第7話 王都で一休み
「これが王都か……でっかいのう……」
コヨリの視界の奥には巨大な城がそびえ立っていた。
王都は城を中心とした半円状の街だ。
コヨリ達がいるのは王都の入口。王城との距離は一番離れているはずなのに、存在感が物凄い。遠近感がおかしくなりそうだった。
そんな王城は夜空の元で煌々とライトアップされている。夜なのにその全景がはっきりと分かるくらいに、だ。
どうやらこの国の王は自己顕示欲が高いらしい。
「建物も人もたくさんですね……」
ルーナと二人できょろきょろと辺りを見渡す様は完全にお上りさんだ。
しかしそれも仕方のないこと。王城はもちろんのこと、その街並みも二人が住んでいた村とはかけ離れているのだから。
まず街灯なんか村にはない。夜は真っ暗だから寝るしかないのだ。
(きっと王都の子らは身長が伸び悩むに違いないな)
寝る子は育つのだ。よく食べ、よく眠る。それが身長を伸ばすコツである。
ちなみにコヨリは別に育つ必要なんてないから夜更かしするつもり満々だった。身長が伸びたら、のじゃロリでなくなってしまう。
しかし――
「くっ……ふわぁぁ……」
コヨリは盛大にあくびをかました。
正直に言って、めちゃくちゃ眠かった。
「コヨリ様、ずっと私を抱えて走ってくださいましたから……今日はもう休みましょうか」
「うむ……本当は王都の美味しいグルメでも堪能しようと思ったのじゃが……仕方あるまいな」
あの森から王都に来るまで、コヨリはルーナを抱えて走ってきたのだ。
魔力による身体強化が可能なコヨリなら馬よりも早く移動できる。お陰で半日足らずで王都に着くことができたが、流石に魔力の消耗が激しかったようで体はヘトヘトだった。
(前世では連日の徹夜など余裕だったというのに……これもコヨリの体だからか)
コヨリの体は10歳の女の子。夜はしっかりと眠くなるのは避けようもない。
もう既に若干船をこぎ始めていた。
そんなコヨリの手を引いて、ルーナはすたすたと歩いて行く。
コヨリとルーナは程なくして宿屋に着いた。道行く人に聞いた所、安くて質もいいと評判の宿らしい。
「二部屋頼む」
コヨリは特に何も考えずにそう言ったのだが――
「な、なんで二部屋なんですか!? 一部屋にしましょうよ!」
「え? 普通に考えて別部屋じゃろ?」
仲間――いや配下になったとはいえ、ルーナとはまだ出会って間もない。プライバシーを守るためにも別部屋は当然。
と思っているのはコヨリだけだったようだ。
「それではコヨリ様のお世話ができません」
「いや別にお世話なんかせんでも……」
「だめです。王都とはいえ、何が起こるか分からないんですよ? コヨリ様をお守りするのも私の役目です。それに二部屋取ったら余計にお金がかかってしまうじゃないですか」
「それはあんまり気にせんでもいいぞ。少しなら持っておるからな」
孤児院を出る時、先生が餞別として少しばかりのお金をくれたのだ。突然孤児院を出ると言ったコヨリにも嫌な顔せずにお金を持たせてくれた先生には頭が上がらない。
ルーナは「うぎぎ……」と歯を食いしばっていた。
「うら若き乙女があんまり他人と一緒に寝るもんじゃないぞ」
「コヨリ様は同性なので問題ありません。むしろ――」
そう言って頬を赤らめ、もじもじと目を伏せるルーナ。
「よし、絶対に別部屋じゃ。店主よ、二部屋頼む。これで足りるか?」
「そ、そんなぁ……」
ルーナの要求を突っぱねたコヨリは、くっと背伸びをして銀貨を1枚カウンターに置いた。
少々強面の店主はその銀貨を一瞥すると、ギロリとコヨリを睨み付ける。
「二部屋なら、金貨3枚だ」
「はっ!? なんじゃそれ! ぼったくりにも程が――」
「一部屋なら、一泊銅貨5枚だ」
「…………は?」
言っている意味が分からなくて、コヨリはぽかんと口を開ける。
反対にルーナは、
「――!! て、店主さん……!」
ぱぁぁっと顔を綻ばせていた。
店主はニヤリと口角を上げて、親指をぐっと突き出す。
「百合は……最高だぜ」
「アホしかおらんのかこの宿は!!」
百合のために値段を釣り上げるなんて、そんな話聞いたこともない。もしやこいつ、やべー奴では。
いやしかし……百合に挟まろうとする男は死罪だが、百合を見守る男に悪い奴はいない。そのことをコヨリは知っていた。
アホだが、悪い奴ではないのだろう。その証拠にルーナと熱い握手を交わしているし。
「はぁ……もうそれでよい。なんか疲れちゃった……早く休も」
「これが鍵だ。部屋は二階に上がって突き当りを右。……良い夢見ろよ」
「うっさいわ、このおたんこナスめ!」
このままではツッコミだけで体力を持ってかれてしまう。
コヨリはぷりぷりと頬を膨らませながら部屋に向かった。後ろからは今にもスキップしそうな程るんるんなルーナ。
部屋に入ると、当然ながらベッドは一つしかなかった。それ以外は値段の割にかなり綺麗で、評判が良いというのも頷ける。あの店主はやべー奴だが。
「ふっ……ふわぁぁぁ……すまんルーナ、もう限界じゃ。我は寝る」
「はい。明日はどうされますか?」
「とりあえず不老長寿に関しての情報収集じゃな。まぁ詳しいことは起きてから話そう」
「承知いたしました。……あの」
もぞもぞとベッドに潜り込んだコヨリに、ルーナの遠慮がちな声が聞こえてきた。
「……私も一緒に寝ても……いいですか?」
そこには冗談を言うでもなく、真剣な眼差しで……けれどもどこか不安げに服の裾を掴むルーナの姿があった。
今までなんでもないように振舞っていたが、男達からあんな目にあった後だ。不安や恐怖は、まだ心の中に残っているのかもしれない。
コヨリは布団をめくってぽんぽんと隣を叩いた。
「ルーナは夢食い族だったな。特別に、我の夢を食うことを許そう」
「え……いいんですか?」
「もちろんだ。好きなだけ食うがよい」
夢食い族はその名の通り、他人の夢を食う種族だ。夢を食うことで、相手の魔力を吸収し自分のものにすることができる。
食うと言っても食事としての意味はなく、どちらかというと娯楽に近い。他人の夢を食うと安心感や多幸感に包まれ、とても気持ちが良いのだとか。
そのため夢食い族は家族や恋人、親しい友人と夢を食い合うことが一種のスキンシップとなっている。
だが、ルーナに親はいない。恋人も、友人も。
幼い頃からずっと一人だったルーナは、殆ど誰かの夢を食った経験がない。それは彼女にとってどれだけ辛いことだったのだろうか。
コヨリには、その全てを推し量ることなんて到底できない。
(でも今は、私がいる)
ルーナが自分のことを配下だと言うのなら、ボスとして彼女の面倒を見てやるのが自分の務めなのだと、コヨリは思った。
「あり……がとう……ございます……」
ベッドの脇で肩を震わせるルーナの背中を、ぽんぽんと叩いた。
「それでは、その……失礼します」
「うむ。遠慮はいらんぞ」
ルーナはいそいそと、コヨリの隣に寝ころんだ。
夢を食うとは言っても、傍から見たらただ添い寝しているだけだ。
相手の夢を食い過ぎると魔力欠乏を引き起こして殺してしまう恐れもあるのだが、コヨリの魔力はかなり多いしルーナ相手ならその心配もない。
コヨリとルーナは向かい合うように横になる。ベッドが狭いせいでルーナの吐息が顔にかかって、ちょっとこそばゆい。
「おやすみ、ルーナ」
「おやすみなさい、コヨリ様」
なんだか気恥ずかしくなって、コヨリは目を閉じる。
今日は、良い夢が見られそうだった。
***
30分程たった頃、ルーナは目を覚ました。
隣には幸せそうに眠るコヨリ。ルーナはそんなコヨリの頭を、優しく撫でる。
幸せだった。
ただ夢を食ったから、というだけではない。
コヨリから感じた友愛の情や絶大な信頼に、胸がいっぱいだった。
夢食い族は夢を食うことで相手の思考や感情を、薄ぼんやりと読み取ることができる。
コヨリの夢から感じたのは、ルーナに対する絶対的な信頼と友愛の心だった。
まるで、昔から自分のことを知っているかのような。
(今日初めて会ったのにね……)
初めて会ったのに、これ程までに自分を思ってくれている。
驚きもありつつも、ルーナの中にあるのは畏敬の念だ。なんて心の広いお方なのだろうと、ルーナはコヨリに祈りを捧げた。
夢を食うことで相手の感情を読み取ってしまうことから、夢食いを承諾するというのは特別な意味を持つ。
家族、恋人、親しい友人――そう言った信じられる相手にしか、夢食いを許すことはない。
だというのに、コヨリはあっさりと夢を食うことを許してくれた。それが何よりも嬉しかった。
「この信頼に、私も報いないと」
ルーナはそっとベッドから降りて、ぐっぱと手を握っては開いてを繰り返す。
体中に、魔力が満ち満ちていた。とんでもない魔力量だ。まるで自分の体じゃないみたいに体が軽い。
(コヨリ様……まさかこれ程とは……)
たった30分食べただけでこれだ。その小さな身に宿す魔力量が一体どれほどなのか、想像もつかない。
この魔力は、コヨリから受け取ったものだ。
だからこの体はもう、コヨリのために存在するといっても過言ではない。
「まずは情報収集からね。それでコヨリ様に、褒めてもらうんだぁ……ふふ」
顔をにやつかせながらルーナは部屋の窓を開けると、身を乗り出して外に出る。窓枠の縁に足をかけながら静かに窓を閉じると、そのまま闇夜に消えて行った。