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「医者だ!医者を呼べ!」
大きなお屋敷の広い廊下を、バタバタと大人たちが走っていきます。
目の前では、お父さまが床にしゃがみ込んで、倒れたばかりのお姉さまを抱き起こしていました。
わたしと同じくらいの小さな体のお姉さまをです。
「エステル、しっかりしろ!頼む、お前までいなくならないでくれ。今、医者に診てもらうからな。部屋は準備できているのか?」
「はい!今すぐにお嬢様をお運びします」
「いい!私が運ぶ」
目を閉じたままのお姉さまを抱え上げたお父さまは、そのまま他の大人の人たちと一緒に走って行ってしまいました。
その背中を、ただただ見送る事しかできませんでした。
床に足が張り付いたように動かず、呆然と立ち尽くして、ポツーンと、とても高い天井の玄関ホールで、私一人取り残されます。
何が起きたのか。
目の前で人が倒れて、心臓がバクバクと音を鳴らしていました。
お母さまが倒れた時の事を思い出して、自然と涙もあふれていました。
せっかく会えたのに、お姉さまにまで何かあったら、どうすればいいのか。
初めてお会いしたお姉さまは、ひどく驚いたお顔で私を見ていました。
お父さまと一緒にこの屋敷を訪れたわたしのことを。
わたしは、綺麗なお人形のようなお姉さまを見て、見惚れていました。
でも、翡翠色の瞳を目一杯見開いてわたしを見ていたお姉さまは、次に苦しげに顔を歪めて、そして、何かを呟いていました。
唇を震わせて、何かの感情を押し殺すように。
その直後でした。
糸が切れたかのように、お姉さまが膝から崩れ落ちたのは。
私はこの時まで、知らなかったのです。
6歳になった私が、お父様に連れられて海を渡るまで、自分が存在しているだけで誰かを不幸にしていたとは、思ってもいませんでした。
大好きなお母様とお父様の罪を、理解していませんでした。