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ある日、森の中で女騎士のモンスターに出会った  作者: オウサキ・セファー
初まりの終わりと新たなる始まり
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初まりの終わりと新たなる始まり 前編

 車を走らせて着いた先はヒースにとってはお馴染みの二階建ての赤い屋根と白いコンクリートの家。

 後ろには高台があり、そこから眺めると大海原が顔を出す。森と緑に囲まれたこの空間に建っているのがハンター、ヒース・トレヴァーの住まいである。


「おおー! ここがヒースの家か! 想像以上にでかいな!」

「お前は何を想像してたんだよ」

 助手席から降り立ったアレットに対し、呆れながらツッコむヒース。


 一人暮らしで住むにはとても広すぎるこの家。掃除は億劫なので必要最低限のものしか置いていない。部屋をコーディネートするインテリアとかいうものは皆無で、奥の空き部屋にはクエストの報酬でもらったものを倉庫の要領で所狭しと収納していたりもする。


 この家自体も、とあるクエストの報酬として二年前にドーンとプレゼントされた物だ。当時はとある街の、寝るスペースしかない狭い一室に住んでいたが、もっと良い家に住みたいと思っていた時にその仕事が舞い込んできたのだが……思い出したくもない。

 結果、住んではみたものの一人で使うには余り過ぎるスペースは倉庫と化していたのは少々勿体なかったかもしれないと、真実をアレットに伝えに行く前に思った。

  何せ一階だけでも部屋が三つ、二階は部屋が二つもあるのだ。一人で住むならば一部屋、あるいは二部屋だけで充分だろう。良い家に住みたいという願いが叶って、二年前は歓喜したが、こうして家族が一人増えると視野が広がったような気がした。


 彼女を直接住ませる許可に関してはこの家の主はこちら側なので必要ない。ここから少し行った先の街のギルドと役所で届出をすれば良い。無論、彼女と従魔の契約をした上で。


 アレットを車に乗せたのも当然初めてだ。その時の彼女は、


 『わーっ、凄い! クルマというものはこんなに速かったのか!』


 と、まるで子供のようにはしゃいでいたが、彼女に従魔になる道を示した時の悩んだ末の言葉はこうだった。


『──ヒース、同じ孤独だった存在同士、ともに生きよう。私を連れて行ってはくれないか』


 なんてキザな事を言いつつもすり寄ってきた。子供なのか大人なのか、よく分からない奴だ。死ぬ前の本当のアレットがどんな人間だったのかも全く知らないわけだが。


「おい、ヒース。何しているんだ。中に入らないのか?」

 家の玄関前でアレットが立っていた。


「ああ、すまん。見ての通り、一人で住むには広すぎる家だ」


 クエストの報酬などを詰め込んだ倉庫として使っている部屋は一階奥の一部屋。それ以外は必要最低限のものしか置いていない。一階リビングには木製のテーブルと椅子、寝床にはベッド、二階の書斎には本棚。残りの一室が空室になっている。玄関に入ると廊下の向こうに階段があり、上がった先がその書斎と空室に繋がる。アレットには二階の部屋を使ってもらう事にした。


「私の部屋は二階にあるのか! 行ってきていいか?」

「いいぞ」

 お前の部屋は階段上がって右手の部屋だと伝えるとアレットは走って二階に駆け上がっていった。

「ホント、子供だな……」


「おおーっ、これが二階から見る景色か! んー、海からの風が気持ちがいいなー!」


 早速部屋に入って窓を開けてその眺めを堪能しているようだ。やれやれ。夕飯の支度でもするとしよう。鎧から軽装に着替えて早速準備に入った。いつも一人なので誰かとここで飯を食うのはいつぶりの事か。


 何もないのにここまで喜んでもらえると気持ちが晴れやかになってくる。アレットに真実を伝えるよりも前にここへ戻ってきて、それで予め下準備をしておいて正解だったかもしれない──


 アレットに会うよりも前に車を飛ばしてここへ戻ってきた理由は二つある。以前、使う事はないと倉庫の奥に放り込んだあの紙──従魔の血判状の確認だ。

 血判状は疲れて戻ってきたあの日と同じ状態だった。その紙切れ一枚は綺麗に整え、今は手元に保管してある。


 今になって思えば、全ての始まりだったかもしれないこの紙切れ。それがなぜ店で買い取ってもらえなかったのか。アレットについて調べる中でヒースは既に答えを得ていた。

 血判状が取引されて広まる事で一般的に従魔という存在が広く普及してしまう事をよく思わない人間がいる。従魔の存在はハンターの存在を脅かす。ハンターだけでなく自ら武器を手に武を振るう王国騎士などの職業全般の立場が危うくなる懸念が根強いのが根幹にある。


 もし、誰もが当たり前に従魔を手にする事が出来るようになってしまったらどうなるか。人間が自ら戦うよりも、人間にはない強力なチカラを秘めたモンスターを従魔にして使役した方が便利な事に違いないだろう。そうなれば無駄に人間が仕事で命を落とす事も無くなり、武器を手にわざわざ危険な戦いの場に赴く必要も無くなる。

 従魔を量産し、従魔を使役出来る人間が、今まで武器を手に戦い続けてきた人間にとって代わる──そんな可能性さえ出てきてしまう。


 自らの武を商売道具にする者は多い。そうなれば最悪、彼らは仕事を失う。そしたら何を生業とすればいいのか。今まで従魔に関心がなかったので知らなかった事だが──従魔を扱う人間には常識だったらしい──今回の一件で普段とまた違った世界の側面を突き付けられた。


 従魔の血判状に関する法は国によって多少違いはあれど、今住んでいるこの国では店で売る事は出来ない。だが仕方がない事だったのだと今ならば分かる。


 血判状はその国の法を定めている国そのものとギルドから公認された上で譲渡したりクエストの報酬で渡すのは認められているが、それ以外で血判状と金銭を取引する事は禁止されている。統治する側の目に触れるようにする事は抑制をかける意味では最も効果的であり賢明なのかもしれない。

 更に調べて同時に分かった事だが、人知れぬ暗黒街の闇市では血判状がこっそり取引されているのだという。取引された血判状を使い、多数のモンスターを無理矢理契約させ、奴隷のように扱う者達がいるのだとか。


 法によって抑制し、影でそういう集団が暗躍して力をつけるほど、この紙切れは使い方次第で危険な代物ともなり得る。そのためこの紙切れが広く一般的に流通すれば、世界の構造はたちまち変わってしまう事は大いに想定出来る。


「おお、この家にこんな湯があるとは!」


 部屋を見に行った後、先にアレットを風呂に入れた。そう、もう一つ行ったのが部屋の掃除だ。余計に待たせたくなかったので埃まみれの空室を真っ先に綺麗にし、洗面台と風呂周りは念入りに清掃した。


 モンスターとはいえ、体はほぼ人間の女そのもの。水浴びのための施設は整えてやるべきだ。この手のモンスターは体を洗う際、噂によると誰にも見られない場所で自ら身につけてるものを着脱して洗っているという。以前、酒場でその水浴びの様子を写真に収めた事がある勇者の話をきいた事があるが、実際に本当に写真撮れたのか疑わしかった所だ。


 種族の特徴である鎧や武具から着替えてしまえば、彼女もモンスターとはまず気づかれないだろう。足まで届きそうな美しい金髪にスタイル抜群な体は見る人を惹き付けるに違いないが。


「なあ、ヒースは入らないのか? 気持ちいいぞ!」

 脱衣所で暫く様子を見ていると、扉の向こうからアレットの声が聞こえてきた。それまで一人暮らしだったとはいえ、プレゼントされた時からこの家の風呂は無駄にでかい。六人は浸かれるほどだ。一人で入るにはスペースがあり余る常に貸し切り状態だ。が、誰もいない寂しさも感じる。


「お前が上がってから入るよ」

 いくら広い部屋に二人暮らしとはいえ、超えてはならない線というものがある。最もこの血判状で契りを結べば、超えるという選択をする者もいるのかもしれないが。


 その後、風呂上がりで寝間着に身を纏い、バスタオルを被ったアレットが居間に姿を表した。

「ふうー、とても気持ち良かったぞー、ヒース」

 その姿はモンスターと思わなければ普通の人間にしか見えない。

「夕飯の前に契約とっとと済ませるか」

「そ、そうだな」


 ここへ来る前の車の中で説明は済ませてある。扱いは従魔とはいえ、アレットはともに生きるための必要な儀式であると納得してくれた。この家に住むためのものであると。

 折ってある茶色い紙を開き、テーブルの上に置く。その内容を最後に見たのがいつ頃か思い出せない。

 この紙切れが血判状であることを知り、無関心のままとにかく報酬が少ない事に腹を立ててからはろくに中身も見ていなかったが、左右に黒い円が描かれており、その真上には、


『契約を結ぶ者よ、左に主、右に従魔となる者の血で印をせよ。この契約はこの紙が存在する限り有効とする』


 と何となく読める独特な文字で書かれているだけのものだった。それを見たヒースは頷く。

「ヒース。契約のためにはその紙に何をするんだ?」

「いいか、よく見てろよ」

 覚悟を決めるとナイフを取り出し、それを使って人差し指の腹から微量の生き血を出し、人差し指を左の円の上にそっと置いた。

 その指を離すと、見事に円の中央には赤い血判が現れていた。

「じ、自分の血を使って印をするのか?」

 アレットは少し引いた様子だった。

「そうだ。嫌なら俺が血をとってやってもいいぞ?」

「いい! 自分でする! これは大事な儀式だろう?」


 首をブンブンとムキになって横に振ったアレットは唾を飲み込むと、同じように人差し指の腹からの血を円の中にそっと置いた。すると大きく息をついてこちらを向く。

「ふぅ……ヒース……今日から私はオマエの従魔だ。なんでも言ってくれ。オマエの力になろう」


 胸に手を当て、その笑顔は、それまで一人だったという状況から解放された事による安らぎのようにも映った。


「よろしくな、ヒース!」

 こちらを向いたその微笑みは太陽のように眩しかった。

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