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ゴミ掃除を終えた私達は、またすぐにジェレミー様が待つ場所へと戻っていました。
隣を歩くギデオン様はとても満足した様子です。
倉庫のような広い部屋に入ると、中央には、こちらは不満げな様子のサイラスさんがいました。
次の私達の任務は、虐殺行為とは打って変わって平和的なものとなります。
お姉様が用意した病に効く薬を、魔法士団でドルティエル王国へとお届けします。
これが“運び屋”ってやつですね。
部屋には、たくさんの木箱と共にラシャド様の姿もありました。
「で、どうして、直接あっちに薬を届けるんだ?ただの親切心じゃないだろ?」
疑問を口にしたギデオン様に、ラシャド様が答えました。
「向こうにはこちら側の協力者がいるよ。彼に渡せば、上手く使ってくれる。協力者の指示に従ってくれて構わないから。大丈夫。貴方にとっても、きっと悪い事にはならない」
何か目的があっての事なのだと理解しますが、詳細は後でわかるよと省かれます。
余談ですが、私の顔を見たラシャド様が、妙に納得したようなお顔をされていました。
そう言えば、しばらくフードを被るのを忘れていました。
もうすっかり、必要のないものになっていたようです。
「アリソンと仲良くしてくれてありがとう」
いつもそんな風にアリソン様に微笑まれているのか、私に話しかけてくださる様子は、家族に向けられているような安心感を与えてくれます。
「いえ!私の方こそ、アリソン様にたくさん助けられました」
「この件が片付いたら、ディランと一緒にお茶会に招待させてね」
「あ、えっと、はい、ありがとうございます」
「では、薬の方は任せたよ」
ラシャド様とジェレミー様に見送られて、たくさんの箱と共に大型の転移魔法陣を三人がかりで作り、隣国へ移動しました。
そこで待ち受けていた協力者さんを見て、驚く事になりましたが……
「ステラ……」
パッと、瞬きの間に景色が変わったかと思うと、目の前に立つシリル兄様が私を見つめていました。
「シリルにぃ様」
確かに会いたかったけど、心の準備がまったくできてない状況で立ち尽くしてしまっていました。
それは、シリルにぃ様も同様のようでした。
「邪魔だ、ステラ。止まるな」
ギデオン様にドンっと背中を押され、勢いでシリルにぃ様の胸に抱き止められます。
記憶の中よりも、広い胸に。
私の両肩に手を置いたシリルにぃ様が、目を見開いて私を見下ろしていました。
「ごめんなさい……にぃ様にたくさんの心配をかけて、悲しい思いをさせました」
「ステラが無事ならそれで……なのに、俺は、ステラを傷付けた……」
にぃ様から、何とかそんな言葉が紡がれます。
「なぁ、悪いけど、ゆっくり会話を楽しんでいる場合じゃない。こっちも立て込んでいるんだ。あんたが協力者だろ?こいつは魔法士団にいるから、積もる話があるのなら、落ち着いたらそっちに来い。今は、この山をどうにかしてくれ」
不機嫌な様子のギデオン様の言葉に、シリルにぃ様は何か言いたげではありますが動き出します。
にぃ様が周囲にいた人達に指示を出すと、みるみるうちに、木箱の山は無くなっていきました。
「あとは俺に任せて。グリース王国への侵攻はもう大丈夫だから。国境に向かっている軍を引かせることができる。ステラもグリースに戻って待ってて」
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だから」
シリルにぃ様は、力強く頷きます。
「国境に壁ができてるから、その向こうで待ってて」
今度は、不思議な事を言いました。
「壁、ですか?」
そんなのあったでしょうか?
疑問に思いつつ、行けばわかると、心配してやまない国境沿いの騎士団と合流する事になりました。
にぃ様の言葉の意味はすぐにわかりました。
「ほわ──」
間の抜けた声と共に、白い息が吐き出されます。
雪が降る国境の森林を、巨大な氷の壁が横断していました。
端と端が見えません。
朝日が昇る中、ギデオン様とサイラスさんと並んで、氷でできた壁を見上げていました。
ロクサス様の魔法です!
とんでもない規模です!
物理的に国交を断絶させています。
眠気なんか飛んでしまいます。
でも、巨大な氷を見ながら、さらに雪もうっすら積もっているので、寒くてローブを掻き合わせました。
ディランさん、この寒さの中活動されているのかと思うと、早く事態が終息してほしいと願います。
「あれ、最後どうすんだ。簡単に消えないだろ。俺か。俺が溶かさないといけないのか」
規模が大きすぎて、ギデオン様の嘆きはどこか他人事に思えました。
「ステラに吸い取ってもらえばいんじゃないすか?」
私は吸い取り機ですか?サイラスさん。
「あの大きさはちょっと……」
許容量を超えて、胸焼けしそうです。
お腹も冷やしそうですし……
「サイラス、同じ水属性だろ。水魔法ぶつけて、ぱーんとかやって消せないのか」
「いや、さすがにないでしょ」
「やっぱ、俺なのか?しょーがねーな。ロクサスは?」
「その辺で寝てるんじゃないっすか?ていうか、今回は冬眠じゃないっすかね」
サイラスさんが言いながら、キョロキョロと辺りを見回しています。
「あ、いたいた」
向こうを見ると、茂みに上半身を突っ込んで寝ているロクサス様の姿がありました。
サイラスさんが駆け寄って行き、拾ってきた木の枝で脚をつついています。
ギデオン様も近付いて、呼吸状態なんかを確認していました。
私はその場で、御三方を眺めていました。
その光景が平和過ぎて、ここが最前線の、さらに魔物もいる森だと忘れていたのです。
背後で、ガサガサと音がしました。
獣?魔物かもと、振り向くと、見慣れない鎧姿の男性が立っていました。
焦点が定まっていない男性の顔色は悪く、蒼白を通り越して灰色に見えますし、目は血走っています。
口の端に泡状の涎が見え、腕を突き出し、フラフラと近付いて来る異様な雰囲気に、対応が遅れました。
「やっ……」
集中しようとしても気持ちが焦って上手くいかず、ギデオン様を呼ぼうとすると、音も無く駆け寄ってきた人影が、目の前で、あっという間にその男性を取り押さえていました。
「上位魔法使いが四人もいて、何やってんだ。緊張感なさすぎだろ」
「とか言って、ステラちゃんが来てると聞いて探してたんだよな?タイミングよく助けられてよかったな」
「うるさい、ユージーン」
現れたのは、ディランさんと副隊長さんでした。
驚く事が重なって、口を開けたままでいると、
「ギデオン!」
その間に、ギデオン様にディランさんが声をかけています。
その姿を見るのは久しぶりで、ポーッと見つめてしまっていました。
無事で良かった……
「俺らジャマ?」
真横から聞こえた言葉に、そんな事はありませんサイラスさんと、言えたかどうかは……
「氷の壁をしばらくそのままにして欲しいそうだ。王命だ。ドルティエルで、反王派による反乱が起きた」
「へぇ。それはまた。いい気味だ」
こちらにやって来たギデオン様が楽しげに目を細めました。
初めて見せる顔です。
「こっちに飛び火しないように、しばらく壁をそのままにしとくそうだ。賠償請求済むまで、もつといいな」
「余裕だろ」
お二人が話す間に、取り押さえられた男性が水の膜に包まれ、拘束されます。
サイラスさんの魔法ですね。
「うへぇ……これが例の病人?」
「これ、便利だな。革袋にいれているみたいだ。この病人が森に放たれて、人を襲って病気を広めるようなんだ。今のところ被害はないけど、病気の進行具合は三段階あって、これは二段階目。これより悪化すると動きが機敏になって、凶暴性が増して、人に噛み付いてくるらしい。原始的な攻撃だがタフだから厄介だと説明を受けたよ」
副隊長さんが補足してくれました。
こんな人達の対応を、ディランさん達はずっとされていたのですね。
「ステラ、いいところに来た。あと三人ほど森の中を彷徨っている病人がいるらしい。鳥飛ばして探してくれ」
「わかりました。町への境界に気を付けながら探してみます」
使い魔の鳥を飛ばし、さらに樹々が視界を遮ると思うので犬型の使い魔も二頭放ちました。
「犬もいるのか。便利だな」
「魔力の消費はかなり激しくなります」
「無理はするなと言いたいが、ぶっ倒れたら、すぐそこにあるミナージュ家の屋敷に連れて行ってやるよ」
「おい、俺の前でお持ち帰り発言するとはいい度胸だな」
そこでギデオン様が、ディランさんに殺気を向けました。
「は?何を聞いたらそうなる」
「あの!いました!」
今にも決闘を始めそうなお二人の意識をこちらに向けてもらいます。
「俺、ここでこの人とロクサスさんの監視しておくんで、行ってらっしゃい」
水のクッションの上に座ったサイラスさんに見送られて、動き出しました。
犬が吠えて知らせてくれている方向に、ディランさん達を案内します。
ピリピリしたお二人に挟まれる事になった私と副隊長さんでしたが、残りの三名全員を捕獲するまでに、そんなに時間はかかりませんでした。




