7
ミナージュ家のタウンハウスにディランへの伝言を頼みに行くと、そこで実家に帰ったようだと聞いて、急いだ。
ミナージュ家のおじ様から帰省する際に利用していいからと、ゲートの利用許可証をいただいている。
ほんの短時間でミナージュ領のお屋敷に行くと、今度は女の子を連れてうちの領地との境目に向かったと聞いた。
直感でその子がステラだと思い、シリルと顔を見合わすと、厩舎で馬を二頭借りて、そこに急いだ。
そこは初めて行く場所だけど、小説の中の情報で何となくは知っていた。
多分、廃屋の事で、そこでステラは魔女といたような描写があった気がするけど、だから、嫌な予感はしていた。
でも、ステラに会える。
その希望を胸に、急いでいた。
シリルを先導するように馬を駆けさせ、急いでその場に行くと、
「ステラ!!」
ディランの声が聞こえた。
それも、切羽詰まったような声で、ステラの名前を呼んでいる。
シリルが馬から下りて走り出し、私もそれに続く。
感動の再会まではできないのだとしても、あの子の無事な姿が確認できると希望を膨らませていたのに、私が目にしたのは、木々に囲まれた場所で剣を抜いているディラン。
目を引いたのは、広い背中に広がる赤い染み。
そして、足下に滴り落ちる、赤い血。
咳き込み、息苦しそうに立つ姿。
対峙していたのは、ステラ。
シーブルーの瞳は間違えようがない。
学園で一緒に過ごしたステラの姿も重なる。
目の前にいる黒髪に褐色の肌の少女は、上位魔法使いのローブを着たステラで、でも、あり得ない事に、手から伸びた蔓のようなものが、剣と腕を一体化させており、握りしめたそれをディランに向けている。
ディランのあの怪我は、ステラが負わせたの?
どうして……
この状況は、何?
理解が追いつかない。
「エステル、来るな!!」
ほんの一瞬だけ私の姿を確認したディランが叫ぶと、ステラが私の方を向いた。
「お姉様が、私を殺しに来た……」
ぼーっと虚空を見つめていたステラは、猛スピードでディランの脇を通り抜けると、私めがけて─────
「くっ」
何が自分の身に起きようとしていたのか、まったく反応できずにいると、シリルに抱きしめられながら、地面に押し倒されていた。
シリルのすぐ後ろを、煌めく刃がブンっと音を立てて通り過ぎていく。
それを、目の前で見ていた。
何、何が起きたの?
「どうして……」
呟くような声に、ステラを見た。
悲しげにシリルを見ている。
「シリルにぃ様も……エステルお姉様を選ぶの?お姉様は、私を殺そうとしているのに……」
今、ステラは本気で私を殺そうとしていた。
殺さないと、殺されると思っているからなの……?
「ステラ、私は貴女を殺したりなんかしない。貴女を守りたかったの!!でも、できなくて、幼い貴女をあんな森に置き去りにして……ごめんなさい」
「エステル、こいつはこんな事を言ったりしない!!操られている」
ステラが振りかぶった剣を、すぐさま間に入ったディランが受けていた。
「どんな、馬鹿力しているんだ」
小柄なステラが片手で打ち下ろした剣を、ディランが両手で受け止め、尚且つ歯を食いしばって押し返さなければならない。
明らかに異常な光景だった。
シリルに助け起こされると、腕を引かれてすぐ様ディラン達から距離を取っていた。
フワリと浮くように後ろに下がったステラは、また、シリルに視線を向けた。
「愛人の娘は、愛人にしかなれない。シリルにぃ様がそう言ったの。私はただの愛人で日陰の存在になるって。お母様みたいに。ディランさんも、シリルにぃ様も、エステルお姉様を選ぶ。私は選ばれない。男爵家の生まれだから、エステルお姉様はどちらとも結ばれないのに。だからいっそ、その生まれの通りに平民になればいいって思ったの」
シリルは、顔を強ばらせて、唇を震わせていた。
一方のステラは無表情で、淡々とした様子で言葉を紡いでいく。
「私はお姉様とオードリー様の秘密を知ってる。だから、生きている事が知られた今、私はお姉様達に殺される。私が、オードリー様の恥を喋るから」
「ステラ、貴女、知っていたの?」
「だから、エステル!!こいつはこんな事を言わない!!10年、ずっと一人で秘密を抱え込んで生きてきたんだ!!泣くほどにタリスライトに帰りたいと思っていても、帰れずに。ずっと、タリスライトと“シリルにぃ様”を恋しがっていた。それを我慢して、耐えて、子供の頃の幸せな思い出全部否定して、全部、エステルの幸せを願ってのことだ!!」
そこでまた、ディランが咳き込んだ。
口の端に赤い筋が見えたのは、吐血しているから。
胸からの出血を見るに、肺にダメージを受けているんだ。
このままでは、ディランの命に関わる。
ステラが操られているって、どうやって止めたらいいの?
「お姉様達がいたから、お母様は日陰の存在にならなければならなかった。オードリー様がいつまでもお父様を離さなかったから」
「ステラ……」
その通りなのだ。
お母様は、早くあの男と決別するべきだった。
でも、貴族女性が離婚して、一人で生きていけるはずがなくて、ましてや子供を育てられるはずもなく、頼るべき相手があの伯父なのだから、それもできなくて、一人で悩んで、苦しんで、だから……
「夫の事を狂おしいほどに愛していながら、他の男と簡単に情事に及ぶ事ができる。滑稽。今のお姉様みたい。シリルにぃ様もディランさんも振り回して」
胸が痛む。
ほんの少しの気の迷い。心が弱っていた時に犯した過ち。
すぐに後悔する事になって……
ステラの言う通り、私も、同じ事をしようとしていた。
安易に楽な方に逃げて。
相手の事も考えずに。
「私達の幸せを邪魔したお姉様が憎い。私から全部奪っていくお姉様なんか嫌い。お姉様達がいなければ。お姉様達がいたから、お母様は孤独に死んでいかなければならなかった。お姉様さえいなければ」
こんなにも、ステラの事を追い詰めて……
「エステル。惑わされるな。お前が学園で見てきたステラの姿を信じていいんだ。こいつは、本心隠せるほど器用じゃない。全部顔に出るのに、こんな事を腹に溜めたままお前に無邪気に笑いかけるはずないだろ。逆なんだ。言ってる事が」
また、振り下ろされてきた剣を、ディランが弾く。
その度にディランの足元に、ボタボタと赤い血が滴り落ちていく。
こんな傷を負って、平気なはずがない。
なのにディランは絶対に退こうとはしなかった。
思い出した。
今、唐突に、小説の内容を思い出した。
ステラが闇堕ちするきっかけは、魔女に誑かされたからだ。
小説の中のステラはディランの事が好きだったけど、結局、どのルートだって、一度はエステルとディランが必ず婚約する。
ステラの恋が報われなくて、魔女に精神を侵され弟子としての契約を結んだステラは、エステルを殺そうとして、魔力を暴走させる。
魔女の弟子は簡単に死ななくて、でも愛した人に心臓を壊されたら死ぬって……
だから、ディランが……
目の前の光景が、小説の内容と重なる。
それを知ってても、今さら思い出しても、私に何ができるの?
何の役にも立たない。
「私を苦しめる者は、邪魔な者は消しなさいって、お師匠様が言うの」
ステラはずっと、私を殺そうとしている。
振り下ろされた剣をディランが受け止める。
「ステラに、エステルを傷付けさせない」
かなりの出血量なのに、ディランは尚も、私とステラの間に立っている。
「お姉様の方が大事だから。私の味方はしてくれない」
「お前が!!傷付くだろ!!大好きなエステルに怪我をさせれば!!」
操られているステラが私を殺すくらいなら、ディランはそれを止める為に、だからステラを……
最悪な展開が頭をよぎった。
唯一生き残れるディランルートだって、ディランは幸せになれたわけじゃない。
自分の大切な女の子をその手で殺めたせいで、苦しんで、苦しんで。
結局、ディランはステラのことを好きだったから……
“私の運命に巻き込まれるディランさんを守って”
妹が言っていた意味はこれだったんだ……
妹……ステラ…………
私がどこかで選択を誤ったから。
保身のためにディランに求婚してしまったから。
「お姉様なんかいなくなればいい」
その言葉に、再びステラに意識を向けた。
私が死ねば、ステラはディランに殺されなくて済む?
「お師匠様の言った通りに……」
想いあっている二人がこれ以上傷つけあう事がないように……今すぐにでもどちらかが致命傷を負いそうで、ディランの状態だってかなり悪いのに、迷っている時間なんかない。
守るように私の肩を抱き寄せていたシリルの腕を解き、ステラに近付こうとした。
これが、正しい選択なんだ。
ステラの腕にある剣を受け止めてあげるだけでいい。
後の事は、ディランが、シリルが、ステラを守ってくれる。
でも、私の判断を嘲笑うように目の前で光が弾けたかと思うと、見えない何かが行く手を阻んでそれ以上進む事ができず、その向こう側ではディランの剣がステラに向けられていた。




