善は急げ
早朝、三の刻。 練兵場にちらほらと人影が見える。
玉も空いている場所を見付けて其処へ向かう。
マーガレット団長もいた。
玉に気付いた団長に目礼。 団長も目礼で返す。
躰を弛緩させ、呼吸に因って気を巡らせる。
ゆっくりと、両手を丹田に当て、呼吸を重ねる。
ゆっくりと、脚を交互に進め、交互に退がる。 回数を重ねる。
ゆっくりと、半身を左右に変えながら進み、退がる。 回数を重ねる。
全身に気が巡った頃合いに、腰帯に差していた刀を抜く。
練兵場に玉が入った時から、それと無く様子を伺っていた兵士達の視線が、玉の刀に注がれた。
玉の里に伝わる古刀。
遠い昔、東の大陸からやって来た武人が里に住み着き、息を引き取る際に当時のお袋様に世話に成っ
た感謝の印にとの形見だった。
剣術の稽古を始め、そこそこ振れる様に成ったのを見たお袋様が玉に授けた業物だ。
長さ八十セテロ(cm)、少し反りのある“太刀”と呼ばれる古刀だ。
刀身の先端四分の一、二十セテロ(cm)程が諸刃に、残りが片刃になっており、刀身が厚い。
高密度な材質と刀身の厚みで、その重さは二キロゲルム(Kg)になる。
鞘ごと左腰前方へ引き出し、右手を柄に掛け、鞘を腰に戻すと同時に左腰を拡げる。
その握りは、掴む事無く、柔らかく。 太刀を振ればすっぽ抜ける程の柔らかさで。
右半身正眼の構えから、左右の正面打ち。 前へ進み乍ら五本、退がり乍ら五本。
ゆっくり、少しずつ速める。
周りの兵士達の目が次第に追えなくなった。
それから、少しずつ緩めてゆっくりと。
正面打ちに続き、袈裟打ち・袈裟受け、突きを左右、前後、緩くから徐々に迅く、そして緩く。
目の前に倒れた敵が居るが如く、残心、油断する事無く、再び向かって来ても直ぐに戦える気を持
ち続け、柄を握った左手で刀身を迎えに行く。
鯉口に峰を当て、左腰を開き、再び柄を前に出し乍ら剣先を納める。
調息の後、杖を出す。
両端を握り、徐々に体を解す。
左右の袈裟構えから、左右の上段・中段・下段突きを前後に繰り返す。
正面打ち、袈裟打ち、八双からの打ちを、前脚、止め脚、後ろ脚で。 袈裟構えからの型を何通りか繰り返し、杖を納める。
再度息を調え、丹田に気を集め、体を弛緩させる。 一刻半余り、日課の稽古を済ませる玉。
※ ※
汗を流し、兵舎の食堂で朝食を済ませた玉が自室へ戻ると、程なく宰相ジェロームが迎えに来た。
“トン、トン”ノックの音。
「はいっ、どうぞお入り下さい。」
玉が応える。
「お早うございます、玉殿。 此度は我が宗主の願いを聞き入れて下さり有難うございます。」
閉扉後、ジェロームが丁寧に挨拶をする。
「お急ぎの様ですから、少し早いですが参りましょうか、宰相殿。」
擦れ違う者がおらぬ早朝の廊下に二人の足音だけが響く。
程無く執務室前に二人立つ。
“コン、コン、ココン、コン。”
(成程、符牒なのか。)感心する玉。
「入ってくれ。」
窓を背に執務机に座る宗主が待ち侘びていた。
どうやら一人だけの様子だ。
「朝早くから済まんね。 この時間帯が一番頭が冴えているので、大事な事は常日頃朝に済ませる習慣にしている。 二人共、座ってくれ。 敬語抜きで進めよう。」
「「了解しました。」」
玉と宰相が口を揃える。
着座するや否や、宗主が問うた。
「玉殿、単刀直入に二点尋ねる。 一点目、玉殿が実感した近衛兵の実力の評価、二点目、同じく感じた我が国の現況、過去と比較した現況、他国と比較した現況。 忌憚なく伺いたい。」
「了解しました。 一点目、弱いです。 物凄く頼り無い。 あれでは、宗室の護衛は無理でしょう。 二点目、先々代宗主の時代に比べて国力が衰えた、との情報を多々耳にします。 その通りだと思います。 現状、軍事力の脆弱さ、魔法軍、他民族を欠いた人族のみに依存している脆弱さ。 この先、他国、他大陸の大きな変化に起因する大きな波に呑み込まれ、消滅しそうな感があります。」
「やはり、そう思われるわな。 ・・・、帝国の新しい波に寄り添うか、キルレオ王国と共闘して抗うか、悩む所でな。 国内執政部に絡む閣僚の中にも、帝国寄りの者、王国寄りの者、他国の流れが全く見えず自分達の利権目当てに勢力争いに走る者、と纏まらない状況なのだ。 今回のレイア襲撃事件を考慮すると、宗室の人間に手を出す様な強硬策に再び打って出る事も十分に考えられる。 ・・・・、そこで玉殿に願いがある。」
「イヤです。」
玉、即答!(他国の勢力争いに巻き込まれるのは、勘弁して欲しいな。)
「まあまあ、話だけでも聞いてくれないか。」
粘る宗主。
「絶対にイヤです。」
断固、拒否する玉。
「まあまあ、玉殿はこの国を出た後は、隣のキルレオ王国へ向かうのだろう。」
構わず続ける宗主。
「その予定ですが。」
「序にレイアをキルレオ王国のクレア女王陛下の所まで送り届けて欲しいのだ。 わが妻ライアとクレアは姉妹でな、私の長女も含めて大変可愛がって貰った。 暫く王国で無事に過ごして欲しいのだ。」
「そう言う事でしたら、了解です。 善は急げと言いますから、本日の十五の刻に出発するので、急いで支度の程を願います。」
了承の旨と午後の出立を聞いて、宗主と宰相が慌てる。
「護衛の人選・編成、馬車・荷駄等の準備が間に合わない、少し待ってくれないか。」
「近衛は、当てにならないので、私一人で直接送り届けます。 指定時刻に練兵場を空けて置いて下さい。 宗主の希望は受け入れたので、此方の希望も受け入れて下さい。連れて行くのは、レイア姫とメアリー殿の二名、最小限の着替えと身の回りの物を各々鞄二つまでに纏めて準備すること。 装いは、軍礼服で願います。 以上。」
「迅速な立案、決断、実行。 これなら迷いも、情報の洩れも少ない。 ジェローム、我が娘とお前の娘の運命を玉殿に託そうではないか。」
「宗主、・・・、了解しました。」
(んっ、レイアは宗主の娘、そうかメアリーは宰相の娘だったか。 いや、でも送り届けるだけの事、運命を託すとか、何か変だぞ。
謁見後、兵舎の自室へ戻る玉。 寝台へ腰掛け、念を飛ばす。
(グリ、聞こえるか。)
(主、聞こえる。)
(今、何処に居る?)
(お袋様の用事を終えて、一の山の南側を飛んでいる。)
(本日午後、十四の刻までに、宗主国首都クリスの王城内練兵場に来てくれ。 上空俯瞰を今から送る。)
(主、届いた。 確認出来た。 指定時刻迄に到着の旨、了解。)




