初まりの遭遇 前編
日差しが道を照らし、左右にはひたすら木陰の続いていく道。土煙をあげ、自然の静寂を打ち破りながら、走り抜けていく巨大な鉄の塊。
腐るほど生えた小さな雑草をその車輪が下敷きにし、角を生やした草食動物達がその場違いな姿を見るや一斉に森の向こうへと走って消えていく。
そんな光景をよそに足でブレーキを踏むと、窓の外の流れ行く森林の景色がその場でピタッと止まった。
運転席の窓越し、そこから見える無数の木々に生い茂る草。そのうち一本の大木の根本に視線を向ける。そこにはやはり事前情報通り、赤色に黄色のぶち模様の入ったカサがいくつも生えていた。
──よし、今日のメシの種発見、と。
ひとまず安堵する。よろず屋から買った地図の通りに車を走らせて来てみたが不安だったのだ。特に目印もない森が続く道。地図以外に頼れるのは方角を指し示す方位磁針だけ。
動かないがようやく見つけた獲物だ。思わずニヤリとする。このマッシュルーの大森林の中をおよそ三十分、この茶色いボディの決して飾らない愛車で走っている。
四角い古い鉄の塊を適当に仕上げたような車体から降り、積んである愛用の鎧で武装をし、背中に長剣を帯刀し、いざ依頼開始だ。
大森林の奥地にあるこの場所は魔力の宿ったキノコ──マナタケの群生地である。駆け出しの魔道士からベテランまで、幅広く調合や魔法の源にしているマナタケ。これが不足すれば困る人間がいる。今日の仕事はそれの納品だ。指定されたそのキノコは今、目の前に生えている。
草むらの生い茂る大地を踏み、大木の根本の近くまで行き、更に森の向こうを見るとそれはそれはメシの種があらゆる木の根本に顔を出しているではないか。
まさにカネが落ちているようなもの。思わず目を輝かせる。文句無しの群生地だ。さっきまではひたすら森の道が続いていただけあり、一際特別な場所のように感じた。
布袋を取り出し、早速すぐ近くにあるマナタケから一つ、また一つと摘んで入れていく。このキノコ単体では大した値段にならないが、袋いっぱいに集めればそれなりのカネになる。
キノコの近くにいた小さなアリ達は、キノコを摘み取る巨人の腕に気づいて一目散に逃げ去り、かき集める勢いで集めていく。大木の根本に腰を下ろせるぐらいのスペースが出来上がると今度はそこから向こうにある各所の木の根本にある、同種のキノコに視線を向け、腰をあげて一歩踏み出そうとした時のこと。
────ん!?
木で死角となっている左側から草が揺れる音がした。横切るように現れたその姿に一瞬で目を奪われた。握っている布袋から自然と手を離すほどに。
木の枝と葉の隙間を抜けて降る陽の光によって神々しく輝く、足まで届きそうなくらい長い金髪。やや赤く光り、ゆらゆらとなびくその毛先はどこか神秘的だ。頭部には赤い宝石のついたリングをつけ、赤い鎧に身を纏い、胸の谷間と腹部、太もも、腕を露出させている。
整った体格に加え、実に健康的で白い艶やかな肌。そして極めつけは一見、優しさに満ちていると錯覚させるほど美しい翡翠の双眸。
身長もこちらより少し小さいがそれほど差はない。一見すると十代後半の少女だった。女にしては長身の部類だ。
「──はっ!」
意識を確かなものにすると慌てて大量のキノコが入った布袋が傍にあるのを確認すると立ち上がり、落ち着いて背中の鞘に収めている剣を抜いて握った。
あれは少女などではない。一見、目を奪われる美しさを持った人間に見えるが、実際は竜や悪魔などと同様に人に危害を加える列記とした魔物である。
その美貌で男を誘惑し仕留めるために生まれてきたかのように、彼女達は女騎士の姿をしている。
女はこちらを見るや、不機嫌な目をして、
「オマエは誰だ? 何をしている!」
「通りすがりのハンターだ。マナタケ集めをしている」
息をし、体制を崩さず、その質問に答えた。
「ハンターだと……!」
因縁をつける鋭い視線がこちらに向けられる。向こうは人間の言葉を解し、感情表現する。何も知らなければただの人間と変わらない。知能が一際優れた個体のようだ。
「仕事の邪魔をするって所だな、その眼は。俺の名前はヒース・トレヴァー。悪いが、ここでブッタ斬る」
構えて前につきだした刃。この手の人型モンスターとの戦いはこれが初めてではない。見た目は限りなく人間に近いが、ゴブリンのような亜人種とそう変わらない。すぐに終わらせてやる。そんなヒースの一心が剣に宿り、同時に稲妻が走る。雷属性を帯びた剣。
が、次の瞬間、彼女の口から衝撃の一言が放たれる。
「ニンゲン、よく聞け。我が名はアレット! この聖域を汚す者に裁きを下さん!」
そう、どういうわけか、自然に自分の名前を名乗ったのだ。赤いオーラを纏った右手に剣、左手には丸い盾を出現させながら。
相手はモンスターだ。そこら辺の獰猛なハウンドウルフと同じで名前をつける親などいない。いや、彼らにも個々を識別する名前が実はあるのかもしれないが、人間様はそんなものはお構いなしに狩っていく。彼女の場合、言葉を解するほどの知能があるのは分かるが、一体全体その名前は誰が与えたのか。
本来、彼女のような人型の類は敵である人間を前に、掛け声ばかりで殆ど言葉を使わない。出会えば獲物に飛びかかる獣と変わらない。以前、別の仕事にて、そんな魔物をロープで拘束したことがあるが尋問してももがき、暴れるだけで会話が全く成立しなかった。見た目はか弱い少女なのに。
だが彼女──アレットは最初から自分に名前があるように名乗り、それ以前にこちらを見るや何をしているかも訊いてきた。大違いだ。
何者なのか。疑問を抱きながらもヒースは剣を構えた。