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四度目の遭遇 後編

 薄暗い洞窟の中。アレットは続ける。


「私は森の中で目覚めた。その時からだ。アレットという名前があるのは」

 この女の言い分がどこまで真実かは分からない。だが謎を解明する手掛かりは彼女の中にしかない。ヒースは話を聞く。

「名乗り続けてる理由はそれか?」

「理由は分からん。だが、とても大切な名前な気がするのだ」

 自分が何者か分からない。そんな戸惑いともとれる曇った顔。誰もそれを教えてくれない、その胸中に秘めたものはどれほどの苦しみなのか。ヒースには想像がつかない。彼女がどのように発生し、生まれたのかさえも。

 モンスターの発生というものは種によって様々な方法で生殖する。オスとメスが交尾して、必ずしも腹で子を成すとは限らないからだ。

 ハンターにとって生殖と聞いて代表的に挙げられるのはズバリ卵だ。竜や鳥類が巣で産むそれは、危険を冒して潜り込み盗んだものは持ち帰れば高値で売れ、種によっては卵一つで豪華な家や質の良い高等な装備が丸ごと買えてしまうこともある。

 が、彼女のような人型モンスターの場合はどう、個体を増やしているのか考えたこともない。人間には分からない文化があるのだと勝手に思っていた。


「とにもかくにも私は目が覚めた時からアレットなのだ」

 そう強く主張する彼女が言っていることは決して嘘ではないことは分かった。


 それから暫く、互いに言葉を交わすことなく、洞窟の外でひたすら激しく打ち付ける雨の景色は変わることを知らない。

 この雨という視界不良で愛車まで駆けていく自信もない。空はどんより灰色。暗くなってきた。今日はこのままこのモンスター娘の住処で野宿かと思った時、


「なあ、お前は自分が何者か知りたいと思ったことはないか?」

 ふと、ヒースはそう彼女に問う。雨は今は止まない。だが、雨が止んだ後、どうするかヒースは考えていた。いつものようにクエストの成果を報告して酒場で飯食って帰って寝るか? いや──


「ニンゲン、何か知っているのか?」

「いや、今は何も知らない。お前が普通のレディガードナーじゃないということはよく分かった。手間はかかるが、それを調べるアテがあるんだ」

「どのようなアテがあるのだ?」

「それはな──」

 今、住んでいる街から少し遠出になるが、一つある。山を一つ越えた先の王国の塔の中に巨大な書庫。調べ物にはうってつけの場所で先人達のあらゆる知識や見聞が書物化され、保管されている。そこならばもしかしたら……


「ふむ、なるほど。ニンゲンの書いた本が沢山ある場所があるのか」

 その話を聞いたアレットは腕を組み、意外にもすぐ納得した。そもそもコイツが本というものを読んだことがあるのか微妙だが。


「私は出来ることなら知りたい。気になって眠れない時がある。それに時々、ワケの分からぬ夢に見ることがある」

「夢?」

 モンスターでも夢を見ることがあるのか。

「花が沢山生えている原っぱを駆け回っていると、ある時、炎とともに翼の生えたケダモノどもが周りを次々と燃やし尽くし、破壊していく夢だ。花は見ていてとても心地よいのだが、あのおぞましい軍勢は何なのか……」


「なるほどな」

 何となくというか、予感はしたが、真実を確かめるまでは置いておく。

 夢というものは一般的にその者の頭の中や記憶をもとに睡眠によって構築される。魔術によって人に安らぎをもたらす夢や酷くうなされる悪夢を自由に見せるものがあるというが、それは聞き齧ったものにすぎない。

 実際、一月前に狩った、熱帯の荒野を駆け巡る竜が現れたことがある。海に潜って仕留めた長い巨体を持つ水竜の眼が出てきたことも。意識はしていなくても無意識に記憶に強く残ったものが夢という形になって現れているのだろう。


「本当に調べに行くつもりなのか?」

「ああ。ここへ来る度に会うお前をこのままにはしておけない」

 コイツの悩みを解消させれば、コイツのためにもなるだろうし、クエスト中にちょっかいを出してくることもなくなるかもしれない。悪い話ではない。


「だがニンゲン、貴様は本当にそれをやり遂げる覚悟があるのか? 私と会う度にまともに戦おうともせずにキノコだけ持って逃げていたではないか」

「グハッ……!」

  ここでアレットの図星とも言える言葉が壮絶にグサっと刺さる。

「気が移ろいで、やっぱり途中で投げ出して逃げられては私は真実を知れない。その言葉が本当ならば、私にしかとこの手に残る()()をみせてから行け」

「そうくるか……」


 確かにそれも一理ある。引き受けたはいいが、獰猛な獲物を前にしてクエストを放棄して依頼主に黙って逃げ出す、覚悟の足らない腰抜けどもの顔を何度も見てきた。

 これはアレットから受けるクエストだ。その言い分は逃げ出さない覚悟を示すものをここに置いていけということだろう。ならば。


 意を決するとヒースは自らの背中に背負うものに手を当てた。これまで戦火の中で幾百もの獲物を斬ってきたその刃に。



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