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第21話 ヒロインを愛する者として

 怒りに燃えたコヨリは全速力で街中を駆け抜ける。訓練場に辿り着くと、そこには先程までのコヨリと同じように体中が氷に覆われた配下たちの姿があった。


「情けないのぅ、全く」


 口ではそう言うも、内心では安堵していた。魔力反応自体は感じられたので生きていることは分かっていた。だが内心少し不安だったのだ。

 こうして目の前にしてもとても生きているとは思えないが、3人ともきちんと魔力の脈動を感じる。間違いなく生きている。


 コヨリは安堵した表情を引き締め直し、くわっと火球ファイアーボールを発生させた。


「ほらいつまで寝てるんじゃ! さっさと起きろー!」


 そのまま火球ファイアーボールは3人を飲み込むようにして着弾。氷が一瞬にして蒸発し辺りに水蒸気が吹き上がる。


「ゲッホ……ゴホッ……あれ、僕達生きてる?」


 煙が晴れ、テオが姿を見せた。命に別条はなさそうでコヨリは気付かれないようにほっと息を吐く。


「ふぅ……。コヨリ様、助けていただき感謝いたします。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」


 ミズキは即座に片膝をつき、頭を垂れた。普段のミズキよりもその顔は深刻そうで己の失態を悔やんでいるのが見て取れた。


 ちなみにこの真面目な時のミズキをコヨリは勝手に武士モードと呼んでいる。配下というより家来という言葉がぴったりな感じだ。


「え、コヨリちゃん!? よかった、無事だったんだね!」


 テオは何やら泣きそうな顔で駆け寄ってきていた。

 一体なぜそんな顔をしているのか分からず疑問符を浮かべていると――


「コヨリ様ああああああああああああああああああ!!!!」

「ぐえっ!?」

「おわ!? ルーナ!?」


 ルーナが駆け寄ろうとしていたテオを突き飛ばしてコヨリに飛びついた。涙やら鼻水やらで顔面ぐしゃぐしゃだ。


「わ、私は……ひぐっ……信じておりましたぁぁぁ!」

「ど、どうしたルーナ。何をそんな泣いて――」

「コヨリ様コヨリ様コヨリ様コヨリ様ああああああ! うわああああん!」


 コヨリの小さな胸に顔を埋め、ぐりぐりぐりと頬を擦り付けるルーナにコヨリはたじたじだ。


「……これはどういう状況なのじゃ……?」

「それはですね――」


 ミズキからこれまでの経緯を聞き、コヨリは「なるほどのぅ」と納得する。

 学院長襲撃、シャーロットの誘拐、そして――コヨリは死んだというイヴの発言。


 それがどれ程ルーナの心を惑わしたかは想像に難くない。


「我を心配してくれたのか、ルーナ」

「コ、コヨリ様が死んだなんて……そんなの私達を動揺させるための妄言だとは分かってました。でも、それでも万が一、億が一本当だとしたら……そんな考えが、と、止まらなくて……」

「そうか……心配させてしまったな。許してくれ」

「コヨリ様があや、謝ることなんてないですぅぅぅ……。信じきれなかった私の責任ですぅぅぅ……」

「よしよし」


 子供のように泣きじゃくるルーナの頭を、コヨリは優しく撫でる。


 ルーナが自分のことを慕っていることはもちろん知っていたし、並々ならぬ信頼を寄せてくれていることももちろん知っていた。

 だがまさかこんな、これ程までに心配してくれていたなんてコヨリは考えもしなかった。


(初めて……かもしれんな。こんな風に想ってもらうのは……)


 ふと思い出すのは前世の自分。

 親とも疎遠で、恋人も友人もいなくて、毎日毎日遅くまで仕事をして。

 たまの休みにやることなんて、だらだらスマホ弄るかゲームするか配信見るかで、人との関わりなんて仕事以外では殆どなくて。


 誰かに頼られたり、信頼されたり、感謝されたり、ましてや心配されたりなんか初めてで。

 それを嬉しいと感じるこの気持ちに、コヨリは困惑すると同時に忘れていた何かを思い出すような感覚を抱いた。


(我にとってルーナもミズキもテオも、大事な仲間じゃ)


 仲間。そんな言葉を、前世の自分がフィクション以外で口にしたことがあっただろうか。ともすれば前世ではクサいと言われるような言葉を、コヨリはなんの恥ずかしげもなく反芻はんすうする。


 だからこそ、そんな仲間の泣きじゃくる姿にコヨリの胸が痛んだ。


「ルーナよ、安心せい」


 コヨリはルーナの頭を撫でながら、にやりと不敵な笑みを浮かべる。


「我は最強無敵美少女にして天衣無縫の九尾族の生き残り。例え相手が誰であろうと我が後れを取ることなんぞ天地がひっくり返ってもあり得ん。そうじゃろ?」

「コヨリ様……」

「だから安心して我と共について来るのじゃ。ルーナ」


 コヨリはルーナの涙を優しく拭う。

 泣いている顔も抜群に可愛いが――


「はい! コヨリ様!」



 やっぱりヒロインは笑ってなんぼなのだ。



「さて、それでは悪い子のイヴを取っ捕まえに行くとするか。こちらであったことは道中で話そう」

「……! そうだよ、早く探しに行かないと! じゃないとシャーロットさんが!」


 テオは固く拳を握る。この中では一番シャーロットと親しかったのは間違いなくテオだ。気が気でないのだろう。無理もない。


「まぁ待て。焦るでない。イヴの動向は把握できとる。我の魔力でな」

「え……もしかして今も……?」

「あぁ。スラム街を移動中じゃ。恐らくその近くに拠点があるのじゃろう」

「ここからスラム街って何キロも離れてるんだけど……」

「ふふん、我に不可能はない」


 本気を出せば王都全域をカバーすることも可能だろう。コヨリの力はそれだけ進化を遂げていた。


「では行くぞ。遅れるなよ」

「「はっ」」


 ルーナとミズキは威勢よく声を上げ、テオは静かに頷いた。



 ***



 スラム街まで屋根伝いに移動中、コヨリは3人にこちらであったことを話した。


「イヴが、二人……!?」


 テオがコヨリの話に思わず声を上げる。


「双子……って訳じゃないよね……?」

「我の前で自爆したんじゃぞ。生身の人間だとしたらヤバすぎるじゃろ」

「つまり、生身の人間ではない……と?」

「コヨリ様はイヴの正体を掴んでいらっしゃるのですか……?」

「あぁ。イヴは作られた存在じゃ。ネメシス=ブルームの代わりに次代の英雄としての役割を与えられた少女。マグミリオン王国によって作られた兵器であり、代替可能な人形。つまり――」


 コヨリは一度言葉を区切り、そして真実を語る。


「我の前に現れたイヴはオリジナルの複製品。クローンじゃ」


 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がはっきりと聞こえた。


 ミズキが信じられないとでも言うように口を開く。


「そ、そんなことが可能なのですか……?」

「普通は無理じゃな。だが、この国には世界最高の魔法使いにして魔道具技師がおる」


 テオがハッとした顔で目を見開いた。


「学院長――」

「イヴの製造に奴が噛んでいるのは間違いない。だが学院長は襲われた。イヴの裏で手を引いている奴が他にいる。……我はそいつを許さない」


 コヨリの内から怒りの感情が湧き上がってくる。


「イヴは良い奴じゃ。食べるのが好きで、もふもふが好きで、どこにでもいる普通の女の子じゃ。……そんなイヴに誰かが無理矢理に命令し操っている。意に反したことをさせておる」


 あの日。ネメシスと相対し、テオを止めたあの日に見た夢が思い出される。ルーナがいてミズキがいてテオがいて――そこには当然イヴもいた。


 イヴはヒロインの一人だ。コヨリはこの『スペルギア』に出てくるヒロインが大好きなのだ。


 そんなイヴにこんな腐ったことをさせているなんて――


「必ず探し出して、報いを受けさせてやる」


 それは明瞭な殺意。湧き上がる怒りは魔力の波動となって大気を揺らす。通行人の騒ぎ声が下から聞こえてきた。


 そのあまりの圧に普通の人間であればひるんでしまうことだろう。


 だがルーナ達は違った。

 コヨリの意思を最大限に尊重し、コヨリと同じように裏でイヴを操る卑怯者に怒りを感じていた。


「おっしゃる通りです、コヨリ様」


 凛とした表情を浮かべ、ミズキが頷いた。


「コヨリ様の仰せのままに。どこまでもついて参ります」


 その瞳に敬愛の情を宿し、ルーナが目礼した。


「そんな非人道的なことをしているなら、到底許せる訳ないよね」


 信念を胸に、テオが力強く声を上げた。


「標的は近い。こっちじゃ」


 スラム街に辿り着いたコヨリ達は、日中にも関わらず日の届かない暗い路地を黙々と進んで行った。

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