(9)
グウェンをしっかりと抱きしめて、ちゃんと安全な所に連れて行くからと、この子とケイティに心の中で誓いました。
ネッド君にも会わせてあげたいですし。
『ぁぁ……ぅぅぅ…………』
『ぁぁぁぁ…………』
そこで、誰のものかもわからない不気味な声がして、今度は顔をこわばらせることになりました。
ディランさんとケニーさんが、同時に足元を見ています。
「地下への入り口はどこだ」
お二人が辺りを捜索します。
「ディランさん、ケイティの足元に……」
板の継ぎ目をよくよく見ると、四角く切り込みが入っている部分がありました。
と、言った直後にバンっとそれが跳ね上がり、下から人の形をした何かが次々と這い上がってこようとしていました。
「教会の扉を閉じる。速やかに退避しろ」
すぐさまケニーさんの指示が飛んできました。
「ディランさんっ」
「来い、ステラ」
扉を開けて外の様子を確認したディランさんが私を呼び、促されて外に出ました。
あの猿もどきはもういないようですが、今度は逆方向に走りながら背後を気にしなければなりません。
ケニーさんが教会の扉を閉めてくれているのを確認しました。
「いいから、前を見て走れ」
ディランさんから注意を受けた直後のことでした。
突然何かに足を掴まれて、前のめりに倒れて手と膝をついてしまいました。
まだ首がしっかりしていないグウェンを放り出してしまわないように、慌てて抱き込みます。
見ると、排水溝から身を乗り出した動く死者が、足首を掴んでいました。
腐敗した顔を間近で見てしまい、泣きたくなります。
「ステラ!!」
ディランさんが鞘に入った剣を思いっきり振り上げて、私の足を掴んでいた者の頭を殴りつけていました。
死者は吹っ飛んでいったので、その隙に立ち上がって、また走ります。
「屋敷に急げ!」
ケニーさんが、後ろを警戒しながら叫びました。
一生懸命に走っても、結果として、私達は屋敷に到達する事ができませんでした。
何処からか現れた呪われた亡者に囲まれる中、なんとか影で縛り上げて動きを止めている状況となってしまったのです。
腐敗しかけている死者の群れに囲まれている、この状況下で落ち着いて集中力を保っていられるのは、正直なところ、ディランさんとケニーさんのおかげです。
私一人では怖くて泣き出していたと思います。
「さて、どうするかだ」
随分と落ち着き払った様子ではありましたが、ケニーさんが困り顔で周りを見ています。
亡者の群れは倒す事はできません。
切っても首を落としても、いつの間にか再生して動き回ることと思います。
そんなことをエレンさんが言っていました。
私には、この状況を打破する良い考えが浮かんできません。
「ステラ。さっき、お前の足首掴んだ奴がいただろ」
ディランさんが何を思っているのか、それを話し始めました。
「はい」
「あいつ、絶対にお前のスカートの中を覗いた」
「はい?」
思わず変なところから声が出ました。
「ああ、だからディラン君は、一撃に容赦がなかったんだね。なるほど、なるほど。可愛いなぁ。若いっていいなぁ」
今、それを言うところなのですか?
ケニーさんがははははと笑い、ディランさんはとてつもなく不機嫌そうにしています。
亡者に囲まれている中での会話ではありません。
気持ちを切り替えるようにふぅーっと息を吐いたディランさんが、辺りを見回しながらケニーさんにそれを尋ねました。
「ケニー。あんたが決めろ。俺達は今すぐグリース国内のある場所に戻る手段はある。だが、それを行えばステラの魔法は解けて、この訳の分からない死者が野放しになる。ここに止まるなら、ステラの魔法がいつまでもつかわからない」
「君達だけでも戻っていいんだよ」
「そう言うわけにもいかないだろ。ステラと赤子だけ先に戻してもいいが」
「ダメです」
思わず言ってしまいましたが、冷静に考えればそれも視野に入れなければなりません。
「光属性の魔法使いの応援ってのはいつ来るんだ」
「緊急信号を送っただけだから詳細はわからないが、王都から向かっているなら、早くて三日後……」
移動にゲートを利用できないのは、不便です。
グリース王国独自のものではありますから。
「三日も寝ないでおくのは、さすがに無理だろ」
「が、頑張れば……でも、その前に魔力切れを起こしてしまいそうです」
村人の数だけ存在していると思われる死者の群れを縛っておくのは、三日ももちそうにありません。
「ステラ。魔力が切れる前に、グウェンとグリースに戻れ。いいな?」
「…………わかりました」
ここはグウェンの安全が優先されます。
「その時はディランさんとケニーさんに申告しますので、できるだけ安全な場所に移動してください」
「この亡者の群れのどこかに道を作れるといいのだが……さすがのおじさんも、逃げ道を確保するのには苦労しそうだ」
影で縛ってしまっている分、彫像を置いているような感じになってしまっているので、掻き分けて進むというのも難しいものがありました。
「建物の上とかは、どうですか?」
「亡者達を足場にしてか……ケニー、行けるか?」
「足を掴まれる前に駆け抜ける必要があるな。足掴まれて前のめりに倒れたら、村人の皆さんから熱烈なキスを受けることになるだろうから」
ケニーさんは軽口で答えますが、それはとてつもなくおぞましい光景となります。
「指先までしっかりと動きを止めるのは難しいので、やっぱり……あっ……」
やめた方がいいと言おうとして、その気配に気付いて村の入り口の方を見ました。
私につられて、ディランさんとケニーさんも同じ方向を見ました。
その途端にでした。
辺りがやわらかな光に包まれたのは。




