連鎖の遭遇 前編
あれから七つの日が過ぎた。その日もハンドルを握り、鉄の塊たる愛車を快晴の青空広がるマッシュルー大森林の奥へと走らせているヒース・トレヴァー。その目的は再びキノコの納品だ。
もっと派手な仕事はないのかというと、無いわけではない。だが、今は遠出をして山のようにでかい獣だの、大空を翔る飛龍だの、そんな大物の討伐クエストをとても受けれる状態ではないのだ。
いざクエストを受けて戦おうとすれば、何度やっても、標的を前に上手くいかず失敗してしまう。飛んでくる火球攻撃を避けきれず吹き飛ばされたり、高速で空から突っ込んでくる巨体を避けようとして壮絶に躓いたり、横から飛んできた巨大な足で蹴飛ばされて木っ端微塵にされたり。
以前はこんなはずじゃなかった。どんなに強大な相手でも剣を手に仕事はこなせた。だがいつからだろうか。耳をつんざく威嚇を放つ巨大な獲物を前に、怯まず勇猛果敢に立ち向かっても狩れない。考えた戦略が全くの違う方向から潰される。それで逃げ帰った夜の街の酒場では周りからもバカにされた。床に叩きつけられ、嘲笑われながら目の前に転がされた、一枚のお情けの金貨を、そいつらが帰った後に強く握り締めた。
そんな日々に疲れ、自らを酷使してることに気づいたある日、飯の種を探そうと掲示板を見ると貼ってあったのが本当に初歩の中の初歩。マッシュルー大森林奥の群生地にあるキノコ採取のお使いクエスト。
でかい獲物と交戦する必要もなければ、現場へは自分の車を飛ばすだけで行ける。マナタケを定期的に欲しがっているクエスト依頼者にとってはありがたいことこの上ないだろう。この手のクエストは好戦的な熟練のハンター達からは敬遠されることが多いのだから。
────さて。
すでに既視感のある場所に着いた。森の景色を見分ける方法はキノコの生え具合だ。この周辺の木の下にはキノコが沢山生えている。七日前に来た場所と同じだ。群生地だけあって育ちが早い。
ヒースは布袋を取り出し、生えているキノコをいっぱいになるまで収穫していく。今日もこれで仕事あがりだ。ちょろいぜとドヤ顔をしたその時。
「おい、オマエ! この前の……!」
凛とした声を背中に受け、振り向くとそれは七日前にも会った女騎士──もとい、モンスターだった。彼女はこちらを敵視する目で見ている。
「ああ、この前のだ。で、俺に何か用か?」
「ここからすぐ出て行け森を汚す者よ! 私が成敗してくれる!」
両手には剣と盾が握られており、構える女騎士アレット。
どうするか。もう任務は果たした。あとは適当に帰るだけ。が、このまま帰るのも癪だ。誰かがこの七日間で仕留めてくれたと思っていたが、そう都合の良い展開ではいかないか。それもそのはず、何かクエストでもなければ、下手すれば迷って出られなくなるこの大森林に踏み込む物好きはいない。
「いいぜ。ちょっとだけ相手をしてやる。小娘」
背中に背負う愛剣を抜き両手で構えた。
「誰が小娘か! 私をバカにするな!」
斬りかかってきたその剣先を一閃で一蹴する。だが持っている盾で間一髪それを防御すると後ろに跳び、持っている剣をこちら目掛けて投げ飛ばしてくる。
「くらえ!!」
彼女の手からブーメランの要領で離れた剣は円を高速で描きながらこちらを真っ二つにしようと迫る。これはこの種族、レディガードナーが使う固有の剣技だ。怪力と超人的なコントロールで剣を投げつけ、獲物の手や首を切りつけた後に手元に戻す。この攻撃を複数人でされれば、たちまち並みのパーティは戦況的にも肉体的にもバラけてしまう。だが。
飛んできた剣を弾き、軌道のズレた剣は足元の地面にぶっ刺さる。こうすれば戻ることもない。思わず、白い歯を見せてニッとなる。
「くっ、私の剣が……」
唇を噛んでこちらを見るその姿はどこか可愛らしい。
「どうした? 素手で俺とやり合うか?」
見ての通り持っているのは丸い盾だけ。右手はガラ空きだ。一気に攻め立てるぞと踏み出す──
「ふざけるなっ!!」
「ぶへっ、ぶはっ!!」
突然、土砂のような何かが視界を遮った。だがそれが何なのか。ヒースはすぐに分かった。そう、彼女が地面の土を掴み、こちらの顔を狙って投げつけたのだ。常人にはとても投げれない大きさの剣を投げる時点でたかが土と侮った威力の高さを思い知る。目が眩んで体制が維持できない。
剣を握っている手で直接目はこすれない。手の甲で目に入った土を払い視界が回復しかけると、目の前にいたあの女の右手にしっかり剣が握られていた。ただ構えているわけではない。瞼を閉じ、体からは微かに青白い光を放っている。その瞼が開かれた時、彼女の体から青白い光が多量に溢れる。
「な、なんだよその技!?」
「覚悟しろ!! たあっ!!」
その振り下ろされた剣は赤いオーラを帯び、威圧を放っている。その剣をどうにか防ぎ、刃と刃が交錯する鍔迫り合いになるが、先ほどまでとは比べ物にならない強さが剣筋から伝わってくる。
「くそっ、分が悪い!! これで終わりだ!!」
「あっ、逃げるなー!」
一旦後方に下がり、身の毛が弥立ち、その場を早々に後にした。近くに置いといたキノコの入った布袋を忘れず拾い、振り返らずひたすら来た道を止まらず走る。
ここで前回出くわした時からの予感が確信へと変わる。あのアレットと名乗るレディガードナー、通常の個体とは一線を画していることに。