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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一通のエイリアンレター

作者: 上城琥珀

微ポエムですのでご注意ください


―プロローグー

動物たちの姿が街から消えて、久しい。

現代社会では、動物の絶滅が大きな問題となっていた。特に鳥類の数は激減し、ニワトリの卵さえも高級品となっている。そんな時代に、国が打ち出したのが

〝動物育成プログラム〟

〝命の教育〟〝種の保存〟を目的にした子どもたちの動物育成を促す政策だった。

その政策では、家庭ごとに一匹の動物が支給される。

各家庭に支給日が通知され、家族全員で指定された施設まで受け取りに行き、ケージや箱で受け取ることになっている。種類は家庭によって異なるが、詳細はあまり知られていない。

それは〝命を迎える覚悟〟を持つため、という目的も併せ持っていた。

day break ― 宙編 ―

その日、私は母と二人で受け取り施設へ向かった。正直、楽しみだった。小学二年生だった私は、うさぎや子犬を想像していた。

 けれど、職員が手渡してきた箱の中にいたのは、まるくて、硬そうで、くりくりした目をした得体の知れない何かだった。

 ……ふくろう?

 じゃなくて、宇宙人。まるで、エイリアンみたいだった。

図書室にあった動物図鑑で、「フクロウは生きたネズミを食べる」って知っていた。

ペットじゃなくて、餌として――だからその見た目に加えて、さらに「怖い」と思ってしまった。かわいくない。あの大きな黒い瞳で見つめられる度に、背中がゾワッとした。

家に連れて帰ったけれど、触るのも嫌で、世話はほとんど母に任せっきりだった。

けれど、ある夜。ふと、目が合った。まんまるなその目は、じっとこちらを見ていた。静かで、何も言わないけれど……なぜか私のことを知りたがっているように思えた。「……イリヤ、ってどう?」

唐突に出たその名前は、〝エイリアン〟からの連想だった。言い捨てるように呼んだのに、その黒い目がふわりと細くなった気がして——

(あ、気に入ってくれたかも)

なんとなく思った。

後に「神の使い」といった意味もあることを知り、ピッタリだと思った。

あの日から少しずつ、心が変わっていった。おそるおそる触れてみた。近づいてみた。イリヤは何も言わなかったけれど、拒みもしなかった。

小学生の私は、宿題を持ち込んで屋根裏部屋で過ごすようになった。

中学生の私は、部活で疲れた身体を投げ出して、癒しを求めてイリヤとよく遊んだ。

 高校生になった私は、親に言えない進路や将来の悩みもイリヤにだけは打ち明けられた。

 友達関係で悩んだ日、初めての失恋で泣いた夜も、イリヤは何も言わず傍にいてくれた。

イリヤは何も答えないけど、全部分かっているようだった。

十年間、隣にいた。

長いようで短い、濃い十年だった。イリヤは、私の〝エイリアン〟で〝家族〟で〝友だち〟だった。

けれど高校二年に上がる少し前に、人間には無害だけど、ふくろうたち猛禽類には有害な感染症が瞬く間に広まった。自分のせいでイリヤが感染してしまうんじゃないか、そう思った。私は恐怖と失ってしまうかもしれないという喪失感から距離を取ってしまった。

触れたい。でも触れられない。そんな日々が続いた。それでも、愛情が消えたわけじゃなかった。触れられない分、餌をミミズから栄養価の高いマウスに変えるなど、イリヤのためにできる限りのことはしたつもりだった。

けれど翌朝、イリヤは動かなくなっていた。

イリヤの寝床には、昔たくさん遊んだぬいぐるみが宝物のように保管されていた。

どうしても信じたくなくて何度も何度も、声が枯れるほどイリヤの名を呼んだ。

だがイリヤの瞳が開くことはなかった。あんなに怖かったイリヤの大きな瞳が、いつの間にか大好きになっていた。あの瞳が私を見つめてくるたび、イリヤとの絆を感じられていた。

——どうして、もっとちゃんと、向き合ってあげなかったんだろう

——どうして触れてあげなかったんだろう。こんなになるまで寂しさを抱えさせちゃったんだろう……

「イリヤは、私のことを許してくれてるのかな」

そう問いかけても、返事はどこからも返ってこない。

けれど、思い出すのは、あの大きな黒い瞳で見つめてきたときの、まっすぐな眼差し。

私の弱さも、ずるさも、全部を見透かしていたくせに、それでもイリヤは逃げなかった。

……そんなイリヤだからこそ、私は好きになってしまったのかもしれない。

その晩、私がイリヤのために用意したマウスが感染源だったと報道されたとき、体が震えた。

 「私が殺したのかもしれない」

 罪悪感に押しつぶされて、涙が止まらなかった。それから三ヶ月は、心にぽっかりと穴が空いたようだった。少し回復してきた頃、何枚も何枚も便箋を重ねて手紙を書いた

「ごめんね」

手が震える。涙がこぼれる。

「……ごめんね」

喉が痛い。息もうまくできない。

「ごめっ……」

涙が便箋に落ち、滲んでいく。震える手で手紙を握りしめる。くしゃっと、紙の音が鳴った。便箋はくしゃくしゃになった。謝罪の言葉しか出てこないけど、きっとイリヤなら、そんな言葉よりも……

「ありがとう」

涙で視界が朧と化す。

「大好き」

声は震えたけど、確かに気持ちはのっていた。

「ずっと……」

そこで手が止まった。

愛してるって何度叫んだところで、イリヤがこの世にいないという事実は変わらない。むしろ、嫌でも実感させられる。

私の言葉は、イリヤに届くことはなく、静かに空へと溶けていく。伝えたい気持ちは手紙に書ききれないほどあるのに、気づいたときにはもう、直接伝えられる方法はなくなっていた。

私にとってイリヤは、最初は〝宇宙人〟だったけど、最後には、世界で一番〝大切な存在〟になっていた。

いつもあの子の瞳は、夜みたいに静かで澄んでいた。まるで、じっとこっちを照らしてくれているみたいに。

「忘れないよ、月のように凛としたあなたの瞳も」

そう言って未完成の手紙を机の引き出しにしまった。

day dream ーイリヤ編ー

人間の子どもは泣き虫で、よく笑う。

最初は怖がっていたけれど、数日後には名前を呼んでくれた。

「イリヤ」――私の名前を。

屋根裏は静かで心地よい場所。外の音も天気も届かない。でも彼女の声だけは、いつも響いていた。

十年が経ち、羽は衰え、目も少しかすんでいた。それでも彼女の姿ははっきり見えている。

ある日、彼女は触れてくれなくなった。触れないのは、この頃流行している感染症とやらを私にうつさないようにと気遣ってのことだろう。

その距離に私は物悲しさを感じていたけれど、これは「優しさ」だと分かっていた。

そんなある日のことだった。彼女が買ってきた餌に不自然な匂いがあったのは。私はそれを見て分かっていた。食べれば最後になるかもしれないと。

それでも私は食べた。寂しさで揺れる彼女を、少しでも救えるなら。

——たとえ命を賭しても。今思えば、仕返しだったのだろう。

死後、私は『伝書梟』としての役目を得た。

この世界では、強く想いを抱いた誰かが書いた手紙が、届かぬまま宙を彷徨うことがある。そんな言葉たちを、ちゃんと届けるのが私たち『伝書梟』の仕事だ。

宛先は――この世を去った人や動物たち。

伝えられなかった言葉たちを綴った〝心の手紙〟 をそっと翼に乗せて運ぶのだ。

例え声は届かなくても、言葉や気持ちはちゃんと届く。

それが、伝書梟の仕事。やってることはいわゆる伝書鳩と一緒だ。

伝書梟の仕事をして受取人の幸せそうな顔をいるとこちらまで嬉しい気持ちになる。

その笑顔が宙と重なり、あの頃を思い出す。

あの手紙が届けられたのは、そんな日々を過ごしていた頃だった。

上司から渡された一通の手紙。

封筒には懐かしい字で小さく「イリヤへ」と、私の名前が書かれていた。

徐に封を開け、手紙を取り出す。

端はくしゃくしゃに握られた跡があり、文字の上には滲んだ涙のシミがあった。

いくつもの震える文字の中に、書きかけの言葉があった。

「ずっと……」

文字の隙間からは嗚咽と震えの気配すら感じ取れるほどで、それと同時にこの手紙があの子のすべてだと分かった。

最初は怖がられ、遠ざけられていた私を、あの子はこんなにも大切に想ってくれていたんだ。心の奥で、じわぁっと温かい何かが広がっていくのを感じた。

触れたくても触れられないもどかしさ。

悲しむ彼女の涙を拭ってあげられない無力さ。

君の不安は、私にちゃんと届いているよ。

君がどんなに弱くなっても、どんなに迷っても、僕は変わらず君を見守っているから。

きっと君は、私が死んでしまったことを自身のせいだと責めているんだろう。

でも本当に君のせいじゃないから、だからどうか自分を責めないでほしい。

そう思っても君に直接伝えられない。手段がない。またも自分の無力さに、不甲斐なさに、やるせなさを覚えた。

彼女と別れて一年が経った頃、伝書鳩の上司がこう言ってくれた。

「初めての試みだけど、君はよくやってくれているから、誰か大切な人一人だけに手紙を出す機会を与えてあげよう。職権乱用になるけど、見逃してあげます」

やはりこんな時でも思い浮かぶのは彼女——宙の姿だった。

私は宙へ宛てて手紙を書くことにした。色々書きたいことは溢れてくるけど、大事なことだけ綴った。

「ずっと忘れない、太陽のように明るく元気な君を」

―エピローグー

二十歳の誕生日の朝、枕元にそっと置かれていた手紙。

差出人は「イリヤ」。

現実とも夢ともつかないまま、おぼつかない足取りで庭先に立った。

「深呼吸、深呼吸」と呟きながら封を開ける。

その瞬間懐かしい匂いと共に、涙が頬を伝った。

「字、書けたんだ……早く言ってよもう」

驚きと嬉しさでつい笑みがこぼれ、空を仰ぐ。

青く澄みわたる空のどこかに、あのふわふわな柔らかい翼がある気がした。

「ねぇ、イリヤ。私、大人になったよ……」

イリヤの存在を心の支えに、私は未来への一歩を踏み出した。

―― 宙の手の中には、一通の手紙が残っていた。

「宙へ」

君が触れてくれた十年は、僕の宝物だった。

触れられなくても、僕はいつも君のそばにいる。

君の涙も、その不安も、全部わかっているよ。

あの日、あの餌のことも、君のせいじゃない。

僕は君を責めたりしない。

だからどうか、僕がいることを忘れないでね。

僕はいつかまた君に出逢えると信じてる。

だから君も信じていて。

僕は君の笑っている顔が好きなんだ。

僕の心は朝の光を浴びたときのように暖かくなるんだ。

ずっと大好きだよ。

ありがとう。

「イリヤ」

――そこには微かな潮の香りがあった。


電車の中で泣いてしまいました。フクロウ飼いたいと思います。

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