ニ章:はじまりの黎明②
「囚俘を倒す方法は二つ」
右の人差し指と中指を立ててみせる。
「脳の破壊と核の破壊だ」
自分の頭を指さして脳を示し、次にジャケットの左袖を捲り、俺たちに肘を見せた。そこには赤黒く渦巻くように鈍く光る、諫早さんの<核>があった。<核>の中に何かがいるように、その何かが俺たちを睨みつけているように感じた。
「囚俘はこの方法でしか倒せない。例え頸を斬り落としたとしても脳と核がある限り囚俘は死なない」
投影機から送られる映像の小型囚俘たちの脳がある場所と<核>がある位置を、ウルドが画面内を浮遊しながら「ここじゃの」「ここが核だの」と指差していく。
「脳と核、どちらかを破壊すれば囚俘は死ぬ。ただ核は囚俘の種類個体によって数が違うから、脳を破壊したほうが確実ではあるな」
「核の数の違いって、強さとかに関係してるんですか?」
マリが疑問を口にする。
「いや、核の数、大きさの違いに強さは関係していない。これは囚俘と刀使いも同じだ。カイルとユエラウは核を二つ持っているが、単純に力が二倍になるわけではない」
両手の平を広げ、カイルは自身の核を見つめていた。カイルの両手の平の中心には<核>。赤黒く光るそれをカイルは強く握り込んだ。カイルの小さな背中から強い意思を感じる。
机の上に両手を置いたユエラウの手の甲には、鈍く光る紅玉のような<核>があった。<核>を見つめるユエラウの瞳は暗灰色の不安に染まっていた。
「んで、ギルは右耳にピアスくらいの小さな核だろ。小さいからといって能力が低いわけではない」
左手に頬杖をついているギルフォードに皆の視線が注がれる。皆からの注視にギルフォードは気怠げに溜息を吐き出す。右手で耳にかかる金糸のような髪を掻き上げ、右の耳朶にある<核>を皆に見えるように示す。その仕草が妙に艶っぽく、首筋に浮かぶ胸鎖乳突筋が扇情的に見え、居た堪れなくなり顔を背けてしまった。カイルとマリも顔を紅潮させ、身体を硬直させていた。二人とも口開いたままですよ。
「これらに強さや能力の大差はない。囚俘の強さは人と核を喰った数。刀使いは基礎体力と核を体に取り込んだ数だ」
幼い少女の血溜まりから咲いた蓮の華。アレが<核>だ。
白板に鮮血色の蓮の華が映し出される。凜として咲き誇る華は美しく、禍々しいものに見えた。
俺は右手を見つめ、握り込む。
「これが核の華だ。この蓮の華は刀使いの<刀の能力>を強化してくれるもので、他に回復薬や各種薬剤の元になる重要なもので……」
諫早さんが身体を翻し、広い背中を見せる。ジャケットには赤い蓮の華を貫く刀の紋様。刀使いの<印>である紋章があった。
「刀使いの<印>にもなっている」
「この<印>は刀使いであることの証明でもあるので、必ずよく見える場所に付けてくださいね」
周さんが補助として言葉を足す。俺の服の背中にも<印>がある。皆の衣服の背中にも<印>が付けられている。
「刀使いは囚俘と同じ<力>を持ち、爆発的に身体能力が向上するが、囚俘と同じような超回復能力や体力があるわけではない。俺たちは頸を落とされたら死ぬ。もちろん脳を破壊されたら死ぬし、心臓を貫かれたら死ぬ。手足や胴体が切断されたら元には戻せない。出血多量でも死ぬ。囚俘より俺たちの方が弱点が多い……」
それは俺たちがまだ人間であることの証拠でもある。
「だが一番の問題点は、俺たちには時間制限があるということだ」
画面内のウルドは指を鳴らすと小型囚俘の映像が消え、刀使いの戦闘記憶映像が投影される。
「刀を抜くことで一時的に囚俘と同じ力を持つことができる。だがそれは諸刃の刃だ。囚俘との戦闘は最大四十分が限界だ。それ以上戦闘を続ければ、俺たちは囚俘化する」
囚俘化。その言葉に息を飲む。室内に静寂の緊張が広がっていた。
映像内の刀使いたちは傷だらけになりながらも懸命に刀を握り囚俘と戦っていたが、その中の一人に異変が起きた。肌に黒い模様が浮かび上がる。その模様に覚えがあった。昨日<核>の力を使って傷の回復をした時に浮かび上がった模様だ。俺のと形が違うが同じものであることが分かる。
肌に浮かび上がった黒い模様は全身に広がっていく。他の刀使いの人たちも異変に気づいたが、気に止める様子がない。模様が浮かんでいる青年もそのまま戦闘を続けていた。
が数分後、青年の足が急に止まった。手から刀が落ち、地面に転がる。呆然としている青年に仲間が駆け寄るが反応がない。青年の唇が動く。しかし声が聞こえない。何を言っているのか分からないようで仲間が聞き返していた。
青年の項垂れていた顔が上げられる。双眸から涙を流し「もう、無理だ。ごめん……」と仲間を突き飛ばした。その次の瞬間、青年の体を赤黒い球体が飲み込んでいった。
俺にその赤黒い球体が巨大な<核>に見えた。
球体が、まるで花が開花するように花弁を広げていく。球体の中心には青年の姿はなく、代わりにいたのは大型の獣の囚俘だった。黒い犬に似た獣は赤い眼から涙を流し、咆哮をあげる。その咆哮は痛ましいほどの悲哀に満ちていた。
そこで映像が止まった。そこから先は、きっと……。
机に水滴が落ちる音がした。隣を見るとティリエラの大きな翡翠の瞳から涙が溢れ、頬につたっていた。
「あ、ごめんなさい。わ、私泣くなんて……」
両手で頬に触れ、自分が涙を流していることに驚いているようだった。
「ごめ、んなさい。涙、とまら……ないっ」
「無理に止めなくて大丈夫だ。ゆっくり深呼吸して……」
俺の言葉にティリエラは何度もうなずく。左腿に付けている小さなバックからタオルを取り出し、ティリエラに渡す。ティリエラはタオルを受け取ると、嗚咽が漏れないように顔をタオルに埋めた。簡単に折れてしまいそうな細い身体が震えていた。俺は落ち着くように小さな背中を優しく擦る。
「大丈夫ですか?」
周さんの青い瞳が心配に揺れる。マリやサイからも心配の視線を感じる。ティリエラは返事の代わりに何度もうなずいた。自分のせいで進行が止まるのが嫌なのだろう。
「大丈夫みたいです。すみません。続けてください」
諫早さんと周さんは顔を見合わせ、困ったような笑顔を浮かべた。諫早さんは一息吐いて、先の言葉を紡ぐ。
「俺たちは圧倒的不利な戦いをしている」
静寂に響く諫早さんの優しい声音が重く身体にのしかかる。
「昔の刀使いは人類のために戦っていたが、今はお金や権力名声を得るために戦っている刀使いが増えたかな。まぁ、俺は戦う理由なんて何でもいいと思う。願望や欲望、信念という行動意欲があれば人は困難に立ち向かえる」
「そんなんでいいのかよ。そんな軽いもんでいいのかよっ」
「うん、いいんだよ。どんなものでも何も持たない奴よりかはいい」
憤りの感情をぶつけるカイルに、諫早さんは優しく微笑み返す。
カイルは何かを言おうとして口を開いたが、言葉を噛み殺して口を閉じた。隣にいるマリが心配そうにカイルを見つめていた。
「あぁ、でも人に迷惑をかけるようなことは駄目だぞ。独り善がりな考え方は自分を孤立させるだけだからな。諫早さんはそういう人が嫌いです」
昨日の自己紹介で、負の感情のものは、たぶんついさっき次元の彼方に置いてきたからないって言ってませんでしたか? という突っ込みが口から出そうになったが押さえた。次元の彼方から戻ってきたのかもしれない。
「核持ちは全員強制的に刀使いにさせられる。どんなに嫌がっても拒否権はない。だからすべてにおいて刀使いは優遇されている。衣食住はもちろん最優先に得られ、その家族も一番安全な場所に住むことができる」
だから、戦う理由は何でもいいと諫早さんは言ったんだと理解できた。こんな理不尽で不利な戦いに誰が好き好んで挑むというのだろう。
「生命張ってるんだから恩恵は受けないとね」
「恩恵ねぇ。随分と命と釣り合わない、軽い恩恵だの」
「はいそこ、うるさいよ」
諫早さんが眼鏡を外し、ジャケットの内ポケットへとしまう。柔和な紫水晶の瞳が俺たちを見渡す。
「刀使いは……。いや、これは核持ちといったほうがいいかな」
諫早さんは周さんに視線を向ける。周さんはどこか悲しげに微笑んだ。
「核持ちにまともな死はない。核を持っている以上それは囚俘と同じだ。その死は=囚俘化だ。戦闘による時間切り、核の破壊か、または身体から抜き取られることでも囚俘化する」
諫早さんがジャケットの中から黒鉄色の塊を取り出した。それは回転式弾倉の拳銃だった。諫早さんは拳銃の銃口を自身のこめかみに当ててみせる。
「この銃は自害用だ。人間のまま死ぬために脳破壊に使用する」
硬質な音をたてて黒鉄の拳銃が教卓の上に置かれた。
「あとは仲間の介錯をするため。野生の肉食動物への牽制に使う。弾倉に込められる弾数が限られているから、間違っても囚俘に使うなよ。弾かれるだけだからな」
漆黒の鉄の塊が空気までも重くしていた。
<核>が身体にある時点で、綺麗な死がないことは分かっていたことだ。これは現在の世界の常識だ。<核>を持っていなくても、死後は必ず火葬にすることが決まっている。脳が残っていれば囚俘化してしまう可能性があるからだ。
「……なんだ、暗いぞ?」
「今の話を聞いて明るくはできないですよ」
周さんの呆れた声が溜息と共にコンクリートの床に落ちて消えた。心配で濁る青い双眸が俺たちを見つめる。
「皆さん大丈夫ですか? 具合が悪い方は無理せず言ってくださいね」
「さて、とりあえず刀使いとしての基礎知識講座は一旦終了な。午後からは地下の訓練場で基礎体力強化訓練をするぞ」
「午後一時より訓練場使用許可が下りていますので、一時前にまた一階の自動昇降機広間に集合してくださいね」
周さんは手元の小型端末を操作して確認していく。
「刀使いは時間厳守。全力で最後の最期まで足掻く強さを身に付けるために強化訓練頑張るぞ、おーっ!」
「お、おーっ!」
諫早さんが勢いよく右の腕を振り上げ拳を掲げる。釣られるようにユエラウも右の腕を振り上げ拳を握る。氷雪色の瞳を燦然と輝かせていた。
報告指令会議室に沈黙が降り積もる。静けさに耐えられなくなったユエラウが恥ずかしそうに手を下がる。諫早さんは不満そうに顔を歪める。
「ノリ悪いぞ。もう一度行くからな? 死なないためにも訓練頑張るぞ、おーっ!」
「おーっ!」
諫早さんの右拳が振り挙げる。周さんは苦笑を浮かべながら、ユエラウも頬を紅潮させながらも拳を振り挙げる。会議室の室温が下がるのを感じた。マリの死んだ魚のような眼が諫早さんを見ているようで見ていなかった。隣のティリエラがタオルから顔を上げ、赤く腫れた眼も死んでいることに気づく。
諫早さんは強靱な精神で諦めずに「おーっ!」と再度声を出して拳を振るう。
これは、やらなければ終わらないヤツなのでは?
「お、おー……」
恥ずかしさに耐えながら、俺も右手を拳にして挙げると、諫早さんが幼い子供のような輝かしい笑顔を見せる。
俺が拳を挙げると、横の席に座るティリエラが驚きに翡翠の瞳を瞬かせる。俺はティリエラに笑ってみせる。頬を薄紅色に染めティリエラ恥ずかしそうに身を捩る。可憐な唇から小さな声で「おー……」と言いながら小さな拳が挙げられた。
頬杖をついているギルフォードは面倒くさそうに、欠伸をしながら右手を軽く挙げる。
その様子を見ていたサイが自身の両手を見つめ、右手を開いたら閉じたりしていた。「おー」と音程の変わらない声とともに右手を握り、上に挙げる。サイが手を挙げるとカイルも慌てて拳を振り挙げ、漢の気合いの声をあげる。その声に驚いたマリが周りを見渡すと自分以外全員が拳を挙げていることに気づく。
マリの嫌そうな顔と俺の眼が出会う。マリの顔に「え、やんの?」と書いてあったので「うん、やるの」とうなずいてみせる。「マジ?」とマリの橙色の瞳が訴えているので「マジです」とさらに強く顎を引いてみせる。
マリの口から諦めの溜息が漏れた。覇気のない声音とともに右の拳がゆるりと挙げられる。腕とは逆に顔は羞恥に俯く。
「一致団結素晴らしい!」
諫早さんが満足そうに微笑む。その後方では周さんが頭を抱えていた。
「午後の訓練までは自由時間とする。各自でやり残したことしっかり片付けろ。それと質問は随時受けつけている気兼ねなくきいてくれ。聞かぬは一生の恥にならないようにな」
諫早さんの言葉にそれぞれがうなずく。
「それでは、解散」
遠足の帰りのような号令で刀使いとしての基礎講座が終了した。報告指令会議室を重い足取りで出て行くカイルとマリ。
ティリエラが俺の顔を覗き込んできた。金糸の髪が黄金の川のように流れる。
「リュウ、タオルありがとうございます」
両手でタオルを握り締めるティリエラは恥ずかしそうに頬を薄紅色に染める。まだ眼と鼻先が赤い。
「本当、自分でもびっくりです」
華奢な肩を竦めて戯けて見せるが、俺には気丈に振る舞っているように感じた。右手がティリエラの頭に触れる。
「無理しなくていい。辛い時は辛いって言っても大丈夫だ」
「え……」
ティリエラの笑顔が強張る。
「ティリエラは頑張り屋なんだね。ヘリの時もそうだったけど、辛い時は頼っても大丈夫だ」
「……っ」
薔薇色の唇が何かを言おうとして開いたが、言葉は形のならず唇は閉じられた。ティリエラの視線が床に落ちる。
「ティリエラ?」
「………………ティラです」
「ん?」
「親しい人にティラって呼ばれていたので、リュウにもそう呼んで、欲しいです」
話を逸らされたことに気づいたが、それに乗ることにした。何かティリエラの中であるのかもしれない。なるべく優しく微笑み、幼い子をあやすように頭を撫でる。柔らかく艶やかな髪が心地良い。
「もうっ、リュウってば、女の子の頭をそう簡単に撫でるのはダメですよ」
「え、あ、ごめん。ちょっとした癖っていうか……」
慌てて頭から手を離す。ティリエラは恥ずかしそうに撫でられた頭を触る。耳朶まで紅潮させていた。何だか俺まで恥ずかしくなってきた。顔を上げたティリエラの大きな翡翠の瞳と、俺の鮮血色の瞳の視線が出会う。お互い恥ずかしさを隠し誤魔化すように笑った。
「わ、私部屋の片付けがまだ終わってないので、部屋に戻りますね」
「う、うんっ」
「タオル洗って返しますので」
ヒラヒラとタオルを振ってみせる。席を立ったティリエラに手を振る。ぎこちなく微笑むティリエラは足早に報告指令会議室を出て行った。
振っていた右手で俺は顔を覆った。
やってしまった感が凄い。
南の女の人たちは、女を褒める時や慰める時は頭を撫でろって言っていたのにっ。それが普通のことだと思っていたのに……。違っていたのかぁ。気をつけ………………あっ。
ヘリでもうすでにユエラウの頭撫でていたことに気がついた。凹むとともに恥ずかしくなる。
「どうしたリュウ、青春か?」
「何がですか?」
諫早さんの言葉に、すっと身体から羞恥の熱が消えた。俺の冷たい視線を気にせず柔和に微笑む。
口から脱力の溜息が漏れた。俺は席を立ち、諫早さんの元へ歩を進める。
「ん? どうした?」
「質問いいですか?」
長身の諫早さんを見上げて、極東に来てから疑問に思っていたことを口にする。
「なぜ、極東は激戦地なんですか?」
俺の質問に理解と納得の顔となる。
「それは極東が火葬の島国だったからだよ。<祝福の日>に囚俘化した土葬の各国より被害が少なかった。極東の人たちはすぐに囚俘の生態を観察して対策をたてた。人間がなかなか喰えず腹を空かせた囚俘たちは、一体何をすると思う?」
その質問に背筋に悪寒が走り、心臓が凍る。
「共食いだよ」
優しい諫早さんの声音に、畏怖を覚える。
「共食いで腹を満たしていた」
「でも、それだと数が減るんじゃ……」
「そう思うだろ? 彼奴らは馬鹿じゃない。気づいたか、誰かに悪知恵を吹き込まれたのかは分からないが、囚俘の数を減らさずに腹を満たす方法を知った」
それは絶望を意味していないか?
「脳を残して核を埋め込む。そうすると超回復によって再生し、蘇る」
淡々と告げられる事実に、体が石像のように動けなくなる。
「囚俘は元人間だ。さっき説明したように囚俘の強さは人と核を喰らった数で決まる。それは力という意味だけじゃない。思考能力、対応力。何をどうすれば簡単に強くなり腹が満たさせ、欲求を解消できるのか……」
事実。人間のように考え、行動するようなったということ。
食物連鎖の動物から、思考能力を得て欲望のままに行動する人間に進化したということだ。
「極東だけじゃない。島国はどこも同じようなことが起きて激戦地になっている。まぁ極東が特にってだけだよ」
「考えを改めるがよい。ここ極東の囚俘は小型は動物でも、中型や大型は最早人間に近い怪物じゃ。彼奴らは嬲り弄ぶということが楽しいと知っている」
ウルドからの言葉に、昨日の人を盾にしたキリムを思い出していた。南のキリムがそんなことをしたという記録はない。寒気からくる鳥肌が治まらない。
「この島国という檻から出て行こうと、囚俘も必死になっているんだろうな。だから新種が島国からよく生まれる。飛行型が良い例だな」
俺の知らない飛行型と呼ばれる囚俘。高く飛べても、まだ遠くまで飛べないという。でも囚俘は日々進化している。長距離を飛行できる囚俘が現れるのは時間の問題だ。
俺の頭を諫早さんの大きな手が撫でる。穏やかに微笑む諫早さんの紫水晶の瞳に心配の色が広がっていた。そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。
「あまり不安にさせたくないんだけど、嘘を言ってもしょうがないしね」
諫早さんは「またマリに怒られそうだね」と優しい苦笑を浮かべる。
「諫早さんは囚俘を殲滅できると思いますか」
まだ席に座っていたギルフォードから問いが投げかけられた。俺の話を聞いていたらしい。いつもの気怠さはなく、俺と同じ鮮血色の瞳には純粋な疑問と真剣さの成分があった。
「ギル、俺はできると思っているのではなく、できると断言する」
それは力強い真摯な言葉だった。紫色の瞳にも力強い意思が宿っていた。
諫早さんの強い言葉に沈痛な面持ちの周さんから懸念が消え、青い瞳に涙を浮かべていた。涙が流れないよう必死に堪え指で拭い、泣いているような笑顔をみせる。
表情の変わらないサイの紫電の瞳に、ユエラウの表情からも漆黒の畏怖が消え、玲瓏に澄み渡る。
何だろう。諫早さんをまだそんなに知っているわけじゃないのに、この人がそう言うなら信じられるのは……。
「エースの方に失礼な質問でした。すみません」
ギルフォードは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「気にするな。誰しも思うことだ」
快活に笑う諫早さんに、ギルフォードの唇も綻び笑みをみせる。
「俺たちは囚俘を殲滅するために戦っている。だから願い思うだけじゃ駄目だ。やれるだけの力が俺たちにはある。できると想いを貫け」
凄く良いことを言っている諫早さんに一つ思うことがある。いつまで俺の頭を撫でているつもりだろうか。俺の視線に気がついたのか「あっ」と手が止まった。
「悪い。お前の頭撫で心地良いな」
「そうですか……?」
ティリエラは女の子だから恥ずかしがっていたのか。諫早さんに撫でられた頭を触る。別に、よく分からない。
「他に質問はあるか?」
その問いに頸を左右に振ってないことを示す。ギルフォードたちもないようだった。諫早さんと周さんは顔を見合わすと、互いにうなずいてみせる。
「そんじゃ、午後にまたな」
軽く手を振る諫早さんと周さんを残して、俺とギルフォート、サイにユエラウに美夕としーちゅは報告指令会議室を退室した。
廊下に出ると誰一人として言葉を発せずに自動昇降機広間へと向かった。