラム街住民一同、感謝致します。 スラム全体に結界を張ったようなので、皆で感激したところです。 ところで玉殿、キルレオ王国へは、目的が有って参られたのですか?」
ロンレンの問いに、恥ずかしそうに玉が答えた。
「実は、嫁捜しの旅なのですよ。 里のお袋様に、「孫の顔が見たい。 嫁が見付かるまでは帰って来るな!」と、言われまして。」
スナフが微笑ましそうに入った。
「何処の母親も同じですね。 生きている内に、見せて御上げなさいな。 親孝行ですよ、それも。」
「こればかりは、相手も有る事で、中々思う様には行かなくて、・・・。」
照れる玉の様子に、長老達が笑う。
「暫くこの国に留まるのなら、これを機会に何時でも遊びに来て下さい、玉殿。」
「はい、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。 この国の賢者ネルソン殿にスラム街に手を出さぬ様、近衛軍首都警備隊に釘を刺して欲しいと願い出たので、暫くは結界と併せて安全かと思います。 結界に関して、住民の出入りに支障は有りません。 兵士その他の者が悪意を持って押し入ろうとした場合には、阻んでくれます。 ご安心を。 この後、ネルソン殿にお礼を述べに参りますので、今日はこの辺で失礼します。 ご挨拶が出来て良かったです。」




