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第18話 夢喰い族と魔力の痕跡

 コヨリとイヴの後ろ姿が視界から消えると、ルーナはふっと息を吐いた。


「行くわよ」

「あぁ」

「学院長室、だね」


(みんな、ちゃんとコヨリ様の意図は読み取っていたみたいね)


 コヨリが言っていた部屋の掃除とは、学院長室のこと。イヴはこちらでなんとかするからその隙に学院長室を調べろとコヨリは暗に伝えていたのだ。


 コヨリの配下として、それくらいの意思疎通は出来て当然だ。ミズキはともかく、テオもコヨリの配下としての自覚があるようで何よりである。


「やっぱりあなたはコヨリ様の弟子なんかではなく、配下よ。テオ」

「え、そ、そうかな? なんか照れるな」

「照れる必要なんてないわ。あなたはコヨリ様の配下になるべくしてなった。それだけのことよ」

「コヨリちゃんは頑なに弟子にこだわるけどね」

「前言撤回。配下としての自覚があるなら、その馴れ馴れしい呼び方はやめなさい」


 ルーナは、むっと小さく眉をひそめる。その呼び方は前々から気に入らなかったのだ。コヨリを主として敬うならそんな呼び方は言語道断。

 一番の配下として看過することはできない。


「うぅん……癖になってるんだよね、これ。やっぱり師匠の方がいいかな」

「あなたはコヨリ様の配下よ。コヨリ様、ときちんと敬意を表するべきだわ」

「コヨリ様、かぁ。なんかむず痒いな」

「はぁ? コヨリ様を敬い、称え、崇めるのにむず痒いだなんてあり得ない。あなた、本当にコヨリ様の配下としての自覚があるの?」


 ルーナはずいっとテオに顔を寄せる。その鋭い眼光にテオはたじたじだ。


「あ、あるよもちろん。ただちょっと今更なんか恥ずかしいというか……」

「……その腑抜けた根性、私が叩き直してあげる」

「え、ちょ、なに!? なんか今日やけに突っかかって来ない!? まだ酔ってる!?」


 本当はこっちは失態を犯してやけ酒なんかしちゃったのにテオはコヨリとシリアスな感じで隣に立って話していたのが気に入らなくてちょっと八つ当たりしていただけ、なんて口が裂けても言えない。


 そのポジションは私がやるはずだったのに! なんて言えない。

 言えないのでぽかぽかと拳で語る。


「いつまで騒いでるんだ、お前ら。着いたぞ」


 ミズキの言葉にルーナは、はっと我に返った。一先ずテオのことは置いておこう。

 今は大事な大事な任務の最中。コヨリから課せられた使命を果たさねばならない。


 一番の配下として!



 学院長室の扉の前に辿り着いたルーナ達は辺りを探る。


「尾行は……ないようだな」

「周囲に魔力反応もないね」


 素早く周囲を探知したミズキとテオの言葉にルーナは小さく頷き、学院長室の扉に手をかける。


 その瞬間、バチッと電流が走るような感覚。


「きゃっ……!?」

「ルーナ! 大丈夫か!?」

「え、えぇ。問題ないわ……」


 結界。それもかなり強力な。

 ルーナは己の手を擦りながら、ギリッと扉を睨む。


「厄介ね……」

「解除の方法とかあるのかな」


 テオは扉に近付き、その結界の魔力を探る様に見つめる。

 だがそれを、ミズキが手で制した。


「少し離れてろ」

「え、ちょ、まさか」


 ミズキは刀に魔力を籠める。バチバチと稲妻を帯びた刀から電流が迸る。

 そのまま何も躊躇うこともせず扉に斬りかかった。


 扉の切断面は熱を帯びて真っ赤に焼け、ずどんと落下する。


「開いたぞ」


 鞘に刀を戻したミズキは何食わぬ顔で部屋の中に入って行った。


「あなたね……」

「ははは……真面目に解除方法探してた僕がバカみたい……」


 こんなあからさまな侵入方法、痕跡が残っちゃうじゃない……なんて後処理のことを考えルーナはため息をついた。

 しかしまぁ、今はスピードが命だ。コヨリがイヴを引き付けて置ける時間はそう長くない。


 ルーナは気を取り直して部屋の中に入る。

 そこには信じられない光景が広がっていた。


「なっ……によ、これ」


 学院長室は、その全てが白。白、白、白。ソファも机も壁も天井も床も高級そうなカーペットも全てが白かった。


「雪……だな」

「所々凍り付いてるね」


 自然とルーナの体がかたかたと震える。極寒の雪山にいるかと思うくらいにこの空間は寒かった。吐き出す息もまた真っ白に染まる。


「コヨリ様の直感は正しかった。学院長に何かあったのは明白」

「これ、明らかに戦闘の後……だよね。こんなことが出来るのって――」

「イヴ。やはり彼女が……」


 信じられない、という気持ちはある。いつも無表情で何を考えてるか分からないけど、それでもルーナは彼女が悪人であるとは全く思っていなかった。


 本当にイヴが……? いやでも、まだそうと決まった訳じゃない。氷属性の使い手が他にいただけかもしれない。


「とりあえず手掛かりがないか探しましょう」


 3人は学院長室を隈なく調べる。すると、濃密な魔力に混じって、別の魔力の反応が微かに感じられた。

 それは一枚の紙切れだ。凍り付いているが、そこからわずかに魔力を感じる。


 テオは剣の柄で氷を慎重に砕いていく。


「特に何も書かれてないね」


 現れた紙には何も書かれていない。だが、氷を砕いたことでその紙に籠められた魔力の濃度を、ルーナはしっかりと感じ取ることができた。

 これだけ濃密な魔力であれば、解析することができるかもしれない。


「ちょっと貸して。私が見るわ」


 ルーナは紙切れを握り込むと、その魔力を読み取る。夢喰い族(ドリームイーター)は本来、夢を通じて相手の魔力に干渉し、その魔力を自分の物とする。

 夢を通じるのは、起きている時だと相手の魔力は対象の支配下にあるので食えないからだ。


 だが対象者から離れたこの紙切れならば。ここまで濃密に練り込まれた魔力であれば。

 食えるかもしれない。


 ルーナはゆっくりと紙切れに残された魔力を吸収していく。その魔力に籠められた記憶と共に。


 瞬間、脳内に流れる光景。それは学院長がイヴと対峙しているシーン。

 そして、イヴの剣が学院長を襲い――そこで途切れた。


「……やはり学院長を襲ったのは、イヴ」

「そんな……」


 テオは悲しみに顔を歪ませる。ミズキは腕を組んでただ黙って話を聞いていた。


「なら生徒の失踪事件もやはりイヴの仕業か?」

「恐らくは。どうしてそんなことをするのかは分からないけど……ん?」


 その時ルーナは、握り込んだ紙切れから一筋の光が漏れているのに気付いた。それは相当注意して見ないと気付けない魔力の糸だ。

 糸は床に散らばったなんらかの資料の束に向けて伸びていた。当然それらも氷漬けにされている。


 テオはルーナと目を合わせ小さく頷くと氷を砕き、束の中から一枚の資料を取り出す。


「これは、失踪者のリスト……?」


 そこには学院長が独自で調べていたのであろう、失踪者のリストが記されていた。

 先程二年生から聞いたゴルザベータの名前もある。幾人かの名前が連なる中、最下部には学院長の筆跡で『成績優秀者』と書かれていた。


「成績優秀者……? 生徒の中でも優秀な者を狙ってる……ってこと?」

「……コヨリ様の名前はないな。当然か」

「確かに学院で最も優秀なのはコヨリ様だけど、向こうもコヨリ様を捕まえられるとは思ってないでしょうね」

「だな。それ以外で言うとさっきのゴルザベータは二年生で最も強いんだったか。こっちは……3年の生徒会長だな」

「それ以外もみな名のある貴族達ばかりね」


 イヴがなぜ成績優秀者を攫うのか、その理由は分からない。

 だが今は、この情報を一刻も早くコヨリに届けるのが先決。


「他に目ぼしい物はないみたいね。さっさと引き上げましょう」

「だな。そろそろ誰か来てもおかしくはない」


 そう言ってルーナとミズキは部屋から出ようとする。だがテオは、失踪者リストを見つめたまま立ち尽くしていた。


「テオ? 早く行くわよ。コヨリ様が待ってるわ」

「……成績優秀者が、ターゲットにされている……んだよね」

「えぇ、そうよ。それがどうしたの?」


 小さく震えるテオは、失踪者リストをぐしゃりと握り込むと、焦燥感に満ちた瞳でルーナを見た。


「シャーロットが、危ない!」

「ちょ、テオ!?」


 テオは叫ぶや否や学院長室を飛び出し、走り去っていった。

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