8 キャンプ
夏休みに入るころ。
始めてユウに会った日から2ヶ月が経つ。日常の会話や、どうでもいいような世間話は続いていたし、頑なに鉄柱からは動かないらしい。よほどお気に入りのようである。
夏休みは学校にも来る用事がない。ということはユウとも会わずに済むみたいだから、とびきり笑顔でお別れを言い、去ってやった。
7月下旬に毎年恒例のキャンプがある。今年で最後だし、キャンプ明けからは本格的に受験モードに入るので、みんな最後の短い夏を楽しもうと気合いが入っている。
朝から大型バスを貸し切ってキャンプ場まで行き、グループ毎に借りているバンガローに荷物をおく。バンガローはお家タイプと、ツリータイプの2種類。ツリータイプは梯子を登った先に寝泊まりする場所がある。木の上で生活しているような感覚を味わうことが出来るので、取り合いになるくらい人気だ。
キャンプ場はアスレチックも兼ねているし、人工で作った川でも遊べる。隣にはゴルフ場や、スキー場もあり、土日はイベントも開催されて賑わっている。催事場も完備しているから家族連れも安心だ。
虫が多いのか難点だけど、自然がいっぱいで楽しめる神威市の観光スポットだ。
荷物を置いたら、お昼のカレー作りにとりかかる。
男女混合のグループで、それぞれのグルーブで作って食べる。全然話したことのない子もいたけど、それなりに協力して美味しいカレーを食べられた。
昼食後はアスレチック、自由時間、おやつタイム、そしてあっという間に夕食作りにとりかかる。夜のメニューは焼きそば。
夕食の後、キャンプの中でも1番盛り上がる特大イベントが肝試しだ。
真っ暗闇の林の中、懐中電灯は一つだけ渡され、男女ペアで印がついた地図を周る。最終目的地の場所まで行き、必ずお札を持って返って来なければならない。はっきり言って、幽霊うんぬんより夜の山の方がデンジャラスだと思う。
先生達が泊まる大きな家タイプのバンガローを借りて、1組のクラス全員が集まった。
実行委員が自作のくじを箱に詰めて準備してきてくれている。ペアを決めるくじ引きはいつもドキドキしてしまう。
最初に引くのは男子から。
分かりやすいように大きな紙を壁につけて、誰と誰が組むのかが書き記されていく。
大介は12番だったらしい。
「明里〜、俺12番だから!12番引けよ!」
「はいはい、引けたらいいですね〜」
「絶対引けよ!」
「へいへい」
やる気の無い返事をしているけれど、内心は12番を引きたくてたまらない。神様どうかお願い、12番引かせてください!
残り物には福があるなんて言うし、他の女子の気合いの手前もあるので、後ろの方に並ぶことにした。皆んなの熱気が部屋中に漂っているようで、異様に暑い。汗をかきすぎて臭ってなければいいけど……。
ペアになれて喜ぶ人。項垂れる人。騒がしい声があちこちで溢れる。
もう半分を過ぎたあたりまできたけど、まだ12番は出ていない。
杏樹と真由がこっそり12番がでたら譲ってあげると話をしている。いいよいいよ、と遠慮したものの、優しい2人に涙が出そうだ。私も真由の好きな子と当たったら変えるつもりでいる。くじ引きの交換は仲間内では、OKなのは暗黙の了解なのだ。
そして、ついに自分の番が来た。
「明里!12!」大介とその友達は楽しそうに頑張れーと応援している。
「わかったって」
心臓がバクバクしていた。
本当に引けたらどうしよう。好きだって言ってみたらどうなるだろう。友達は幼馴染の関係以上だって言ってくれるけれど、めちゃくちゃ仲がいいってだけかも。この関係が終わってしまうなら言わないまま、幼馴染として隣にいられる方がいいだろうか。
ゆっくりと箱の中に手を入れる。手が震える。
引いた紙を恐る恐る開いてみた。
ーーーーー12番だった。
本当に神様はいるんじゃ無いかと思うくらいのミラクルが起きて、飛び上がりそうなほど嬉しかった。
大介は12番を引いた事を知ると「やったー」と友達の男の子とハイタッチしていた。大介も嬉しいのかな……。期待してしまうじゃないか。
杏樹は「良かったね」と耳元でささやいた。自分の気持ちを誰にも話してないけど、杏樹と真由は間違いなく気づいている顔をしている。
真由も好きな人とペアになれて幸せそうだった。杏樹は別のクラスの子と付き合っているから、くじ引きにはさほど興味がないみたいだったけど、杏樹とペアになれた男の子は喜んでいた。
大きな紙に名前が書かれる。冷静でいようと普段通りにしているけれど、挙動不審になっているかもしれない。
大介は嬉しそうな顔をして「楽しみだな〜、どうやって脅かしてやろうかな〜」と言って笑った。
ペアが決まったので、一旦解散になり、男子が自分たちのバンガローへと戻った時、事件は起きた。
「今年は最後だからみんなにとって良い思い出にしたいです。だからみんな、好きな人と組もう」と一部の女子グループが言い出した。
みんなに迷惑をかけまくる厄介なグループの女子だった。
「私は花園くんと周りたい」
「私は斉藤くーん」、高島君、早田君、一ノ瀬君。全員クラスの人気者でイケメンとされる人達だ。一ノ瀬は大介の事だった。
周りは騒然としている。
それはないんじゃないのかと皆んなで反論したが、聞く耳を持たず、勝手にペアを変えていく。被った場合はじゃんけんで決めようなどと言いだしている。実行委員も意見してくれたのだが……聞く耳持たず。なんせ揉め事を起こしたくない連中なのだ。
中学生になってからは大人しく過ごしていたが、流石に見逃せなかった。
「女子で勝手に決めていいわけじゃないんじゃない?何のためのくじ引きだったの?」
「はぁ?ウザいんですけど」
「ウザいとかじゃなくて、理不尽だよって話ししてるんだけど」
「えーー?もしかして譲りたくないの?一緒に周りたい子に譲ってあげるのが優しさなんじゃない?え?まさがなんだけど、大介のこと好きなの?」
「んなわけないじゃん」
「じゃあ譲ってあげるでいいよねー」
だよねーなんて仲間内でくっちゃべっている。
「勝手に決めんなって言ってんの」
私が言うと、他の何人かも反論してくれた。
「ブスは黙っとけよ」
「うっざー」
「意地悪だよねー」などと言う。
「地味子は黙ってろ」
派手な見た目が可愛いくて地味なのはダサいって、いじわるグループの単なる私見じゃないか。いつもトイレの鏡を占領して、迷惑なんてお構いなし、自分の顔と髪の毛ばっかり見てるから、性格悪くてなるんじゃないと言ってしまいそうになった。
真由も泣きそうな顔になっていたが、もはや彼女たちを止めることは誰にも出来なかった。悪巧みグループと徒党を組む事を選んだグループも「じゃあ私は三船君がいい」なとど言い出して収拾がつかなくなったのだ。
「これ、余りの男子ね」
勝手に選べと紙を渡されて、選ぶ事になった。私はもうどうでも良くなってきたので、最後でいいと他の子に任せた。大介と一緒に周れないなら、誰になっても一緒だ。
最終的に決まったペアの紙を実行委員が男子に持って行った。
騒ぎながら大勢の男子達が押し寄せてきて、ドアの前で抗議しはじめた。そりゃそうだ。
「これ、何でこんなことになってんの」
「最初のペアと違うじゃん、戻せよ!」
「勝手に決めんなよ。くじ引き通りにしろよ」
「女子だけ特別に選べるなんてズルだろ」
と皆口々、女子に文句をぶちまけた。
大介もドアの入り口で怒っている。
男子達、頑張って悪い女子どもの企みを覆してくれ。
「もう決まりですーーー」
「決まったものは変えられませーん」
「は?ふざけんなよ」
「え?こっわーい」
「俺ら、このペアじゃ肝試しやらないからな」
ボイコットすると言いだした男子達。
今年はやらないってことでもいいかもしれない。
「最後だから好きな人と周りたい人が多くて、皆んなで決めたんだよねー」「ねー」と合槌を打ったのは仲間内だけで、他の女子は俯いて黙っていた。
「はぁ?俺らの意見は?こっちだって好きに決めたいんだけど!勝手なことすんな!」
「実行委員が最終的にオッケー出したんだから、決まりだよねーー」
全ての責任をなすりつけられて、行き場のない実行委員の子達。
肝試しのボイコットによりクラスは険悪で、やる気のない担任は実行委員に任せろだの、なんとか話し合ってくれだのと、グダグダ。肝試しが中止はありえないと言うが、どうなるのやら。
男子達が去っていく中、一部の男子がドアの前て何やら話している。
「明里、ちょっといい?」
大介が低い声で呼んだ。
その声を聞いて舌打ちする女子。
「明里、ちょっと来て。外で話したい」
「今、取り込んでるもんで」
「出られるようになってからでいいから、来て、つーか来い」
「明里と話があるから行けないんだー」
舌打ち女子が制した。
「関係ない奴は黙ってて」とかなり怒った声で言い返したので、シーンと静まり返った。
こんな雰囲気の大介を見るのは、初めてだった。
「外で待ってる」
そう言い残して、外に出ていってしまった。
大介の友達が手招きしている。
舌打ちに加えて、睨まれている。目の合図で行くなよ、余計な事は喋んなよと言われているのが分かる。
「明里ちゃん、大介待ってるから」
大介の友達が呼んだ。
杏樹や真由にも行った方がいいと思うと言われた。私もそう思っている。
靴を履いて出ようとした時、「チクんなよ」と釘を指された。あぁ、しんどい。
大介は階段下のバンガローで腕を組んで待っていた。取り巻きの友達数人が肩を叩いて去っていった。
「こっち」
大介は歩き出した。
バンガローから300メートルくらい離れた。大介は一言も喋らなかった。何の話だろう。もしかして告白とか……なんて事がチラッと頭を掠めたけれど、期待できるような雰囲気ではなかった。
ずいぶん歩いて、人気のない森の方まで来ていた。
「どこまで行くの?」
「この辺でいいか……」
大介は近くの木にもたれかかって、大きなため息をついた。下を向いていて、暫く話さず、足元に埋まっている木の根を靴で掘り返していた。
私が話そうとすると、被せるように大介は話し出した。
「あれ、どうゆうこと?」
「……」
「なんでペアじゃなくなったの」
「うーん……」
「俺と周るの嫌だった?」
「そんな事ない。それは絶対ない」
「じゃあ何で変わったの?」
「変わって欲しいって言われて」
「変わんなよ」
「私だって変えたくなかった……けど……」
「けど?」
暫く痛いほどの沈黙が続いた。
「俺は」と言いかけた時、草陰にクラスメイト数人の姿が見えた。ニヤニヤしながらこっちを見ている野次馬に気づいた大介は苛立っていた。
「もっとあっちに、行こう」
大介が手を握り、引っ張っていった。手、繋いでる。
小さい頃は手を繋ぐ事に何の抵抗もなかったのに、今はこんなに心臓がバクバクと脈を打っている。
辺りはもう暗くなってきていた。キャンプ場の街灯が光り始めている。クラスメイト達を巻いたかどうか、確認して立ち止まった。自然と手は離れてしまった。
「やっぱさ、変えてもらおう。元のペアで周りたい」
「私もそう思ってるけど……」
「俺が直接言いにいく。誰に言えばいい?」
「それはやめて」
「何で」
何でって言われても、言えないんだよ。
「後で揉め事起こしたくないし」
「何それ」
大介は女子のイジメの陰湿さを知らない。ここで我儘を通したら、何をされるか分からない。別のクラスだった2年の時、学校に来られなくなった子がいたと、風の噂で聞いたことがある。
何とか理解してもらおうと確信には触れず話したが、大介は意見を曲げてくれない。
「こんなことでクラスの女子から反感買いたくないんだよ」
「こんなこと?」
「たかが肝試しじゃん、もういい加減にしてよ。仕方ないじゃん」
「たかがって……そりゃそうかもしれないけど……」
「子供じゃないんだからさ、もうやめよう」
何か気に障ったのか、大介の顔が歪んだ。
「明里にとってはたかが肝試しだよな」
「そうゆうことを言いたいんじゃないってば!」
大介はが私の左腕を強く掴んだ。
「俺は……嬉しかった……でも、そうだよな。たかがだよな。迷惑だったなら悪かった」
言葉とは裏腹に見たことないくらい怒った顔をしている。腕に力がどんどん加わって痛くなってきた。
「大介、腕痛いって」大介はハッと驚いて、手を離した。
「ごめん」
また遠巻きに野次馬が見えた。
「大介、あのね……」
「もういいって!ほんとごめん」
そう言うと大介は元来た道を歩き出した。何度も呼び止めたけど、振り抜かずにいってしまった。
私はどうすれば正解だったんだろう。掴まれた左腕が暫くの間、ジンジンしていた。
グループのバンガローはツリータイプだった。梯子を登ってドアをノックした。
「誰ー?」
「あかりー」
友達が天井のドアを開けた。杏樹と真由となっちゃん、さりちゃんがいた。
「どうだった?」と全員がドアの下にいる私をのぞいていた。
梯子を登りきって、ドアを閉めてから、大介との出来事を話した。
私達の心配もあったけれど、もしかしたらペアを元に戻せるように行動してくれるかもと期待していたと言う。
それは申し訳なかった。自分達の事しか考えてなかった。
肝試しのボイコットは却下され、決行された。
別の女の子からギリギリになってペアを変えてほしいと言われ、何回変わったか分からなくなった。もう何もかもどうでもどうでも良くなっていたから、言われるがまま承諾した。
大介がペアになった相手は意地悪グループの1人だ。楽しそうに話をしている。本当なら隣にいるのは私だったのに。
肝試しの後はキャンプファイヤーだ。
激しく燃えるキャンプファイヤーを囲んで、ダンスしながら1人1人ずれていき、最終的に全員と手を繋いで踊る。
大介とペアになって静かに踊った。手も軽く振れるくらいで繋がなかった。大介は目を合わせなかった。謝ろうと思ったけど、言い出せないまま、すぐ相手が変わってしまった。
キャンプ事態は楽しかった。朝方まで仲の良い友達とゲームしたり喋り倒したりできるんだから。夜の9時以降はグループの以外の部屋を行き来出来ないけど、規則なんてあってないようなものだった。
大介と話せないまま朝を迎えてしまった。キャンプの間には絶対話をしておきたいし、ちゃんと謝りたい。
朝食を食べている間に大介のグループの所へ行った。食パンを食べている大介。
「話しがあるから、ちょっと来て」
少し悩んでいたけど、「ここじゃダメ?」と言われた。
友達に軽く叩かれた大介はウザそうに手を払っていた。
「出来れば違う場所がいい」
大介は気だるそうに立ち上がって「何?」と言った。
「昨日はごめん、嫌な言い方したかもと思って……ごめん」
「……こっちこそ……ごめん。腕、痛くなかったか?」
「腕は大丈夫」
腕より心のダメージのほうがデカい。
「そっか、なんか力入っちゃったみたいで、ごめんな」
「う、うん」
その後は会話が続かなかった。話すことが全く浮かばない。大介はあえて話を避けているようだった。
「じゃあ」と言われて、それ以上用事もなくて、戻るしかなかった。
そしてそのままキャンプは終わってしまった。
夏休み中、話に行こうかなと思った。
どこか遊びに行けたらいいねと話をしていたからだ。家が近いから、すぐに話に行ける距離だったのに、なかなか行動に移せなかった。今までは漫画の貸し借りやCDの貸し借りも出来ていたのに……。大介の方からも音沙汰はない。
夏休み中、母に頼まれて、親戚が作っているメロンを届けに一ノ瀬家に行ったものの、大介は不在だった。塾の夏期講習とかサッカーの推薦で高校に行くための体づくりとか、色々と忙しいのかもしれない。
話もできぬまま中学最後の夏休みは終わった。
もう幼馴染という立ち位置すら失ってしまったみたいだった。