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2 病院



 目を開けると、ビニールテントの中にいた。周りはザワザワしている。胸に何か沢山貼ってあるのが視界にうつった。病院のパジャマに着替えさせられていて、沢山の管や大きな機材も置いてあって、酸素マスクもつけている。大袈裟な音を立てているのは心電図ってやつみたいだ。


 目を覚ました私をお母さんが泣きそうな顔で覗き込んでいた。

慌てて看護師さんが先生を呼びにいく。


「どうだい?調子は?」

 防護服のような服に着替えた先生がテント内に入ってきた。

 私の様子を聴診器で見ながら聞く。


「自分の名前は言えるかい?」


 声がなかなか上手く出せない。体も全く動かなかった。指も鉛でもついているかのように重たく感じた。重力が5倍くらいになったみたいだ。


「話せそうにないかい?」

「マ、マスク……痛い」

「マスクが邪魔だったね」


 マスクをずらして少しだけ話をしたらまた酸素マスクをつけられた。


 喘息から急性の肺炎になってしまい、緊急入院になったらしい。


 微かに覚えている。慌てて処置の準備をする看護師さん。男の人の叫ぶ声。点滴を打ってくれた時「絶対助かるからね、頑張ろうね」っていう優しい声。先生がお母さんを叱る声。


「無菌室だからここから絶対出ないように」

男の先生はそう言った。暫くはカテーテルだけど、用を足すのもこのテント内だと言われた。


 お母さんはずっと涙目で謝っていた。何度も何度も。


 でもいつも入院になる。

大きな発作が起きても病院に連れて行ってくれない時もある。先生が薦める『ステロイド』という吸入薬を使わせてくれないからだと、最近わかってきた。お母さんは絶対使いたくない薬なんだと話していた。治療の方針が合わない先生だと担当も変えてしまうくらいに。


 きっとこの男の先生も熱心だから、変えられてしまうだろう。


「お子さんが死んでもいいんですか?」とはっきりと話してくれた先生もいたけど、お母さんは黙ってた。吸入器で助かる命が沢山あるから使って欲しいと頭を下げてくれた年配のお医者さんもいたし、私に決めさせようとしてくれたお医者さんもいたけど、また小学生だから親の許可が必要なんだって言ってたっけ。


 お母さんは泣いてるし謝ってるけど、きっと私が死んでも大丈夫なんだと思う。

 あと30分遅かったら生きてないって先生が話してる。今は安定してきてるけど、まだ安心できる状態じゃないって。でもやっぱり吸入器は嫌なんだって話している。

 そんな話の中で、私はまた眠った。



 夜中に目が覚める時もある。看護師さんが定期的に様子を見に来たり、点滴の交換やら注射やらで起きてしまった。


 1人は寂しい。


 病院の明かりは不気味で怖い。非常階段の電気が緑色で、外の青い光もまざってるから、なおのこと怖さが増す。あと赤い光だって時々点滅している。何かが息を潜めてるみたいに。


 病院は怖いからいつも大部屋をお願いしてるけど、今回はダメだった。


 お化けに会いませんようにと思った。でも今更、何を怖がってるんだろう。驚かさないように連れて行かれるなら、別にいいかも。

 峠は越えたって話していたけど、私が死んでもきっと誰も悲しまない。お父さんもお見舞いに来たことなんてないし。なんだか色んな考えが頭の中をぐるぐる回って嫌なことばかり思い出してしまう。



「大丈夫だよ」

 ポツリと呟く声がする。


 頭の中に響く声。


 病室に誰かいる。


 看護師さんが締め忘れたカーテン越しに男の子の姿が見えた。パジャマを着た男の子。白くぼんやり光って見える。

 きっと幽霊だろうけど……不思議と怖くはない。


「入院してる子?」

「ううん、君に会いに来たの」

「どこかに連れて行かれるの?」

「連れて行かないよ。僕はずっとここにいるから」


 質問しては答えてを繰り返して、なんだかんだ会話は続いた。私と同じ小学3年生くらいの男の子は生きている男の子の雰囲気と変わらなかった。幽霊がみんなこんな雰囲気ならちゃんと話せるのに。


 真夜中過ぎに会いにきてくれる優しいその子は、退屈な入院生活を紛らわせてくれた。

 色んなお話を聞かせてくれたし、絵本も読んでくれた。時々、得意な歌も唄ってくれる。心地いい声は深い眠りにつくまでの子守唄。

 みんなには内緒の秘密の時間が好きだった。


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