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今語られし真実 前編

「待ちかねたぞ! 随分遅かったじゃないか」

「悪かったな」


 車を飛ばし、彼女の待つ洞窟へと足を運ぶと、当人はとてもやきもきとした落ち着きのない様子でこちらを出迎えてきた。腕を組み、貧乏ゆすりをしながら。


「まず最初に俺の剣を返せ」

「いや、ニンゲン、オマエの持つ情報を教えてもらう方が先だ! デタラメを話されても困るからな」

「デタラメじゃない。むしろ、凄いショックを受ける話だと思うぞ。それでもいいのか?」


 念のため前置きをすると、アレットは一瞬怯んだ顔をした。

「ショック……? どんな風にだ?」

「お前は自分が何者か知りたがっているだろう? それはお前の思ったようなものではないと言っているんだ。そのオツムでどんな予想が出来る?」

 アレットは黙り込むと俯いて何かを考えながら、たどたどしく言葉を発する。

「それは無論、私はニンゲンではない存在で……どこかにカゾクでもいるのかと……アレットという名前も知らないうちに誰かがつけてくれて、それを私は知らぬうちに忘れているだけなんじゃないかと──」

「全然違うな。じゃあ遠慮なく言わせてもらうぞ」

 首を振り、呆れた否定の言葉で彼女の口を遮る。


「うむ。では、聞こうではないか」

「落ち着いて聞いてくれ。お前は元々は俺達と同じ人間だったんだ」

「に、ニンゲン!? 私がか!?」

 よほど信じられないのか、アレットは仰天した様子で大きく目を丸くした。それまでゴミのように見下してきたニンゲンと、まさか自分も同じだったとはこれっぽっちも思っていないゆえの驚愕と困惑に満ちた表情。

「お前、時々夢にうなされるって言ってたよな。あれは本当のアレットが体験した記憶の一部なんだ」

「ま、待ってくれ! それは私ではないのか? 私はアレットだぞ!」

 自分の存在意義が揺らぎ始めたのか、必死に訴える眼差しを向けてくる。


「身に覚えがないんだろう? その夢に出てきた風景も、アレットという名前がどこから出てきたのかも」

 花が沢山ある原っぱを駆け回っていると、炎とともに翼の生えたケダモノどもが周りを次々と燃やし尽くし、破壊していく夢である。


「あぁ、その通りだ……不気味な話だ。だが実は私は忘れているだけではないのか?」

 忘れているという言葉が果たしてどこまで本当なのか。現実を受け入れられないから。受け入れればそれまでの自分を丸ごと否定してしまうことになるから。実際はビビって、適当に言い訳しているのだろう。

 記憶もよほど良くなければ時間とともに内容は少しずつ移り変わりやがて忘れる。ましてや寝ている間の夢の出来事など。彼女の言う事も実際の事実とは微妙に少し違うのかもしれない。だがうなされているのは事実。さて、


 これは調べた情報を元に俺の立てた推測だが、と前置きをした上で。

「本当のアレットはどこか平和でのどかな村に暮らす元気な少女だった。だがその村が三十年前、悪魔の軍勢の襲撃に晒され、アレットはあっさり殺されてしまった」

「バカな。私は一回死んだというのか? くっ、そんな敵が来たら剣で斬り捨ててるというのに」

「その時のお前はただの一人の人間であってモンスターではないからな。そこ間違えるなよ」

「では、死んだ後、私はどうなったのだ?」

 ヒースのツッコミに怯まず、真剣な眼差しを向けるアレット。


「理不尽にも死んだ少女の御霊は成仏することもなく、癒されることもなく、彷徨い続けた」

「それが私だというのか!? んー、何だか時々空を飛んでるような夢が出てきたような、出なかったような……」

「そうだ。それがその時の断片的な記憶だろうな」

 夢となって現れるのも、元がそういう存在だったからなのだろう。同じ経緯を辿って生まれたモンスター達も睡眠の時はそういう夢を見ているのかもしれない。


「成仏しないで彷徨い続けた御霊は、基本的にアンデッドになる。ゾンビとかゴーストの類だ」

「私はあんな不気味で汚らわしい奴らと一緒だというのか!?」

「しっ、落ち着け。続けるぞ」

 取り乱す彼女を落ち着かせ、話を続ける。


「安らぎを得ず、彷徨う御霊は時折アンデッドとは違うモンスターになることがあるという。調べているうちに俺は思った。お前もそうなんじゃないかとな」

「そうなのか?」

「お前が一匹の野良モンスターのくせに人間と殆ど変わらないくらい流暢に言葉を喋ることが出来、かつアレットという名前があるのも、不幸にも死んだ少女が御霊となって彷徨い、新たな形で像を結んで生まれたからと考えればしっくり来る」


「そうか。だから私は森の中で急に目が覚めたのだな……」

 アレットは胸に右手をそっと当てた。だが複雑な顔をしている。受け入れきれていないのかもしれない。

「どうだ。これが俺の知ってる全てだ。分かったか?」

「ああ……」

 アレットは下を向いたままそっと頷いた。どこまで理解したのかは分からないが、自分がどういう存在かは理解出来たようだ。


「私はこれまで自分がどんな存在かよく分からなかった。それを知りたくても、ニンゲンは皆、私を見て恐れ、武器を向けてきた。私も食べ物欲しさにニンゲンを襲ったこともある。そうして歩き続けてきた」

 三十年前に死んだが、実際どれぐらいアレットは生きてきたのか。たぶん彼女も把握していないだろう。

 

「なるほど。それなら仕方ないよな、あてもなく彷徨う戦いの日々を送るのも。野良モンスターに手を差し伸べる奴がいないと思うのも必然だ。モンスターも俺ら人間を襲うからな」


 推察するに、最初生まれて間もない頃、付近の人間から話を聞こうとしたが逆に襲われて、そんな日々を送っているうちに余裕も徐々に磨り減っていった。安住の地もない、手を差し延べる者もいない、身に覚えのない出来事が夢となって出てくる。ただ毎日が孤独な日々を過ごしてきたのだろう。人間とモンスターが互いに対立関係にあるゆえの悲劇だ。


「ニンゲン、一つ訊いていいか?」

「なんだ、さっきのことへの質問か?」

 アレットは首を横に振って、

「違う……オマエはなぜ私の話を本気で聞いてくれただけでなく、私が知りたいと思ったことまで調べてくれた? なぜここまでしてくれる? 他のニンゲンならば私のことを敵とみなして攻撃を仕掛けてきたというのに」


「お前もモンスターとして生まれてきたくてそうなったわけじゃないだろ。しかも元はニンゲン。孤独で苦しんでるように見えた。それだけだ」

 孤独は人を苦しめる。何かに拘束され、自由を得られない人間は特に。


「じゃあただの気まぐれか? 私の存在はその程度なのか?」


「いや、違う。少し昔話をしよう。俺の実家はこっから遥か遠くにある領主の家なんだが、色々あってな。今はこうして一人で家を離れてハンターとして自給自足の生活をしている」

「領主とはなんだ? 王のようなものか?」

 元は人間でも、その辺の単語の意味はよく知らないようだ。

「まあ、そんなとこだ。本当の王より少し規模の小さい特定の土地を治めてる王様といった所だ」

「なら食べ物もカネも困らないではないか。贅沢な男だな」

 ヒースはそっと首を横に振った。


「いーや、食い物やカネには困らなくても、幸せとは限らねえよ。毎日、拘束されて勉強、勉強、勉強……親父の後を継いで次期領主にならないといけねえから、毎日徹底的にしごかれた」

「原っぱを駆け回ることも許されないのか?」

「ああ、剣の稽古とかそういう訓練ばっかりで、自分の道を勝手に決められ、他人に押し付けられてるようでならなかった」


 まるで監獄だ。自分の道はただ一本しかないというのを洗脳、強要されているようであり、窮屈極まりなかったあの日々。


「しかもだ。俺には二つ年の離れた弟がいるんだが、不真面目な俺と違ってそいつは家の言うことを素直に聞くわ、勉強も剣の稽古も真面目にするわで優等生。親父も家の奴らもみんな弟を可愛がってた」

「一緒に暮らしているのにか……?」

「ああ。家族だからって幸せとは限らない。俺の居場所はどこにもないと悟った。飯やカネはあっても、俺は自由に餓えていた。だから家出して遠出して、遠く離れた街でハンター見習いを数年やってここまで来たんだ」


 束縛から抜け出したくて、自由を求めて飛び出した。その長い旅路の中で様々な人間に会ってきたが、それでも一人剣を振るい続けているうちにその爽快感でいつしか忘れてしまっていたのかもしれない。実際はずっと孤独だったことに。


「オマエもずっと彷徨い続けてきたのだな……だから、同じだった私のために色々してくれたというわけか」


 こちらの話に耳を傾けていたアレットは納得したようだ。

「ああ。お前を倒そうとすると剣筋が鈍る」

「そうか。であれば、私の望みを叶えるのは難しいか」

 何だろうか。とても言いにくそうに言葉を濁す。

 

「なんだそれは。自分が人間だったから思ったことか?」


「頼みがある。私を──斬って欲しい」




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