3 猫と男の子
「まだいるよ……」
不安そうな大介が言う。
昨日と同じ場所で横たわる黒猫。車に跳ねられてそのままらしい。焼け付くようなアスファルトの上で干からびそうな姿になってしまっている。
でも昨日とは違う傷もついている。木の枝が体に刺さっているのだ。こんなに血だって出てなかったはず……。
今日もまた、見て見ぬふりをしなければならない。何も考えずに歩くようにと祖父が教えてくれていたからだ。理由は私が猫を連れてきては高熱を出してしまうから。
でも、このままほっとくの?
「どこか草むらに運ぼうか」
ポツリとそんな言葉が勝手に出てきた。
私もビックリしたけど、大介も驚いた顔をしていた。でもすぐにムッチムチの赤いほっぺを釣り上げて笑って頷いてくれた。
直接触ってはいけないと聞いていたから木の棒や、猫を乗せられそうな葉っぱなどを探した。ランドセルが重いから道の隅に下ろして探し回る。
自分の顔より大きいふきの葉と、テコの原理ってやつで持ち上げられそうな棒を見つけた。作業に移ろうとすると、後ろから「汚いから、そんなの触るな!」という罵声が飛んできた。
クラスのいじめっ子集団に遭遇してしまった。男の子3人女の子2人でつるんでいる奴らは猫を見るなりニヤニヤして棒で突こうとする。
「黒猫だからいいんだよ」
イジメっ子のうちの誰かがそう言った。
意味がわからない。何が良いのか。轢かれて更に体を弄られて。
私は黙って体をフキの葉に乗せようと試みた時、置いていたランドセルを蹴っ飛ばされた。
「さわんな、バイキンマン」
奴らのバイキンマンコールが始まる。
ああ、面倒くさい奴らだ。私は猫に触ってその手を奴らの顔まで伸ばしてやった。逃げるから追いかてやった。悲鳴をあげて散らばっていくアホ共を散らした。大介も若干引いてる。
「大介も嫌なら帰れば」とつっけんどんな態度で言ってしまった。大介はただ心配そうに見ているだけだったが、後から蹴っ飛ばされたランドセルをほろってくれていた。
大介は優しいけど、言い返さない。太っているってだけで時々イジられても何も言わない。
私は少し寄りたい場所があったので、大介とは別れて歩いた。
他には誰も通らないようなあぜ道を通って、お気に入りの秘密基地まで歩いた。
一応小川で手を洗った。涙がポロポロ溢れてきた。
家にいるのも学校にいるのもあまり好きじゃない。周りの声に傷ついてないわけじゃない。腹が立つだけ。意見が合わなければ離れればいいし、関わらなければいいのに、いじめっ子達は何故か攻撃する対象を探している。
「どうすればよかったかなぁ」
だってさ、見て見ぬふりも無理だし、あんな奴らと仲良く過ごすのも無理だもん。
独り言をぶつぶつと言っていると
「それでいいんだよ」と声がした。
私のすぐ後ろに男の子が立っていた。半袖半パンの男の子は白く光って見える。
人の気配なんてしなかったからビックリした。誰だったっけ。前にも会ったような。
「君は何も間違ってないよ」
「でもおじいちゃんのいいつけ破った」
「大丈夫だよ、一緒に聞いてあげるよ」
「うん……」
男の子は私と同じ目線にしゃがみ込むと話し続けた。
「おじいさんはね、君が大切だから心配しているだけでね、君の行動は悪いことじゃないんだよ」
そうかな、そうだといいな。
「あの黒猫さんの為に祈ってあげよう」彼は優しく笑って言ってくれた。
「どうやって祈るの?」
「お空で幸せに暮らせますようにとか……あの猫はちゃんといく場所があって、案内人が連れて行ってくれる……行く場所がちゃんとあるよ」
「そっか……別にね、猫が憑いててもいいの。怖いことさえなければ」
2人で木に登ってお祈りした。暖かい夕日と風に香る青葉が包み込んでくれているように感じた。
家に帰る前におじいちゃんの家に寄ることにした。ただなんとなくだったけど……。
おじいちゃんは庭の手入れが大好きな人で、色とりどりの花が咲いている。
庭の端には芝桜を敷き詰めていて、バラやチューリップ、百合、アスター、ダリア、ラベンダーが綺麗に植えられている。おじいちゃんお気に入りのパンジー、私が大好きなアリウムは特に沢山植えてくれて、帰りに持たせてくれることもある。
小さい畑ではミニトマトやきゅうり、アスパラも作っている。私が大好きなイチゴとメロンとバスカップも!
「また、連れてきちゃったのかい」
庭を抜ける前におじいちゃんに呼び止められた。
「うん……そうなの?かなぁ」
「そうかそうか」
おじいちゃんは少しの間黙っていた。
「今日は男の子が一緒だねぇ……どこで会った?……どこの子だい、この子は。一体何者を連れてきたんだね」と質問攻め。
いつもと違う雰囲気のおじいちゃんに戸惑っていたけど、暫くすると元のおじいちゃんに戻ってた。
「おじいちゃんごめん、無視できなかった」
「そうだよなぁ、難しいよなぁ」
「また鼻血出ちゃうかな。頭痛くなっちゃうかな」
「大丈夫さ」
穏やかさを取り繕っていたのか、次の瞬間、威嚇するような声をだした。
「悪いものならかかわらんでくれ」
おじいちゃんはとても怖い顔をしている。
男の子は何も話すことなく立っていて、2人は睨み合っているような状態が続いた。
おじいちゃんには男の子が見えるのか。話し声は聞こえるのかな。お母さんやお父さん、妹も見えないと話してた。幽霊の話をするとお父さんお母さんの顔はどんどん歪んで、暗くなり、醜いものでも見るような顔を私に向ける。
ひとりぼっちが寂しいから、友達がいないから構って欲しくて嘘をついているんだろうと言われた。 私が病院で見るものや、夜中の怖い出来事は全部感受性が強いからだって。気のせいなんだって。
そうじゃなきゃ、頭が腐ってるかのどっちかだって……。
おじいちゃん以外はみんな気味悪がったので、もうみんなの前では、話さないようにしている。
あまり熱を出さなくなったので、動物がなくなってしまってももう平気だ。最近はおじいちゃんの庭に、男の子と遊びに行く事が日課になっていた。
おじいちゃん手作りのブランコで、よく一緒に遊んだ。男の子の名前は〇〇ト君と言うらしいが、何度聞いてもなかなか聞き取れなかった。
色んな話をした。テレビCMの話とか映画の話や、本の話。
男の子は時々、唄を歌うことが好きみたいだ。よく鼻歌も歌っている。なんの曲かはわからない時もあったけど、とても心地のいいメロディだった。
最近よく男の子といる姿が見えるのが、おじいちゃんは良くないと話すこともあった。あっち側ばかりにいてはいけないって。現実の世界でも友達を作りなさいって。
男の子は幽霊じゃないし、生き霊でもないらしい。男の子は何処からきたのか何物なのかおじいちゃんにもわからない事があるんだなあと思った。