第21話 王都の惨状
「くそっ……くそっ……! ミーナリアめ……ふざけおって!」
ふつふつと湧き上がるミーナリアへの怒り。
だがそれ以上に、コヨリは自分自身が許せなかった。己の体たらくさに怒りを感じていた。
(こうなることはある程度予測できたはずじゃ……なぜもっと早く対策を取らなかった……!)
テオがネメシス=ブルームに操られていると気が付いたのは、ついさっきだ。それだけの短い時間で対策を取るのは現実的ではない。それはコヨリも分かっている。
だが、後悔は止まない。ミズキの治療のために地下迷宮に行った段階でテオがついて来ている可能性を考慮していれば、こんなことにはならなかった。
あの時きちんと魔力感知を使って人がいないことを確認していれば。
そもそもミズキの治療を後回しにしてもっと慎重に行動していれば――
(――ッ! 何を考えているんじゃ、我は。ミズキの治療を後回しにして良い理由などないというのに!)
ミズキが心に抱える傷を、コヨリは一刻も早く治してやりたかった。ハッピーエンド至上主義を自称するコヨリにとって、それは絶対だ。心の傷を放置していい理由なんてない。
己の価値観を覆しかねない程に、コヨリは焦燥していた。
原作知識を持っているが故に、コヨリは己を責め立てる。
頭の中を色々な思考が、感情が、ぐるぐると駆け回る。
『ギャギャギャ!』
その時、一匹のゴブリンが空中から現れ、コヨリに向かってこん棒を振り被った。
コヨリはあっけなくこん棒を手で受け止めると、その身の炎を更に燃え上がらせる。
「鬱陶しいのう……。我の邪魔を、するなぁぁぁぁ!!」
後悔が、焦燥が、その全ての感情が、怒りとなって爆発した。
ゴブリンはコヨリの身から沸き上がる炎に焼かれて灰になった。
「この、雑魚共が!」
コヨリは宙を駆ける。コヨリの通った後が一筋の赤い線となって、空中に軌跡を描いた。目にも止まらぬ速さでコヨリは辺り一帯の魔物を駆逐していく。
数秒もかからずに、数百体といた魔物は跡形もなく消滅していた。
灰となった魔物の残滓がさらさらと宙を舞う。あまりの高熱に平野だった周囲は草も生えない荒野と化していた。
コヨリの身に纏う炎がどんどんと小さくなっていき、元の姿へと戻って行く。
同時に、コヨリの頭も冷静さを取り戻していった。
(怒りに身を任せて暴れるなど……精神は肉体の影響を受けるという奴かのう……)
「ルーナ、ミズキ。これは我の失態じゃ。みすみすテオを奪われてしまった」
コヨリがそう言うと、ルーナとミズキは片膝をついて頭を垂れた。
「いえ、私がテオを守れなかったのが原因です。全ての責は私にあります」
「それを言うなら私もだ。あのミーナリアとかいう女に手も足も出なかった。申し訳ありません、コヨリ様」
あれだけの体たらくっぷりを見せても、まだ己を慕ってくれていることにコヨリは安堵した。
「いや、配下の責はボスである我の責でもある。気にするな……と言っても無理じゃろうからな。今回は3人とも反省し、以後このようなことがないように努めるとしよう。それでよいな?」
「コヨリ様の寛大な御心に感謝いたします」
「二度遅れは取りませぬ。必ずやコヨリ様のお役に立ってみせます」
「うむ。ではすぐにアラド学院の地下迷宮に向かうぞ。テオの身が心配じゃ」
「「はっ」」
ネメシス=ブルーム復活のためにはテオの血が必要だ。おそらく殺されはしないだろう。ネメシスにとっても、主人公であるテオはお気に入りの一人だから大丈夫。
そう分かってはいても絶対はない。テオに万が一のことがあってはこの世は終わりだ。
テオはこの世界の主人公なのだ。ネメシス=ブルームの復活を止められない以上、テオにはかの最狂のラスボスを倒してもらわねばならない。
コヨリ達はテオを救出すべく、全速力で王都へと戻るのだった。
***
「なんじゃ、これは……!」
王都に戻ったコヨリ達を待っていたのは、地獄とも言うべき惨状だった。
王都の中空にはコヨリがミーナリアとの戦闘で見たあの真っ黒い穴が無数に浮かび、そこからゴブリンやコボルト、スケルトンやグールといった魔物が次々と姿を現す。
「王都が……」
「物凄い数の魔物だ。うじゃうじゃ湧いて出てくるぞ」
ルーナとミズキもその惨状に声を漏らす。
大通りのいつもの喧騒は、今は怒号や悲鳴に染められていた。歴史を感じさせる石畳の道や建物は魔物との戦闘で破壊されたのか所々崩れ落ち、今や見る影もない。
「ミーナリアめ……足止めのためにここまでやるのか!」
明らかにこれは、コヨリ達を地下迷宮に来させないようにするためだ。出現した魔物自体は低級の魔物ばかりなので、冒険者や衛兵でもなんなく倒せる。しかし、いかんせん数が多い。それに王都全域に渡って黒い穴は配置されているのだ。これでは圧倒的に手が足りない。
(どうする……我も魔物駆除に……だが時間をかければテオが……!)
コヨリの力なら、この魔物を殲滅することはできるだろう。
だがそれには時間と、少なくない魔力が必要だ。既に炎狐の状態での戦闘を行った影響か、コヨリの魔力量はいつもより少なくなっていた。
(ネメシス=ブルームとの戦闘を視野に入れるなら、魔力の消耗は抑えるべき……)
万全の状態だったとしても、現状のコヨリの力ではネメシス=ブルームを倒すことはできない。それなのに、今ここで魔力を浪費してしまえばテオの救出すらも危うくなってしまう。
いずれ世界を滅ぼすネメシス=ブルーム。それに対抗できる主人公のテオ。この世界の未来を見据えれば、王都の民とテオのどちらが大事かなんて考えるまでもない。
「……アラド学院に向かうぞ」
だからコヨリは、テオの救出を優先した。
コヨリは駆け出す。ルーナもミズキも、何も言わずにコヨリの後をついてきた。
「くっ、ゴブリン共め。一体いつまで湧いて出てくるんだ!?」
「泣き言を抜かすな! 一人でも多くの住民を避難させろ!」
「王立魔法師隊はどこに行ったんだ!?」
「彼らは近隣に出現した迷宮駆除のために遠征中だ! 到着まではまだ時間がかかる!」
「わ、私の子を見ませんでしたか!? はぐれてしまったみたいで、どこにもいなくて……!」
「奥さん、ここは危険です。まずは避難しましょう。お子さんは必ず助け出します」
そんな衛兵達のやり取りを耳にしながら、それでもコヨリは駆ける。
気付けば、爪が食い込むほどに拳を握り締めていた。
コヨリは自分を正当化させる。
これは正しいのだと。優先すべきはテオであると。
その一方で、己を非難する声が聞こえた。
こうなった原因は、そもそもお前にあるのだと。余計なことをしたから、地下迷宮に行ったから、だからこうなったんだと。
(ルーナとミズキだけでも、ここに残すか? ……いや、ただでさえ勝ち目は薄いのに消耗した我一人ではテオの救出は困難じゃ。だが、このままでは……!)
「コヨリ様……」
ルーナの声が聞こえた。心配そうにこちらを気遣う声。
そんな声を出させてしまうような己に、腹が立つ。
何がボスだ。何が最強種族だ。
結局は、己の非力さが全ての元凶なのだ。
コヨリは手のひらを引き裂かんばかりに、固く固く拳を握る。
ギリッと奥歯が鳴った。
それでもやるべきことを果たすためだと自分に言い聞かせて、コヨリが見て見ぬフリをしようとした、その時――
「うわあああああ!?」
子供の声が、聞こえた。
剣を持ったスケルトンが、今まさに小さな男の子に向けて剣を振り下ろそうとしている。
コヨリの体は、考える間もなく動いていた。スケルトンに音もなく肉薄する。
その骨の体を手のひらから噴出させた炎で焼き切るのと――
何者かがスケルトンの体を炎の刀で断ち切るのは、ほぼ同時だった。
「あん……? お前……あ、あの時の九尾の……!?」
着崩した和装に雪駄。男にしては長い髪を後ろでくくった気怠げな男。
「お主、炎刀のザンキか!?」
炎刀のザンキが、そこにいた。




