第三話
[個人部屋ハ二人部屋デス。御夫婦ノ相部屋、飛鳥様ト壱様ノ相部屋トナリマス。御不便ガ有リマシタラ、端末ヨリ御連絡オネガイイタシマス]
道中、ウサギの案内ロボットが部屋割りを教えてくれた。
なんだか、都合が良すぎないか? と飛鳥は訝しむ。老夫婦の関係性を知っていた、という点は何ら不自然ではない。政府が発足した機関、プロジェクトならば、それに動員される人間の情報を把握しているだろう。
飛鳥は壱をちらりと見た。
……あの場は監視されていたのか。
先ほど退出したばかりの場所を思い浮かべる。明らかなオーバーテクノロジーに、ファンタジックな能力、そして精巧すぎるロボット。
飛鳥は薄ら寒い心地となり、腕の中のぬくもりに少しだけ力を込めた。
「壱くんと飛鳥くんは一緒なのか。なら、一安心だね」
「個人部屋って言ってなかった?」
穂が小首をかしげた。
一人部屋で過ごさせるのに不安が残る壱と、出会ったばかりとはいえ仲良くなった飛鳥の様子を見て相部屋にしたのだろう。二人は、まあ、夫婦なので……。
先に退出した人たちは一人部屋なのだろうか。
「ぼくたちだけ相部屋かもしれません」
飛鳥の呟きに、ロボットが答えた。
[皆様ハ相部屋ノ方ガ良イダロウト判断サレマシタ。一人部屋ニ変更シマスカ?]
ロボットの提案に「いや、そのままでいいよ」と飛鳥は返す。二人も頷いて同意を示した。ロボットは飛鳥をじっと見つめ、[提案ヲキャンセルシマス]と述べて沈黙した。
飛鳥は、声を潜めながら夫婦と雑談を交わす。
「……至れり尽くせりって感じですね。なんか、かわいいし」
「ウサギさんみたいねぇ」
「誘拐されてきた、という認識が薄れてしまいそうだよ」
同じように声を潜めながら、二人は返した。
「この状況、どう思いますか」
草之助は顎に指を添えて「ふむ」と一つ頷く。真剣な眼差しだ。年相応にシワの目立つ手に微かな絵の具が付着しており、人差し指の第一関節にはペンダコが出来ていた。きっと、ここに連れてこられる前まで仕事をしていたのだろう。
絵本作家というだけあり、その佇まいに知性を感じる。
「あまりに異質な状況、としか表現できないね」
草之助は、「しかし」と、少し躊躇うように続ける。
「あの説明が本当なのだとすればーー」
「私たちは赤紙と同等なものを受け取った人間、ということになるわね」
穂が草之助の言葉に割り込む形で告げた。
「あかがみ……」
ゾワッと、飛鳥の背中に悪寒が走る。たった四音の言葉に込められた不穏さが、胃の中に冷水を注ぐような、気持ちの悪さがあった。
草之助は飛鳥の背中に手を添えて、ぽんぽんと優しく叩く。
「私達は戦時期より後に生まれた世代だから、説得力がないんだが……境遇、目的、手段は違えど、彼が言っていた『死ぬこと前提の作戦』へ強制的に投下されるのならば、似たようなものだろう。表現が適切かどうかはさておき、ね」
確かにそうだ。きっと、実感を覚えるのはまだ先の話だろうけれど、飛鳥たちの置かれた状況は、赤紙を受け取った市民と大差ない。自分が死ぬかも知れない覚悟をする暇も与えられていないのだ。
それにーー
「壱みたいな、小さい子供も参加させられるなんて……地獄みたいな話しだ」
「何を言っているんだい、飛鳥くん」
草之助はすっと目を細めて、低く唸るように言った。
「とっくに地獄だよ、この世というものはね。私達はただ、知らなかっただけだ」
ふと床に視線を落とせば、ミントグリーンが目に入った。どうやら、いつの間にかプライベートゾーンに入っていたらしい。通路のデザインはどこかほっとするような、ミントグリーンの床と、白い壁になっており、シンプルな扉が並んでいた。
ロボットは、とある扉の前で停止する。
[コチラ、夫婦ノプライベートルームデス]
ロボットは続けて「飛鳥様方ノ御案内ヘ移リマス」と言い、夫婦を置いてゆっくり進み始める。
飛鳥は、「じゃあ、また会いましょう」と二人に会釈をし、その後を追った。
ロボットは、飛鳥が追いついたのを確認すると、歩調をもとに戻し、再びカシュ、カシュと音を立てて進んでいった。
※
先に部屋に案内された夫婦と別れ、飛鳥はプライベートゾーンの最奥地点に来ていた。
道中に目にした部屋の扉より、一回りほど大きく、威圧的なオーラを放っている扉の前で、ロボットは止まる。
人の気配はない。常日頃感じている騒がしさとは無縁といえるほどの静寂な空気が流れている。
ロボットは、カシュと音を立てて振り返る。
[コチラガ、オ二人ノプライベートルームデス。ソレデハ、ゴユックリオ過ゴシクダサイ]
「あ、どうも。ありがとうございました……」
薄々察していたが、ここが飛鳥たちの部屋らしい。
敬々しく一礼をして去っていくロボットを見送り、扉に向き合った。
……なんか、僕たちだけ対応違くないか? 気のせい?
飛鳥は目の前の扉を見つめながら、思案する。
どうにも、違和感があるのだ。
しかし、混乱続きの今考えたところで答えが掴めるはずもない。飛鳥は、さっさと部屋に入って腰を落ち着けようと思った。
扉の先は自分と壱に割り当てられた部屋だ。腕の中の壱は、ずっと眠っている。よほど疲れたのか、単に睡眠欲求が強い子なのか、移動中一切起きる気配がなかった。
夫婦とは別れてしまったが、距離的にそう遠くはないだろう。近い内に、また会えると良いのだけれど。
扉を観察しながら、飛鳥は「うーん」と困った顔をする。きょろきょろと辺りを見回し、また扉に視線を戻る。
「これ、どうやって開けるんだ……?」
飛鳥は、取っ手やドアノブもなく、触ってもびくともしない扉を前に途方に暮れていた。
一目でわかるほど威圧的な扉だ。無闇に触るのは躊躇われる。もしかしたら、先ほどのロボットと同じように生体認証をするのかもしれないが……。
[こんにちは]
「え!?」
突然掛けられた声に、飛鳥は驚いた。
ウィン……と音を立てながら薄青いホログラム画面が扉に投影される。SF映画さながらの演出に、飛鳥は高揚した。
[生体認証を行います。今しばらくお待ちください]
「……はい」
飛鳥は、オーバーテクノロジーに圧倒されながらも、声の言葉に返事を返す。どうやって生体認証を行うのだろうか、とホログラムを観察していた。
[ーー認証完了、ルームマスター、飛鳥。ルームメイト、壱。お帰りなさい]
「え? た、ただいま帰りました……?」
人間味のある言葉がかけられるとは思わず、驚いた。先ほど聞いたロボットの無機質な声とは異なり、柔らかい声音をしている分、親しみやすい印象を抱くのだ。
プシュンと空気の抜けるような音で、扉が開く。
「……広すぎないか?」
飛鳥は、室内を見回しながら呟いた。
おおよそ、十五から二十程だろうか。二人で使うにしても、かなり広い。ダークグレイの壁と床、嵌め込み式の収納にはアメニティや手引などの簡単な説明書が揃えられており、奥にある扉は、浴室とトイレにつながっていた。
ベッドは一つだけだが、壱と使うにしても、かなり余裕があるサイズである。大人二人でもスペースが余るだろう。
飛鳥は、ベッドにそっと壱を下ろし、布団を被せた。数十分ぶりに自由となった腕は、少しだけ重だるい。
飛鳥は、ベッド脇のチェストに近寄り、置かれていた端末を手に取った。
「端末ってこれのことか? ……へぇ、スタイリッシュな見た目だな」
紺色をベースとしており、中央にロゴマークが刻まれ、時々青色に光っている。指紋がつきづらい材質なのか、さらりとした手触りだ。
飛鳥はベッドに腰掛け、タブレットの電源を入れた。
「あの口ぶりだと、ウィキペディアがあるみたいだけど……これだよな?」
画面が点滅し、ロゴマークが表れる。そして、ホーム画面に切り替わった。画面上部にはWIKIと記されたアイコンがある。
「没入感すごいな、ゲームだったら喜んで買うのに」
画面をタッチする度、水面のように波紋が広がっていく演出は中々凝っている。ぽちゃん、と水音もするため、少し楽しい。別の部分をタップすると、バシャっとした激しい音になり、波紋も大きく乱れた。タップの力加減によっても変わるため、本当に凝っている。
ひとしきりタップして満足した飛鳥は、画面上部にあるウィキペディアを開いた。これもまた、凝ったデザインである。ペラリとページがまくれる音がすると、様々なワードが浮き出てきた。
そこで、見つけた。
・世界の消滅:龍脈の暴走に伴う、命体の凶暴化、エネルギー暴走などで知的生命体の全滅した世界。
・龍脈:その世界にある無数のエネルギー源のうち、最大規模のものであり、均衡バランスを保ち、世界を維持する役割を持つ。
・転移方法:渡り人の楔を作動させ、龍脈の座標を特定し、転移させる。尚、龍脈の暴走によりバグが起きることもある。
・機関の目的:最終的に、確定された全世界の消滅を阻止すること。現在、世界消滅が「確定」されたため、「確定」を「可能性」の段階まで下げるのが当面の目的である。
・リポーター:作戦のために集められた現地調査員。龍脈暴走の原因を特定し、暴走の阻止または暴走の沈静化が主な役目である。
「……よくわからない」
知ることが出来たの、機関の目的だけじゃないか? それすらも結構曖昧だけど……。
飛鳥は複雑な顔で端末の画面を閉じる。
まるで、ソシャゲやラノベのような設定だ。疲弊した精神に追い打ちをかけられた気分だ。
今の飛鳥は、勉強が苦手な子にありがちな「わからない部分」が「わからない」状態である。聞きたいこと、言いたいことは山程あるはずだが、情報が不足していて何から聞いたら良いのか、何を聞くべきか判別がつかない。疲れている影響も大きいのだろう。
「すぴー」
壱の間の抜けた寝息が静かな部屋に木霊する。
……一回寝て、思考をスッキリさせるべきかな……。
端末を枕元に置き、そのまま横になる。広々としたベッドは壱と二人で使っても余る上、とても上質な物を使っているためか、あっさりと意識が朦朧とする。
明日は、一体何があるのだろうか。未だ状況を正確に把握できていないため、一刻も早く状況を知らなければ……。
うと、うと、と瞼が徐々に閉じていく。
眠りの波に誘われるがまま、飛鳥は意識を暗闇に落としたのだった。




