第二話
ぞろぞろと退出していく人々をじっと見つめる。誰も彼も顔色が良いとは言えない。時折、悪態をついたり、悲嘆に暮れたり、呆然とする人もいるあたり、現実を受け入れられないのだろう。
飛鳥は、そんな人たちを眺めている老夫婦に気がついた。年の功というのだろうか、二人は異様なほど落ち着いているように見える。先ほどの質問から察するに、飛鳥と同じように,知らないことばかりであるはずだが、二人に暗い影はない。ただ冷静に、状況を見極めているのだろう。
飛鳥は、眠っている壱を抱え直し、二人に近づいて声をかけた。
「あの、すみません」
「ん? おや、どうしたのかね」
紳士的に答えてくれた老父にほっと安堵の息をこぼす。無意識に緊張していたのか、強張っていた自分の表情筋が、少しだけ緩んだ気がした。
「いえ……特に用があるわけではなくて……とても落ち着いてるな、と思いまして」
飛鳥の言葉に、老夫婦は顔を見合わせ、笑った。
「いやいや。すっかり参ってしまってるよ」
「うふふ、落ち着いて見えるのは、きっと一人じゃなかったからじゃないかしら」
「お互いが居たからこそ、少しだけ余裕が持てたのだろう」
そう言った二人は、飛鳥と壱に視線を向け、穏やかな表情をする。
「坊やこそ、とっても落ち着いているように見えるよ」
「そう、ですかね?」
思いも寄らない言葉に、詰まりながら返した。
老父は、飛鳥の腕の中でぐっすり眠る壱を見て、「撫でても大丈夫かい?」と聞いてきた。この二人なら大丈夫だろうと信じ、「すこしだけなら、大丈夫かと」と飛鳥が頷けば、彼は優しく撫でながら続ける。その手つきは、どこかぎこちないように思える。子供と接する機会がないのかもしれない。
「……先程まで騒いでいた彼らは、混乱する感情のままに行動していた。現状を理解しようとせずに、ね。気持ちはわからなくないさ。私も混乱したし、急な展開に置いてけぼりにされた」
老父は「情けないばかりだが」と苦笑しながら続ける。
「それでも、子どもがこの場にいる以上、少なからず大人として節度のある行動をするべきだと思うよ。その点、坊やは大人だ」
「そうねぇ。呆然としてた私達が言っても、説得力なんてないけれど……こんな小さな男の子を気にかけていたでしょう? それを見て、大人として恥ずかしくなっちゃたわ」
老夫婦は、飛鳥とその腕の中で眠っている壱に優しい眼差しを向けた。まるで、孫を慈しんでいるかのような表情だ。
「お二人とも、名前はなんていうのかしら」
老婦人の問いかけに「自己紹介してませんでしたね」と苦笑し、壱の名前と自分の名前を答えた。
「この子は、はじめっていいます。漢数字……ええと、難しい方の壱と書いて、『はじめ』だそうです。ぼくは、飛ぶ鳥と書いて『あすか』といいます」
「二人共いい名前だね。私は草之助。しがない絵本作家さ。こちらは家内のーー」
「穂といいます。よろしくね、飛鳥くん。はじめくんも」
そう言って、老父ーー草之助は飛鳥にくしゃりとした笑みを向け、老婦人ーー穂は壱の髪の毛をそっと梳いた。
※
人が居なくなり、四人で扉の外へ出れば、白い壁と群青色の床の通路へ出た。幅は広く、高さも四、五メートルほどあり、広々としている。
「おや、どこに行けば良いのだろう」
「あの人達、どうやって向かったんだ……?」
「広い通路ねぇ」
案内表記など目ぼしいものはなく、辺りを見回す。
「……ん?」
飛鳥は、怪訝な表情で意識を聴覚に集中させた。
それを疑問に感じた草之助が問いかける。
「どうしたんだい? 飛鳥くん」
「なにか、硬いものが床に擦れる音? みたいなものが近づいてきてます」
「音?」
飛鳥は「引きずってる感じかな?」と聞いてきた草之助に「いや」と首を振る。カシュー、カシューと擦れた小さな音が、徐々に飛鳥たちの元へ迫っているのだ。
なんだろう、この音。
飛鳥はぐっと眉間にシワを寄せ、音の正体を探る。おそろく、金属のような重みのあるものではない。プラスチックやそれに似た物だろうか。
「あら、私にも聞こえてきたわ。なんだか、軽い感じの音ね」
「それに、引きずるというより、動いてる感じですよね」
そう言って、音がする方向をじっと見つめる。
「……うさぎ?」
飛鳥はポツリと呟いた。
姿を表したのは、ウサギをモチーフにしたロボットのようなものだった。カシュ、カシュと軽やかに跳ねながらやって来る。黒褐色のボディをしており、アンバーの瞳が美しい。動物そのものを模しているのではなく、キャラクターじみた外見は子どもが好みそうだ。
[生体認証完了。登録情報ト一致を確認。プライベートゾーンマデ御案内イタシマス]
しかし、親しみを湧きそうな外見とは裏腹に、その声は無機質なものだった。外見だけに力を入れたようにも見える。草之助と穂は、精巧なロボットに目を丸くしており、そのギャップに関心を寄せていないらしい。
どうやら、このロボットが案内役のようだ。
他の人たちも、このロボットが迎えに来たのだろうか。
[出発イタシマス]と促され、飛鳥たちは顔を見合わせる。カシュ、カシュと跳ねて先を進むロボットに、大人しく着いていくことにした。




