初まりの遭遇 後編
「たぁっ!!!!」
大森林に凛とした声が響き渡る。陽に当たって光る剣と赤き盾を手に斬りかかってくる。その掛け声は可憐な少女そのものでありとても美しい。だがその姿に見とれて動きを止めてはならないことをハンター、ヒース・トレヴァーはよく知っていた。
レディガードナー。このマッシュルー大森林での生息は確認されていない種だが、モンスターとはいえ生き物である以上、それは珍しくはない。人間と同じように、中には自主的に住処を変えたりする種もいるからだ。
普段は巣を作り、四人から六人のグループで行動することの多い種だ。仲間を呼ばれないうちに、早めにケリをつけるべく、アレットと名乗ったモンスターの最初のひと振りを避けて後ろへと距離をとる。
「こんのぉ!!!」
しつこく剣を振りおろし、襲いかかってくる彼女に対し、手に握っている細長い刃に稲妻を帯びる愛剣【雷光疾風丸】を横に大振りすると、今度はアレットの方から後ろに下がった。
────今だ。
下がった所を見計らい、懐からある物を出して、彼女の顔面に向けて投げつけた。
「!? くっ、なんだこれは!!」
投げつけてやった目潰しの煙玉が破裂し、辺りを白煙に包み込む。ちょうど背後の足元に置いてある収穫したキノコが入った布袋を手に取り、
「はっ、何も見えねえだろう!! 今日は引き上げだ!!」
煙に覆われてこちらを視認出来ない彼女を尻目に、足早にその場を後にした。
女とはいえ、あれでも人間ではない存在だ。身体能力は向こうの方が格段に上であり、普通に走ればたちまち距離を詰められてしまう。
倒せないこともないが、仲間を呼ばれる前にズラかることにする。一体一体が強い集団相手に捕まれば、五体満足ではとてもすまされない。高い身体能力で攻撃を避け、前後左右からフクロ叩きにしてくる。それは足音を大きく立てて森林を跋扈する巨大な獣でさえも仕留めてしまう。
奴らはそうやって狩りをする習性のある種族なのだ。その美貌に目を奪われて、一人ぐらいお持ち帰りしようと企んだ男どもの顛末はいずれも無残なものしかない。
幸い一人であればこうやってやり過ごせる。姿が見えなくなるまで走ればこっちのもんだ。
今はとにかく、確実に明日への糧を手に入れること。あんな小娘とやり合っている場合ではないのだ。
モンスターを狩ってから帰るか? いや、それでは下手すれば命も危ないだけでなく、せっかくのキノコを納品出来ず無収入だ。飯どころではなくなる。ならば、より確実な方を選ぶ。
別に狩らなくても、心に余裕のありすぎる他のハンターが後からやってくれるだろう。今は余計な寄り道する余力は持ち合わせていない。
考えを巡らせながら、来た道をひたすら走っていると見慣れた飾らない茶色い車体が見えてきた。愛車に真っ先に乗り込むとエンジンを起動し、ハンドルをグルグル回し、森の中を走り抜けていく。
ミラーで車の後ろに誰もいないのを確認するとホッと息をついた。これまで戦わずして逃げたモンスターの数など覚えていない。分が悪いのであれば逃げるのみだからだ。もう二度と会うこともないだろう。
この時はそう思って車で踵を返したヒース。だが、これがまだ序章であることを、彼はまだ知らなかった。