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第2話 タシュケントの広場

ー連邦暦2116年3月8日 連邦ウレスラル中央 タシュケント旧市街ー


 演習からの帰投後のある日、私は基地から少し離れた市内の広場を訪れた。広場には市場バザールが立ち、食べ物から高級品まで様々なものが売買されている。 よくある市場の光景が、そこかしこで繰り広げられている。

「20キュミスにしてくれ」

「25だ」

「じゃあ別のところで買う」

「これを売ってるのはここらでうちだけだ」

「他の店を知ってる」

「待て待て、うちのは特別なんだ」


 私は、いい匂いのする屋台に立ち寄った。


「エトナン、1つ」


 煮込んだ羊肉を厚いパン生地で包んだ、エトナンの店だ。店番をしている青年が屋台の奥に呼び掛けると、鍋で肉を煮詰めていたのだろうか、店長らしい壮年の元気な声が返った。

「一丁ですー」

「あいよ」

 その青年が、私をちらと見た。

 銀髪に赤目、褐色の肌という私の容姿は、いかに混沌としたキビジュの交易都市と言えども目立つ。アルキカ族は本来、極北に住む少数部族で、こんな南で見かけることは滅多にないだろう。

 彼もそんな物珍しさから、私を覗き見たに違いない。ただそれを指摘するだけの勇気はなかったのか、あらぬ方向に目を逸らして黙っていた。

 そうしているうちに、熱々のエトナンが完成したようだ。「どうぞ」とぶっきらぼうに言う彼の手から包み紙を受け取って、店を去った。


 その広場に置かれた長椅子の一つに座って、私は羊肉を包んだパンにかぶりついた。そして、航空母航空艦「薄雲ジュクァブルト」の舷側甲板でヨアン姉さんが言っていたことを思い出していた。

「海洋協商か……」


 連邦暦2110年、命暦では1990年に締結された海洋協商条約は、海上航路を自国経済の命綱とする列強の経済・軍事同盟だ。

 インド洋と南地中海を結ぶアレクサンドリア運河を領土に持つオステン帝国。 かつて対立していた、クークス大州の二大帝国主義国家で植民地を多く持っている、エンクラント王国とイェンツェ=カルマール同盟。

 この三大国を中心に、巨大な領土と人口、市場を抱える連合体となっている。


 対する連邦は、海洋協商条約に反発する国々に接近している。

 代表的な国が、秋津ジューシン王国とイラン王国だ。

 帝国主義をとる秋津王国はかつてキビジュ帝国との戦争に勝利した歴史を持つ。他国の自国圏への介入を嫌って、海洋国家であるにも関わらず、海洋協商条約には参加しなかった。

 イラン王国は、宗派の異なる隣国オステン帝国への敵対感情が長年あり、戦前・戦中の宥和政策から転換して、かねてより関係の深かった連邦に接近した。

 両国ともに三大洋に面しており、内陸に位置する連邦にとって、他の大陸と連絡できる重要な足場だ。


 海洋協商条約の目的はいたって単純だ。

 それは、連邦ウレスラルの海洋進出を抑え込むこと。


 マッシリア終戦条約でクークス大州戦争が終わってから20年、戦後の世界秩序の歪みが顕在化し始めている。

 そういった地域の人々が、連邦の治世に対して不満を抱えている。この沿海の周辺地域を足場に、海に連邦が飛び出してくるのを阻止しているのが、海洋協商だ。


 連邦にとって特に脅威となりつつある問題は、この二つだ。

 戦後、連邦が自国領に併合した大華世界北部地域(北華地方)。今や大華世界で大きな求心力を持つ大華民国への統合を望んでいる。昨年2113年には、現地の武装勢力が連邦軍への攻撃を開始し、各地で戦闘が継続している。

 もう一つは、クークス系の農耕民であるにも関わらず、旧帝国による併合以降、長く遊牧国家の一部となってきたルース族。イェンツェ系の住民も多く、キビジュ帝国時代も独立運動が起こったことがある。


 ーー国境地帯の部隊に圧力をかけてきている。


 報道こそされないものの、連邦軍人の間で稀に噂に聞く程度に信頼の置ける情報だ。イェンツェ=カルマール同盟軍は、連邦軍現地部隊への威嚇行為を行っている。


 近年、軍事力の伸長が目立つ海洋協商諸国を警戒して、連邦軍も軍備増強を図ってきた。私の属する第0試験戦闘機大隊も、その一環だ。今後、航空機の活用法を模索して、幾つも大隊ができるだろう。独立した研究機関も新設されるという話もある。


 これから航空機はどうなっていくのでしょうか、メイ姉さん?



「あれ、ルフィナ?」

 顔を上げると、考え込んでいた私に話しかけてきたのは、同じ中隊長のカヴチュールだった。カラコルム士官学校の出身だが、私と同じ年に卒業し、最初の戦闘機大隊員の打診を受けた。歳は34。ムンガル系の赤みがかった肌で、切り揃えた綺麗な黒髪をしている。

「カヴチュール。私服を買えとあれほど、」

「いいだろ、別に。目立ちゃしないんだ」

「まぁ、そうだけど」

「ルフィナこそ、一般市民に擬態して」

「一応、うちは機密部隊なんだ。そしてここは国際都市だぞ」

「疑い深いなぁ」

 連邦軍の軍服は、その前身である青年クリルタイ軍の意匠を受け継いでいる。仮にも反乱勢力であるので、革命前は、そんな服で街に出ることなど考えられなかった。

 だから、軍服で出歩く軍人を見ると、私は強烈な違和感を覚えてしまう。

 彼も、そうやって無自覚に私の感覚を刺激してくる人間の一人だ。

「何か考えてたな? その顔」

「察しのいいことで」

「なんだ〜? 大隊長の愚痴なら聞くぞ〜」

「無礼な大隊員だ」

「どうやら違ったらしい。さあ、なんだ?」

「……何でもない」

「どうせ小難しいことを考えていたんだろう。そんなことは本部の連中に任せておけばいいじゃないか」

「私たちは機械ではないんだぞ。そんな近代軍アルムみたいな考え方では、思考停止するだけだ」

「僕は飛べればそれでいいがね」

「飛びたければ飛行船舶を持つ商人に雇われればよかったじゃないか」

「昔は、そうしたかったんだ。だが僕の家は翼軍の職業軍人の家でね。それは連邦になっても変わらなかった」

「……すまない」

 連邦時代になっても、家の束縛を逃れられない者は数多くいる。ヨアン姉さんとメイ姉さんが目指した理想は、まだ完全に実現したわけじゃない。私のように、自分で生きる道を選べた者だけではないのだ。

「いいんだ。今はこうして空を飛べてる。高度600mを140km/hだぞ! なんて素晴らしい時代じゃないか!」

「うん、そうだな」

 飛行機乗りの一部を支える情熱を、カヴチュールは持っていた。


 それはメイ姉さんも。

 私も。

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