7 続・鉄柱の少年
何日経っても頑なに鉄柱の上から動かない少年との会話は続いた。
授業はちゃんと聞いているけれど、英語の先生は頻繁に引きこもるので主に自習が多い。そんな時の暇つぶしに会話が始まるのだ。
「何でそんなところにいるの?」
「気持ちがいいから、風を感じるし、高いところは清々しいよ」
「降りてこないの」
「今は降りる必要がないんだ。ここにいるのは理由があるんだよ」
「地縛霊なの?」
「地縛霊じゃないよ」
「何かしてあげたら消えるとかないの?」
「どうゆうこと?」
「頼み事とか、思い残してることとか、未練があるとか」
「ぼくは幽霊じゃないよ、ちなみに妖怪でもないし、天使でもないよ」
考えていた事を話す前に彼は否定した。
「じゃあ君は何なの?」
ユウはうーんと少し考えていた。顎に手を当てて考え込んでいる。
「僕は君で、君は僕なんだ。いつも一緒にいる片割れ、相棒なんだよ」
まーた訳のわからん事を言いだした。
僕は君で、君は僕?どうゆう事なの。
「そのままの意味だよ。僕たちは鏡なんだよ。魂の双子、双子の魂、色んな言い方があるけれど、僕たちは元々一つの魂だったのさ」
「は????」
疑問しか出てこない。一体何を言ってるんだろう。
「その魂さんは何しに来たの?」
「君を助けに」
「助けに?」
「僕を呼んだだろう?」
呼んだっけ?
「呼んだよ。何度も助けを呼んでいたよ。だから来たんだよ」
助けに来たのに鉄柱から動かないのは何でなの?というか呼んだ覚えはないのだが……。
「助けてって叫んでいた」
「呼んでない」少なくとも呼んでたとしても、君じゃない。
「少し前に強く願ってたよ。助けてほしいと。ずっと聞こえていたけど、少し時間がかかってしまった」
「呼んでないって……もしかして誰かと間違ってない?」
「え!?」
「え!?」
彼はピタッと動きを止めて、また何やら考え出した。頭を捻っているので、本当に人違いの可能性が出てきた。
「いや、違わない、君だよ。君に呼ばれて来たんだよ。僕らは同じ魂の一部だから、間違えるはずがない」
同じ魂ってなんだろう。魂って分裂できるものなのか。私の魂が別れて、君と同じで?って、訳がわからなくなってきた。
違う質問にしよう。
そういえば、名前を聞いたが上手く聞き取れなかった。
「ゆ@\&#c!.&@t.0?」とかウニャウニャ言ってて『ゆ』しか聞き取れない。何十回も言ってもらったけれど、全くわからなかったので、何か名前をつける事になった。
黒板に「you」と英語が書いてあった。
『ゆ』だけは合ってるみたいだし、「you」はあなたと言う意味もあるし。
「呼び名はユウで、どう?」
「うん、いいよ」
「じゃあユウくんで」
そして、そのユウ君は私のことを明里と呼ばない。 芹沢明里という名前は分かるし、聞き取れてもいるらしいのだが、頑なに違う名前で呼ぶ。
アイリスと。
時々アリアになることもある。アリアはあだ名なんだとか。
何故アイリスと呼ぶのかと聞いてみたところ、前世の名前なのだと言いだした。
「前世?」
「うん、前世。生まれ変わる前の名前」
「生まれ変わってんの、私?」
「うん。何度もね。アイリスは一つ前の名前で花の名前だよ。こちらでは美しい百合のような花かな」
アイリスは確かあやめの花だったと思う。百合じゃないよと話すと「地球ではそうだけど、僕たちの世界では百合に似ている花なんだ」と言う。
「僕たちの世界?」
「地球じゃないところから来たから」
今、地球じゃないって言ったか?
「地球じゃない。地球に生まれたことも何度かあるけれど、別の星でも生まれ変わってるよ」
当然のようにユウはそう話した。
「地球外生命体ってことだよね」
「まあ、そうなるよね」
「宇宙人じゃん」
「みんなこの大きな宇宙の一部だからね、そう考えてみたら宇宙人だよね。今は宇宙の中の地球という星に生まれたの日本人というだけだよ」
頭が痛くなって来た。自分の前世って宇宙人だったの?そんでもって魂分裂して来てんの?何でこの人、前世の名前で呼ぶの?分からないことだらけで混乱する。
「地球でやりたい事があったから来たんだよ」
「はぁ……壮大ですねぇ……やりたい事ねぇ」
淡々と壮大な夢物語を語り出すので、時々ついていけない。私は頭を打ってから本当におかしくなったのかもしれない。
そんなことをグルグル考えていても、ユウは話を続ける。
「この星は転換期にさしかかっているから、多くの魂が呼ばれて来たんだよ。熟練の魂たちや双子の魂も数多く呼ばれてきているんだ」とユウは話した。
「うーん、その宇宙?地球壮計画的なものを思い出せと?」
「それももちろんあるけれど、僕は君を……1人にしたくなかった……。思い出してほしい……大切な君自身の事を。君を取り戻す為に来たんだよ」
ユウは言葉を選ぶようにゆっくりと話した。
「あなたが望んでることは、私が自分を思い出すことって事?」
「そうなるね」
「自分の何を思い出すの?具体的に言ってもらわないとわからない」
「うーん……強いていうなら魂の記憶」
「魂の記憶?もっと具体的なの、ちょーだい」
ユウは悩みながら、君自身の力で思い出す努力をしなければならないと話した。
「思い出す努力と言われてもなぁ……」
「アイリス、思い出して……」
なんだか胸の奥、そのもっと奥深くがザワザワする。何かが湧き上がってくるように。そっとしまってあった秘密の箱を突つかれているような、知らないでいてほしいような。ゾワゾワする感覚が表面に出てきそうな。怖くて不安で、冷や汗が背筋を伝った。
この感じは何だろう。
そして一体何を忘れているのだろう。地球でやりたいことってなんだろう。
どんなに頭を捻っても、全然、全く覚えてない。