AIに奪われない仕事
やあやあ、主任への昇進おめでとう。
君の新入社員の頃を知った身としてはいささか感慨深いね。緊張で人前では喋れなかったあの君が、叱咤し教育する後輩を少しずつ抱えてゆく過程を眺めるのは、疾うの昔に息子らの手が離れた身としては、なかなかの娯楽であったよ。
ははは、おめでたくなんかない、という顔をしているね。僅かな昇給に対し、跳ね上がる責任に、押しつぶされるような心地だろう。
刑罰のハイパー・インフレーションとでも言おうか。みんなが通る道さ。
私は何度でも言うよ、「おめでとう」!
さて、既知と思うが、今後の君の主な仕事を説明しよう。儀式だと思って、どうか最後まで聞いてくれ。
民間航空機・舵面構造解析班における、強度解析結果の承認作業が主となるわけで……確認が終われば「|強度結果最終承認確定印《きょうどけっかさいしゅうしょうにんかくていいん》」を押す、それが君の仕事だ。勿論デジタルスタンプさ。
あらゆる強度計算結果はAIによって出力される。
便利な世の中さ、昔はね、強度検討したければ、先ずは梁、スキン、ロッドといったものにモデル化してメッシュを切って、どれだけ荷重がかかるか計算した上で、個別に解析ソフトなりエクセルで作ったツールなりを使って安全率を求めたわけだが、今やその作業すべてをAIがやってくれるわけだからね。
そして、君は、その結果に間違いがないと判断したならば、「confirmed」の欄にチェックを入れる。
通称「責任印」。なぜこう呼ばれているか。
さて、もしも事故が起こったとしよう。原因究明が行われて、どの箇所のどんな計算やモデル化が不正確だったのかが、事故後一週間以内にAIによって判定される。
そして、どのAI出力結果に問題があったかが判別されて、その計算結果に、もしも君のスタンプが押されていたのなら、責任は君や君のさらに上司が問われ、時に刑事罰が科される。
御愁傷様!
AIは責任を取らない。
破壊モードの考慮が足りなかったとしても、間違った試験結果が入力されていたためだとしても、単に修正されるだけさ。
責任はいつだって人間が取らなきゃならない。
だからこその「責任印」さ。
「ハンコを押す」。
AIが忌み嫌った行為さ。
君は――いや君だけじゃなく――この「ハンコを押す」という作業の為に、大学へ、がんばって勉強をして入り、高い学費を払って卒業し、会社に入ってからもいくつもの試験を受けさせられた。
君の人生の大半は、このたった「ハンコを押す」という作業のために費やされたわけだ。
いい反応だ。
「やってられねえ」。そんな顔をしている。
ま、喜ばしいことに航空機事故による死亡事故は着実に減っているが。
確認作業そのものが不要だという声もある! AIを疑ってはならぬ、さ!
それは極端な意見だが、しかし確認作業に割く時間も予算もどんどん減らされている。実績とともに精度も上がっているからね。
だが事故をゼロにはできない。
必要であるはずの作業時間が減らされて、予算も減らされて……それなのに、事故が起こったときの責任は確実に取らされる。
予言しておくが、今後しばらくの問題は、技術の継承だろう。破壊モードの考慮なんていろいろ考えることが多くて、AIも見逃しが結構多く……、
なんてね。脅して悪いかったが、実のところ、航空機関連のAIに関してはかなり精度も高いし、強力なスペックを持つコンピュータを使用できる。
安心していい。コトが起こった時は、運が悪かったと思うことだね。
なんせ、一度の事故で人が何百人と死ぬわけだから。
本当に問題となるのは、例えば、ひとがひとりふたり死ぬような現場さ。低スペックのコンピュータを使って、実績の信用できない信頼性の低いAIを使用して低価格で治具を作る。
「運が悪かった」。
その言葉ですべてを解決せざるを得ない時代が、すぐそこにある。