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第13話 炎使いだからってあんなのと一緒にするな!

 コヨリは悠然と佇むイヴを注視する。

 その身に宿す圧倒的な魔力は些かも衰えてはいない。A級の魔物すら容易く屠れるような魔法を放っても、イヴにとってはただの小手調べに過ぎないのだ。


「はっ、上等じゃ」


 コヨリが自らの尻尾をさらりと撫で上げると、一本だった尻尾は二本、三本と増えていく。


「ここからは少々本気で行くぞ?」

「こっちも、本気」


 瞬間、コヨリは目にも止まらぬ速さでイヴに肉薄。

 炎の纏った拳を繰り出すも――


「速いね」

「――ッ!!」


 感じる悪寒。

 視界の端でイヴが剣に手をかけている。


 身の危険を全身で感じたコヨリは自らの体に急ブレーキをかけ、素早くバックステップした。


 直後、さっきまでコヨリがいた場所に一筋の青い光。

 縦に走ったその光は瞬時に姿を変え、まるで空間を切り裂くかのようにピキピキと宙が凍りついた。


「やっぱり速い」


 いつ剣を抜いたのか。

 気が付けばイヴの手にはレイピアのように細い剣。イヴがひゅんひゅんと振るうと瞬く間に周囲の空間が凍り、生成された氷が地面へと落下する。


(あのまま攻撃していたら、確実にやられていたな……!)


 類い稀な魔力量と圧倒的な戦闘センス。流石は当代の大英雄様だ。

 しかも更に厄介なのは、そんなイヴの能力を何倍にも引き上げるあの剣。


「魔杖剣エクスジール」


 その名の通り剣と杖、二つの性質を合わせ持つ武器だ。

 杖としての能力は使用者の魔力の倍増。

 それだけでも強力だが、エクスジールは魔剣としての側面も持つ。


 全てを凍てつかせる氷の魔剣。

 氷属性魔法の使い手であり、剣士でもあるイヴとこれほど相性の良い武器もないだろう。


「この子、とっても使いやすくていい子。ここまで私に馴染む武器は他にない」

「だろうな」


 何せ魔杖剣エクスジールは完全にイヴ専用装備だ。ゲームの中ではイヴ以外に誰も装備することができない。まさにイヴのためだけに神――開発が与えた最強の剣だ。


(防御は……無理じゃろうな。炎虎状態ならワンチャンかもしれぬが……)


 エクスジールによる攻撃は恐らくコヨリの魔力ごと凍結させることができるだろう。火と同化する炎虎状態なら防げるかもしれないが試すにはリスクが高い。


「ふむ……ならばやはり、こちらも武器を用意せねばな」


 コヨリが手のひらをかざすと、そこに小さな炎の渦が生まれた。

 渦は細かな炎の糸のように伸びていく。糸が編まれ形を成し、一振りの剣が完成する。


 轟々と燃え滾る炎をそのまま剣へと変容させたような、真っ赤な姿。

 刀身から持ち手まで全てが炎によって成され、ゆらゆらと焔が揺らめく。


「リベンジマッチじゃ!」


 剣を携えて、コヨリは再び突進。一瞬の内にイヴに接近すると、そのまま剣を振りかぶる。


 キィィィィ、と金属音とも違う甲高い音を立てて、コヨリの炎の剣とイヴの魔杖剣が激しく打ち合わされた。


「どんどんゆくぞ?」

「スピード、アップ」


 一合、二合と両者は剣を打ち合う。そのスピードは最早常人の知覚できるスピードを遥かに超えていた。


 打ち合う度に炎と氷が吹き上がり、熱気と冷気が訓練場内を包み込む。


「すっげぇ……」

「あのイヴ様と互角にやり合うなんて……」

「弟子の後ろでふんぞり返ってるだけの、ただの幼女じゃなかったのか……」


 そんな観客のぼやきも、コヨリの耳には入らない。

 全神経を、目の前の少女に注いでいた。


 力任せに剣を振るうコヨリに対して、イヴは冷静にその剣戟をいなしている。

 そもそもコヨリは剣に関してずぶの素人だ。技術で劣るコヨリがまともに打ち合えているのはその圧倒的な本体性能スペックのお陰。


 だがこのままでは埒があかない。


(この炎の剣はイヴの攻撃でも凍結していない。ということは炎虎も有効ということ……)


 炎虎+炎の剣による相乗効果で一気に倒す。

 頭の中で組み上がる完璧な作戦を実行すべくコヨリが魔力を集中させたその時――




「流石はコヨリ様です。炎刀のザンキとは大違いですね!」




 ルーナの声が、聞こえた。聞こえてしまった。


 コヨリはぴたりと動きを止める。剣を振りかぶったまま突然石のように停止したコヨリに、イヴは首を傾げた。


「どうしたの? お腹でも痛い?」

「…………………………」


 コヨリは顔を俯かせたままゆっくりと剣を下げる。降ろした視界の先に揺らめく炎の剣が見えた。

 途端、湧き上がる感情は怒りか悲しみか羞恥か。


 なんだか分からないけど、熱でも出したんじゃないかってくらいにコヨリは顔を真っ赤に染め上げる。


 炎刀のザンキならぬ炎剣のコヨリが、このままでは爆誕してしまう。

 それだけはだめだ。絶対にだめだ。そんな誰も得しない恥ずかし中二病クソださネームなんて死んでも御免だ。


 それならイヴの氷姫のようなかっこよくて綺麗で美しい感じがいい。なんだ炎剣って。ふざけやがって。


「な、なぁルーナ。なんかコヨリ様……怒ってないか?」


 観客席の最前列にいたミズキの囁き声が聞こえた。

 コヨリの狐耳がぴくぴくと動く。


「え、えぇ? わ、私何か失礼なこと言ったかしら……」

「やはり炎刀のザンキなんかと比べたのがいけなかったんじゃないか?」

「はっ! 確かにそうね! コヨリ様は唯一無二の存在。あの程度の男と比べるのも烏滸がましいわ」

「ふむ……そもそもあの男に炎刀なんて立派な二つ名が付いているのに、コヨリ様にそれがないのもおかしな話だな」

「そうね。やはりここは一つ、配下である私達がコヨリ様に相応しい呼び名を考えて差し上げないと。例えば……炎剣――」


 コヨリはおもむろに炎剣を上空に放り投げると、手のひらを向けた。

 そこから放たれた火球が炎剣を飲み込み、爆散。


 炎剣は塵一つ残さず、跡形もなく消えた。


「……やはり我に剣は相応しくないな。お主らもそう思うだろう? ルーナ、ミズキ?」


 にこやかに笑顔を向けるコヨリ。目は全く笑っていないが。


「はい! 仰る通りです!」

「コヨリ様に剣なんぞ必要ありません!」


 背筋をぴんと伸ばして二人は声高に叫ぶ。

 コヨリは「そうじゃろう、そうじゃろう」とうんうん頷いていた。


「ふ、ふふ……」

「こ、これイヴ。そんな笑うでない!」

「面白いね、コヨリは」


 ふんわりと笑うイヴ。それは普段無表情な彼女にしては珍しい、自然な笑顔だった。


「だから、うん。ちょっと心苦しいけど」

「……イヴ?」


 少しの違和感。朗らかな空気から一点してイヴは――


「やっぱり本気、見たくなっちゃった」


 自らの魔力を最大まで高め、一気に解放した。


「ぐっ……!」


 押し寄せる魔力の奔流。凍てつくような、突き刺すような魔力はイヴが本気であることを示していた。


「本気、出して。じゃないと死んじゃうよ?」


 イヴは剣を構える。上空に重苦しく雲が連なり、辺りが薄暗くなってゆく。

 ちらちらと舞い散るのは、雪。


 イヴの本気の魔力は天候さえも操る。


「……仕方ないのう」


 なぜ突然本気を出すことにしたのか。それは分からない。だが目の前にいるイヴから放たれているのは、紛れもなく殺気だ。

 殺すつもりで、一切の手加減もなく、本当の本気で向かってこようとしている。


(なら、それも含めて聞き出せばいいだけのこと)


 コヨリもまた腹をくくった。

 尻尾が四本。更にその姿が炎と同化し、金色の光を放つ。

 炎狐+野狐+尻尾四本。紛れもなく今のコヨリが出せる全力。


 二人の魔力が空高く立ち昇り、激しくぶつかり合う。


「なによ、これ……」


 シャーロットが呟いた。自分の意志とは関係なく、体が震える。それは恐怖だ。決して抗うことのできない強大な力を前にして、カチカチと歯を鳴らす。


「これはちょっと、やばいかもね……」


 テオの呟きにルーナが頷いた。


「コヨリ様が負けるはずもありませんが……」

「観客はただでは済まないだろうな」


 これほど強大な魔力。本気を出した二人がぶつかれば、余波は尋常ではないだろう。


「万が一に備えて私はコヨリ様側の観客を、ミズキはイヴの方を守って。テオは頑張って仲裁しなさい」

「え!? 仲裁ってどうやって……」

「丈夫な体があるじゃない」

「本気で言ってる……?」


 テオは今まさにぶつからんとする二人に目を向ける。あれの間に割って入るのはどう考えても自殺行為だ。

 だが、観客に被害が出るかもしれない以上そんなことも言ってられない。


「よし……」


 テオの髪が瞳が、真っ赤に染まった。



 と、同時に――


「ゆくぞ、イヴ!!」

「コヨリ、倒す!!」


 二人は駆ける。


「おらああああああああああああああ!!!」

「霜雪の舞――」

「ま、待って待ってストーップ!!」


 コヨリ、イヴ、そしてテオ。

 三者が交わろうとしたその瞬間。


「そこまで、ですよ」

「「「――ッ!!?」」」


 全員の攻撃を自身の周囲に展開した魔法障壁で防ぎ切り、仲裁を果たしたのはテオではなく一人のエルフの男。


「ギリギリまで様子を見るつもりでしたが……そんな威力の攻撃をしたら観客に迷惑でしょう。限度は考えないといけませんよ?」


 アラド学院の学院長――『才知鋭敏』タリス=クロウラーだった。

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