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探求の旅 前編

 ──知は宝なり。


 それが掲げる国が率先して世界中から集めた、ありとあらゆる知識や見聞を記した書物が眠るそこは、

国から許可をもらった者以外は立ち入ることを許されない塔。


 今の狩場であるマッシュルー大森林から、一つ山を越えた先に位置するそこはアンテレック王国内にある巨大書物庫。

 モンスターの素材を使った武器や防具の作り方図鑑は勿論のこと、自ら武器を手に戦うヒースは専門外である魔法について詳しく書かれた書もある、まさしく古今東西あらゆる知が貯蔵された聖域。


 ヒースは以前、この国で仕事を請け負ったことがある。この国を困らせていた盗賊を討伐した礼に、この場所の入場許可証を手に入れたのは三年ほど前になる。

 王国内にそびえ立つその塔の前にいた門番に許可証を見せると、かつて国を救った英雄を前に兵士は背筋を正す。

 せっかく来たのだから久しぶりに城にも寄って行かれよと誘われたが、忙しいことを理由に断る。朝日を浴びながら正面からその白レンガの塔を見上げた。


 塔は地下二階も含めて全十二階で構成されている。各階には何千冊以上の本が高い棚に敷き詰められており、一階だけでもあっという間に日が暮れる。さながら本に囲まれた迷宮だ。

 頭で考えても最良の答えが出ない問題に行き詰まった時はここへ来て、より確実な答えを得るためにここへ足を運ぶようにしている。

 今回のアレット。モンスターである彼女が名前を名乗る謎を紐解くヒントもきっとここにあるはずだ。モンスターに関する書物も沢山あるこの塔ならば明確な答えは見つからなくても何かしらあるに違いない。


 長丁場の調べ物になることを見越して、水とパンもいくらか持ってきた。塔の中は本を持ち出して読みながらでなければ、机に腰掛けて軽い飲食程度はして良いことになっている。

 これほどの巨大な建物の中に沢山の本があるならば誰でもこう思うだろう。一冊ぐらい盗んでもバレないのではないかと。が、その考えは甘い。なぜならこの塔にある本は不思議なチカラによって塔の外に持ち出せないようになっている。

 この塔に入る前に門番からもその旨を説明される。門番曰く、『盗んで外に出たとしてもすぐにバレるからな』。

 どうやら門番曰く、この塔の周囲には結界が張り巡らせてあるらしく、その結界は本に宿るチカラと連動しており、結界の外に本を持ち出そうとすれば、見えない壁──即ち結界がそのような邪な者を外には出さないのだという。


 闇雲に探し回っても無駄な時を過ごすだけだ。調べる本のジャンルを絞ってみることにした。アレットは生まれた時からずっと名前が自分の中にあると言っていた。モンスターはどのように数を増やし、繁殖するのか、どのように生まれるのかがよく分かる生態学の本をあさってみることにする。


 この塔は一般的な図書館のように、各階のどの棚にどのような本があるかは塔内にある案内板代わりの石碑に記されている。一つの本棚には同じジャンルの本が固められている。

 七階の生物学に関する本が沢山敷き詰められている本棚がある。ヒースは長い螺旋階段を駆け上がり、七階に到着した。ちょうど入口の横に七を示すひし形の石碑がつけられている。


 目的の場所に着くとモンスターの図鑑から生態系に関する本を10冊ほど抜き取り、誰もいない通路に座ってその場でパラパラとめくり始めた。聞こえる音は紙をめくる軽快な音と、外の建物の隙間を通って流れてくる風の音。

 10冊の確認が終わると次の10冊をとり、本棚のハシゴをよじ登り、上から順に辿って確認していく。こうすればいつか納得いく答えに行き着くはずだ。


 ただひたすらに黙々と本をめくる作業を続ける。その中に目的とは少し外れるが気になる一冊があった。その名も──「ヒトとモンスターの共存」。


 モンスターは種によっては人間が手懐けたり家畜として飼育される種もいる。


「知ってるよ。常識だろ」


 思わず、その通り書かれた常識が記された本に向かってツッコむヒース。リカントウルフも上手く手懐ければ番犬代わりとして短時間で役に立つし、臆病なコーカトリスはその肉が料理に使われる。


 当然、リカントウルフもコーカトリスも言葉を喋ったりしない。アレットみたいに人間と言葉を介して会話出来るモンスターというのも珍しい。パラパラとめくってはみたが、この本は結局、一般的な人間主体でモンスターとの共存について書かれているだけ。人間にとって何かしら利益になるがための共存にすぎない。そっと見切りをつけて本を閉じた。


 その後もひたすら本をめくってめくりまくる。ここに来てどれぐらいの時間が過ぎたか。ふと冷たい風がそっと吹いてきて、小窓を覗くと外はもう夜になっていた。どれほどの本をめくったか分からない。200冊は見ただろう。


 ちょっとここで一息ついて、持ってきた水筒の水でも飲みながら、見つけた情報を振り返ってみることにした。手掛かりとしては、充分にあるかもしれない可能性が一つだけある。これだけの本だ、もっと有力な情報はないかとそれだけで切り上げることはしなかった。だが、手掛かりを探しまくって現状あるのはこの一つだけ。その1ページの内容が心を落ち着かせると浮かび上がってきた。


 命の灯火が尽きた時、その魂が満たされず、成仏しないままこの世に漂って残ることがある。それはハンター達が狩ったモンスターだけでなく、逆に殺されたり志半ばで病や事故で力尽きた人間にも等しく起こる自然の摂理だ。


 成仏されない魂はやがて他の彷徨う魂などと融合して、生者に八つ当たりするかの如く、ゾンビやゴーストなどのアンデッドモンスターへと姿を変え現世に現れる。だがその彷徨う御霊みたまは必ずしもアンデッドになるわけではない。御霊によっては人間の手に余る未曾有のモンスターが生まれる可能性を生み、災いの引き金となりかねない。かつて地底より現れ、八年戦争を引き起こした悪魔、グラト・ヴェルゼバル以上の脅威も想定される。儀式をもっと精力的に行うべきだろう──


 と、アンデッドに関する書物に書かれていた。地底より現れし悪魔と同等の化け物が生まれる可能性が常にあることに警鐘を鳴らしている。悪魔といえば、熟練のハンターでも手こずるほど強大なチカラを併せ持った種族だ。


 アンデッドは総じて陽の光に弱く、日中は活動出来ないが、一度に出現する数が多い。その亡者の集団は成仏できず、彷徨い続ける命の多さを如実に表していると言える。過去にも退治クエストを請け負ったことがあるが、夜中に押し寄せた奴らの群れによって潰された村や街は数多い。中には噛んだ人間をそのまま自分達の同胞に、即ちアンデッド化させてしまう種もおり、根絶も苦労する。

 奴らを増やさないためにも、また、後の禍根を断つために各地を趣いて彷徨う魂を慰め、専門の儀式を行って成仏させる活動を行う団体が各地に存在するほどだ。


 そして、森で出会ったアレット。最初から名前があったと語った彼女の名前はどこから来ているのか。まだ決まったわけではない。もう少し調査してみなければ分からない。


 が、ここで一つの可能性がパズルのようにして組み上がる。


 彼女は、どこぞの悪ガキでも出来るごっこ遊びのように別の名前を名乗っているわけではない。目覚めた時、最初からあったというアレットという名前はどこから来たのか。


 そう、この本に沿ってみよう。あれは本当のアレットではない。本当にその名前を持っていた彼女はもうこの世にはいないからだ。彼女の御霊が成仏出来ず、しかもアンデッドにもならなかったとしたら────


『花が沢山生えている原っぱを駆け回っていると、ある時、炎とともに翼の生えたケダモノどもが周りを次々と燃やし尽くし、破壊していく夢だ。花は見ていてとても心地よいのだが、あのおぞましい軍勢は何なのか……』


 ふとアレットの言っていた、眠っていると出てくる夢の話を思い出す。あれも本当の彼女が経験した記憶そのものと言える。

 一度死んで生まれ変わった存在が、前世の記憶を持っているなどあり得ないのかもしれないが、アンデッドも元を辿れば無念の死を遂げて成仏できなかった命の怨念が原動力となっている。前世の記憶もひょっとしたら残っている可能性も充分にあるはずだ。


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