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薔薇色に愛を込めて

作者: 藤浪保

「でね、最後に白薔薇を差し出して告白するんだけど、その花言葉が『私はあなたにふさわしい』なの! 最高じゃない!?」

「ふーん……」


 私、田代(たしろ)美咲(みさき)がハマっていた乙女ゲームのラストについてテンション高く力説するも、御厨(みくりや)俊介(しゅんすけ)の反応はいまいちだった。


 そりゃそうだよね。乙女ゲームとか全然興味ないもんね……。やってもいないのに聞かされたってねー……。


 作戦失敗だ、と落ち込んで、皿の上のバゲットサンドにかぶりついた。


 これを食べ終えたら解散になってしまうから、ゆっくりゆっくり大事に食べていた。だけど俊介はもうとっくに食べ終えてしまっていて、これ以上は引っ張れそうにない。


 休日に一緒に映画を見て、おしゃれなカフェのテラス席でランチを食べている私たちは、はた目には恋人同士に見えるんだろう。でも実際には、「もう少し一緒にいたい」の一言が言える仲ではないのだ。


 学生時代からの友人である俊介とは、当時からこうして時々映画を観に行く仲だった。お互い就職して社会人になってからも、その関係は続いている。


 月に一回、午前中に映画を観て、昼食を食べて、解散。その後どこかに行くこともないし、別の日に飲みに行ったりすることもない。ただ映画を観るだけ。


 学生時代は自然と講義で会ったりしていたけれど、それが無くなってしばらくして気づいた。私が俊介に会うのを心待ちにしているということに。


 それから三年、私は片想いを続けている。


 告白しないのは、もちろんこの関係を壊したくないからだ。俊介が私に恋愛感情がないのは見ていればわかる。


 これで彼女の一人でもできていればすっぱり諦めもつくのだけれど、そもそも恋愛自体に興味がなさそうだ。映画もアクションやSFばっかりだし。


 そして私は諦めるために、どうにか恋愛に興味を持ってくれないかなーと、こんな話題を出してみたのだけれど、見事に撃沈した。


「……ちょっと出てくる。ここにいて」

「え? うん」


 スマホを見ていた俊介が、突然立ち上がった。


 鞄を椅子に置いたまま、店員さんに一言声をかけて店を出ていく。


 何か急用でもできたんだろうか。聞かれてはまずい電話をするとか? 仕事? でもそれなら、電話してくるって言うよね?


 もぐもぐと食べながら待つ。あ、このエビぷりっとしてて美味しい。


 しばらくして戻ってきた俊介は――。


「はい」


 私に一輪の薔薇を差し出した。


「え?」

「あげる」

「私に?」

「うん」


 突然のことに戸惑う。


「ありがとう」


 私は薔薇を受け取った。


 俊介から初めて花をもらった。というか、何かをもらったのが初めてだった。誕生日とか、クリスマスとか、そういうイベントごとも特になかったから。


 嬉しい。


 けど――。


 色が、黄色だ。


 黄色の薔薇の花言葉は「友情」。


 私が薔薇を受け取って、俊介はにこにこと嬉しそうにしている。


 釘を刺されたんだろうか。私の気持ちがバレていて、友人以上になるつもりはないのだと。


 いや、きっと俊介のことだから、花言葉の話を聞いて、スマホで調べて、「友情」が私たちにぴったりだと思って、ただそれだけのつもりで買ってきたんだ。私の気持ちに気づくとか、釘を刺すとか、そういう機微はないだろう。


 純粋に本心から「友情」を送られてしまった。


 やんわりと断られるよりも、ずっとしんどい。


「じゃあ、そろそろ解散かな」

「あ、うん」


 私が食べ終わったのを見て、俊介が伝票を手にして立ち上がった。


 おごってくれるわけじゃない。いつもちゃんと割り勘だ。


 薔薇の分、私が多く払うべきだよね、と思って少し多めに出したら、きっちり返されてしまった。薔薇って結構高くなかったっけ。


「次は来週どう?」

「え、早いね」


 いつも月に一度なのに。


「予告でやってた宇宙のやつ、始まるから」

「ああうん、わかった。私も観たい」


 なんにせよ、次の約束が早まるのは嬉しい。


 友人でしかないのだと現実を突きつけられてしまっても、やっぱり私は俊介が好きで、会いたいのだ。




 * * * * *



 最初に黄色い薔薇をもらったあの日から、私たちはほとんど毎週末会うようになった。


 そこまで観たいわけじゃない映画もあったけど、もちろん付き合った。俊介に会えるならそれだけでいい。それに、予告編や前評判が微妙でも、面白かった映画も割とあった。


 そして、なぜか俊介は毎回、私に薔薇を差し出してきた。


 食べ終わった後、解散する前に、その辺の花屋で買って渡してくる。だから毎回私は薔薇を一輪持って電車に乗っている。最初は少し恥ずかしかったけど、もう慣れた。


 いつも薔薇の色は黄色だ。


「ちょっと出てくる。ここにいて」

「え? あ、うん」


 最初に薔薇をもらったあのカフェで、あの時と同じように、俊介は店を出て行った。


 薔薇を買いに行ったのだとはわかったけど、どうして途中で出て行ったんだろう。いつもは会計をしてから買いに行くのに。


 不思議に思いながらも、私はあの時と同じエビアボカドサンドを食べながら待っていた。


 しばらくして戻ってきた俊介が、薔薇を差し出す。


「はい」

「ありがとう」


 私はいつものように受け取った。黄色い薔薇だ。


「それ、九十九本目なんだ」

「え、もうそんなに?」


 ほぼ毎週会っていたから、あれから丸二年ということになるのか。


「黄色い薔薇の花言葉って、知ってる?」

「友情でしょ?」


 私が即答すると、俊介は眉を寄せた。


「そっちじゃなくて」

「嫉妬?」

「それも違う」

「えーっと、平和?」


 二年前に調べたことだから、記憶が曖昧だ。でも、友情で平和はわかるけど、嫉妬で平和は意味が分からない、と思った気がするから、合っていると思う。


「違う」

「えぇー……」

「わからないなら、調べて」


 俊介が、テーブルの上の私のスマホを指差す。


 仕方なく、私は薔薇の花言葉を検索した。


「黄色い薔薇の花言葉は、『友情、嫉妬、平和――』」


 表示された言葉を読み上げていた私の言葉が詰まった。


 視線をスマホの画面から俊介に移すと、俊介が口を開いた。


「『愛の告白』」


 どくん、と心臓がはねた。


「九十九本の薔薇の花の意味は?」

「え?」


 本数に意味があるなんて知らない。


「調べて」


 震える手で、検索サイトに入力する。


「九十九本の薔薇の花の意味は――ず、ずっと……」

「『ずっと好きだった』」

「嘘でしょう?」


 私は半分泣きそうになりながら笑った。


「嘘じゃない」

「だってこんな、二年もかけて……馬鹿じゃないの?」

「だって美咲、俺のこと何とも思ってなかっただろ。ずっと黙ってるつもりだったけど、九十九本渡し終えるまでに美咲に彼氏ができなかったら、告白しようって願掛けだったんだよ」

「だからって、二年もかける?」


 会う頻度がもっと低かったら、さらに何年もかかっただろう。月一ペースだったら八年かかる。


「その前に五年かかってるから、七年越しだな」

「七年って……学生の時からじゃない」


 私よりも長い。


「だから二年なんて大したことなかったんだよ。それで、返事は?」


 断るなんて選択肢、初めからない。


「よ、よろしくお願いします……」


 私は頭を下げた。絶対顔赤くなってる。もうしばらく顔を上げられそうにない。


「近いうちにあと九本送るつもりだからよろしく」

「あと九本って……」


 私はスマホをもう一度見た。一〇八本の薔薇の花言葉は――。


「それはまだちょっと早いと思う!」


 思わず顔を上げて抗議すると、「顔真っ赤」と笑われた。

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