20 ピアノ
部活はやらないし、勉強だけで何もしないのも暇だし、思い切ってピアノを始める事にした。
年齢的には遅いってわかっている。でもやってみたい。
経験者やユウ、学校の音楽の先生からもピアノ教室へ習いに行くことを勧められて、自分で探す事にした。両親は月謝代を渋るだろうから、出してくれない場合はお小遣いから出す。それでも無理ならアルバイトでもやってみようかなと話すと、母が父には内緒でこっそりお小遣いを増やしてくれた。
ピアノの事は父には事後報告にする。何をやるにも最初からダメだと言われることはわかっている。
ならば、文句を言う暇を与えず、勝手に初めてしまえばいい。
ピアノはもちろん買ってもらえないので、お年玉で買ったキーボードで練習することに決めた。
学校からの帰り道で、よく見かけるピアノ教室に電話してみた。冬になるとサンタの電球を壁にぶら下げている可愛らしいお家だった。
先生は最初渋っていたけれど、本当にやりたいなら教えてくれるということになった。
後でわかった事だが、先生は優秀な生徒しか受け付けないらしく、主にコンクールで賞を取りたい子がくるのだと言っていた。
そうゆう事情も知らずに飛び入りでやらせてくれて感謝しかなかった。
ピアノは予想を超えて難しかった。簡単そうに見えても両手を自由に動かすのはとても頭を使うらしく、凄く疲れた。全く思うように動かない。
先生が大人の為の楽譜を用意してくれた。最初は指の運動ハノンからだ。徹底的に指の運動をしまくる。今後、難しい曲も弾けるようになる為の大切な練習なんだと先生は言った。ちゃんと引けないと、何度でも繰り返し弾かせる先生は時々凄く怖いけれど、沢山練習して弾けるようになったら、思いっきり褒めてくれる。
少しずつ簡単な曲も弾けるようになってきた。出来なかったことが出来るようになるって楽しい。
学校の先生に頼んで、音楽室を使わせてもらうこともある。本物のピアノで練習することができないからだ。
学校にあるグランドピアノは響きが違った。先生が言うように、本物のピアノじゃないと練習にならないらしい。
ピアノの鍵盤が重い。
いつもの練習より指が疲れるし、打鍵も思うように響かなくて苦戦した。
やっぱり生の音はとても心地よい。
前世で弾いてたなら、あっという間に思い出して弾けたら楽なのに。
そんな都合よくならない事がもどかしい。そんなのありえない事がよくわかる。
時々ユウも教えてくれた。音がもたつく時はしっかり弾くようにと指導してくれる。
ピアノを弾く音は聞こえてこないけど、動かす素振りが美しかった。綺麗な手だなと思った。
ユウがピアノを弾く姿を見ていると、胸の奥がうずく気がした。何だろう……ずっと見ていたいと思う。隣で一緒に弾けたらいいのに。
「昔も弾けてなら、今も弾けてもいいのに」
「それが出来ちゃうと、世の中の人は全員スーパーマンだよ」
「そうなんだけどさぁ、繋がりが強いんでしょ?私達の人生って」
「そうだね、思い出せれば弾けるかもしれないね」
「苦労せず弾けたらいいのなぁ」
「苦労するから楽しいことだってあるよ。僕もとっても練習したよ。生きている僕も。お母さんがピアノの先生だったんだよ」と言った。
「ピアノの先生だったんだ、いいなぁ」
「スパルタだったからピアノが嫌いになりそうな時もあったみたいだけどね」
「そうなんだ」
「でもいいじゃん、音楽に溢れてて。うちはいっさいないよ。海外アーティストなんて何喋ってるかわからない歌なんて何処がいいのって言うんだよ、信じられない発言だよね。あ〜ピアノがある家が良かったな〜」
「魂の目的が違うからね……そのような家じゃなかったんだよ」
「魂の目的?」
「そう、僕は音楽を届ける役割。君はそれを見つける役割。前世は君が届ける役割、僕が見つける役割で今とは逆だった」
「ふーん」
ユウは真剣な表情で語り出した。
「アイリス、君は必ず僕を見つけ出すよ。僕の声が分かるだろう?僕の音は迷わないから必ず君まで届くよ。そう歌っている。最初の一音で気づけるはずだよ」
「たった、一音で?」
「うん、必ず分かる」
「さすがに一音は難しいと思うよ」
「頭でも耳でも心でもなく、魂で聴くんだ」
胸にグーで手を当てて、
「魂で感じるんだ。魂で聴くんだよ。魂が震えたら僕だから」
しつこいくらい同じことをユウは繰り返した。
「魂はとても素直で正直だから嘘がないんだよ。嘘をつくのは心だったり頭で考えてしまうからだ。他の雑念と比べてしまうからただ。魂は真実を受け止める。1番正直な場所で感じたことは全て正しいから」
「魂で感じろと言われてもイマイチわからない」
ユウができるだけ、分かりやすいように噛み砕いて話してくれているのはわかるんだが、魂ってなんぞや?と思うわけだ。ユウ的にざっくり言うと「自分という存在を作り出す核のようなもの。心のもっと奥深くにある部分」らしい。
そこ(魂)が震えたら僕なんだよと……。
「僕の音は絶対に迷わない。揺れることもない。迷うくらいなら最初から書かない。僕の作る音にムダな音など一音もない」と断言するように言う。
気圧されるくらいの勢いで言われて、少したじろいでしまった。
「う、うん、わかった」
「僕からのお願いは音楽を聴くことを忘れないでくれって事だけだ。あとは来るべき時にやってくる」
その後もよくこの話になる。でも最初の一音で気づくって無理があるし、曲が迷わないってどうゆうことなのかもわからない。
本当にいるのかな……おっとっと妄想だったことを忘れてた。危ない危ない。
最近はユウに感化されすぎている気がする。
でもユウと話していると楽しい。




