ニ章:はじまりの黎明①
知らない部屋で目が覚めた。紗幕を閉めるという概念が俺には存在しなかったため、窓から朝日が燦々と降り注ぎ、その眩しさに目が覚めた。冷たい水で顔を洗う。顔を上げ、鏡に映るのは、見慣れない部屋にいる見慣れた顔。褐色の肌、銀髪というより鋼のような色の髪は光を受けると青みがかる。そして鮮血色の瞳。
あ~、びっくりした……。
昨日はあれから寝台に潜ったが眠れず、端末で極東のことを色々調べたり、動画など見ていたら、いつの間にか寝ていたようだった。目が覚めた時に知らない天井、部屋に驚いて心臓が跳ねた。
しっかりしろ、俺っ。
今日から、いや、昨日から極東所属の刀使いになったんだった。両手で両頬を叩いて気合いを入れる。弾ける音とともに水飛沫が飛ぶ。いつものように、長い髪を後ろでまとめて縛って髪留めで上にあげておく。居室に戻り、両手首に保護用の包帯を巻いて指先のない手袋をはめる。朝の支度をしていると部屋に呼び鈴の電子音が鳴った。扉に近づくと自動で開く。もう驚かない。
「おはようございます」
花のような可憐な笑顔のティリエラがいた。俺も挨拶を返す。嬉しそうに頬を薄紅色に染め、花が咲き乱れる。
「良かった。昨日は夕食をご一緒できなかったから、朝はと思って誘いに来ました」
「昨日は本当にごめん」
「私は大丈夫ですよ。ただマリがすごく心配してたから、ちょっと気になって」
「うん、謝りに行って、朝ご飯を誘おうと思ってる」
ティリエラが悪戯を思いついたような幼女の無邪気な笑みを見せる。
「だ、そうですよ。マリ?」左に首を傾け、そこにいる誰かの顔を覗き込む。「ちょ、ちょっと、誰が心配って!」棘のある声が返ってきた。部屋から顔を出し左を見ると、顔を真っ赤に染めたマリがいて、眼が合った。
「おはよう」
「あ、うん。おはよう……って、心配なんかしてないわよっ。ただ約束したし、大丈夫かなって思っただけだからっ!」必死な言い訳。「心配してたのはティリエラでしょうっ」顔を背ける。
大丈夫かなと思うことを人は心配するというのでは?
マリの必死さに笑いそうになって我慢した。笑っては失礼だ。それに何かを言ったら百倍になって返ってきそうだ。
「マリ、昨日はごめん」
「別にいいよ。気にしてないから、そっちも気にしないで。いつでもできることだし」
「うん、ありがとう。朝ご飯、一緒に行きませんか?」
右手を差し出す。
「な、何よ、改まって……」
気恥ずかしそうに目線を泳がし、マリの右手が思考とともに迷う。俺はさらに前へ右手を伸ばす。
「わ、分かったわよっ。行きますっ!」
乱暴に俺の右手を掴んで、その勢いのまま投げ捨てられた。顔を背けるマリの隣でティリエラが声を殺して笑っていた。投げ捨てられた手が行き場を失い、俺も笑うしかない。
「あの、お、おおおおおおはようございますっ」
後ろから緊張に強張った声がかけられた。振り返るとユエラウと姉、ではなく妹たちの美夕としーちゅがいた。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、ユエ。朝の散歩帰り?」
「はい」
嬉しそうに淡く微笑むユエラウの影に美夕は身を隠しこちらの様子を窺っている。しーちゅは元気に「みゃー」と鳴いてユエラウの右肩から飛翔。無音で廊下に着地し、可愛らしい足取りで俺の足元へ来た。
先が鉤のように曲がった尻尾をピンと立たせて、俺の足に額や顔を擦りつける。しーちゅの頭に撫でようとしたら、俺の手をすり抜け、跳ねるように走り出しマリの足に飛びついた。
「しーちゅ、おはよう」
猫好きと言っていたマリは嬉しそうにしーちゅを抱きかかえる。昂揚に声が少し高くなっていた。しーちゅも嬉々と鳴き、マリの頬に頭をすり寄せる。また俺の手の行き先を失った。可哀想な俺の右手を、俺の左手が回収、ひっそりと慰めておく。
「ユエも一緒に朝ご飯どうかな?」
「いいいいいいんですかっ!?」
「うん、ご飯は皆で食べた方が美味しいからね」
「は、はいっ。すぐに準備します」
急ぎ部屋へと戻って行くユエラウ。美夕はユエラウと一緒に部屋と入って行ったが、しーちゅはマリと戯れていた。マリの人差し指に愛らしい両前脚で猫パンチを繰り出す。その姿にマリの頬が緩む。
「いつの間にユエラウと仲良くなったんですか?」
「ん?」
俺の顔を覗き込んで疑問を口にするティリエラ。笑顔に違和感。
「ユエ、と呼んでいたから……」
「あぁ、昨日夜遅くに目が覚めて、偶然ユエと会って、食堂の場所覚えてなかったから教えてもらうついでに夕飯を付き合ってもらって、その時に色々と話して……」
「そう、だったんですね」
なぜ俺は一から説明しているのだろうか。ただティリエラの違和感に気づいた。眼の奥が笑っていない。この顔を知っている。女の人が怒っている時に見せる表情だ。怒らせるようなこと言ったかな?
「廊下で何やってんだ、お前ら」
呆れ顔のカイルが不信に満ちた瞳で俺たちを見ていた。
「あ、カイルおはよう」
「おはようございます」
「おう、はよ」
マリとティリエラの挨拶に右手を軽く挙げて答える。
「おはよう、カイル」
「………………はんっ!」
カイルは俺の顔を見た瞬間、眉根を寄せて額に皺を深く刻み、青筋が浮かぶ。見上げる群青色の瞳は極寒の温度。怒りを孕んだ眼で睨んでいる。カイルまで怒っている。なぜ?
「皆さん、おはようございます」
抑揚のない声と美しい所作でお辞儀をするサイに、マリとティリエラが挨拶を返す。カイルも俺への怒りがどこかへ消え、上機嫌にサイへ挨拶を返していた。嬉しそうだ。そして理不尽だと思いつつ、俺もサイに朝の挨拶を返す。
「リュウ、昨日は大丈夫でしたか?」
機械のように感情のない声だが心配していたことが分かる。サイにも心配をかけていたのか……。
カイルの怒っていた原因っ! うわっ、また睨んでるっ!!
少女のような顔を歪ませて怒りの眼光を俺に放っていた。カイル、なんか残念だ……。
「うん、ありがとう。大丈夫」俺の言葉にサイはうなずいた。
「朝は皆でご飯、行けそうですね」
微笑むティリエラに、カイルが怪訝な顔を向ける。
「はぁ? 何言ってんだよ。ギルとユエラウいねぇじゃん」
「アンタこそ何言ってんのよ」
「俺ならここにいるが?」
気怠げな声とともに褐色手が伸び、カイルの背後から両肩を掴む。カイルの後ろにいつの間にか長身のギルフォードがいた。カイルは声なき絶叫をあげ、口から心臓が飛び出したのではないかと、震える両手の中を確かめる。俺も気づかなかった。気配がまったくなかったことに驚く。
「無音で俺の背後に立つんじゃねぇよっ! てか、マリっ、知ってたら声かけろよっ!!」
「いつ気づくかなって思って、黙ってた。面白そうだし」
「おいっ」
可愛らしく赤い舌先を出して顔を背けるマリに、カイルが怒号をあげる。笑いを堪えているティリエラが二人の間に入ってカイルを宥めるが、堪えきれず吹き出してしまった。カイルがさらに怒声を響かせる。器のデカい男はどこへいったのだろうか。
自室から出て来たユエラウが俺の隣で三人を羨望の眼差しで見つめていた。小さな声が「いいなぁ」とつぶやく。友達をつくるといっていたユエラウにとって、マリとカイルとティリエラの三人は長年の友のように見えるのだろう。俺の眼にもそう映っていた。
マリとティリエラは同じ西支部出身だから共通点が多いのかもしれない。だから打ち解けやすいのだろう。カイルとは気が合うようだ。
「だぁあああああっ! うるせぇなっ。朝飯の時間なくなるぞ!」
床を踏み鳴らしカイルが自動昇降機広間へと向かう。その小さな背中をマリとティリエラが追いかける。「参りましょう」とサイが俺たちを促す。ギルフォードに挨拶しつつ歩を進める。ギルフォードは欠伸をしながら右手を軽く挙げて返事を返してくれた。俺とサイ、ギルフォードの背を慌ててユエラウが追いかけ、美夕も歩み出す。
今日から刀使いとしてはじまる。
******
「五分前集合、偉いぞ!」
両手を腰に朗らかに微笑む諫早さん。その隣で周さんも笑顔で手を振っていた。
食事を終え、一旦自室へ帰り、一階の自動昇降機広間に集合している。朝も活力源の美味しさに、つい決めていた三人前を越え五人前を食べてしまったことに反省。でもこれで今日一日頑張れる。
「……どうした? リュウ以外元気ないぞ? ギルは眠そうだな」
諫早さんの言葉に後ろを振り返ると、欠伸をしているギルフォードに、なぜか胸や腹をさすってげっそりのカイルやマリ、ティリエラがいた。ティリエラと眼が合うと笑みを浮かべてくれたが苦しそうだった。サイとユエラウは疑問の顔となっていた。
「寝たと思いますよ。たぶん七~八時間ほど?」
「それは良かった」
俺は衝撃を受けていた。
ギルフォードの身長は諫早さんとそう変わりない。目算で一八〇センチメートルはこえている。俺の目の前に諫早さんが言っていた『寝る子は育つ』の体現者がいた。本当にしっかり寝ようと思った瞬間だった。
「で、カイルたちはどうした?」
「こいつらが朝からステーキだの、くっそ重いラーメンだの、天ぷら大盛りに唐揚げ、焼き肉だとか食うから見てるこっちが胃もたれしたんですよ!」
疑問の顔の俺とギルフォードを指差してカイルが吼える。人を指差してはいけないと、今度カイルに教えよう。
「中央では当たり前だが?」
「あぁ、やっぱりそうだったんですね」
ティリエラが一人納得の声をあげる。自身に皆の目線が集まり羞恥に頬を染める。
「えっと、ギルの姓であるレヴァン・ラーグに聞き覚えがありまして。たしか中央総本部の四大最高司令官の一つの貴族ではありませんか?」
「……………………否定は…………したい」
何その答え、と今ここにいる全員が思ったことだろう。
ギルフォードは中央総本部の偉い貴族ってことでいいのかな?
「え、何? ボンボン?」
心底嫌そうな顔をしたカイルが言ったボンボンとは?
「別に気にするな、偉いのは俺じゃない。それに朝はしっかり食べた方が体に良い」
「はんっ、金持ちと一緒にすんな!」
深い溜息を吐くギルフォードは面倒くさそうに「カイル分かっていないな。朝しっかり食べないと二度寝した時、腹減って目が覚めたら最悪だろ?」
「…………ソウ、デスネ」
カイルが死んだ魚の濁った眼で遠くを見つめていた。
「俺のステーキ四〇〇グラムなんて、リュウの爆食いほどではないだろう?」
「俺は、その、昨日の夜食べたものが美味しかったから、朝も食べたいなって思って……」
「ま、まぁ何を食べるかは自由ですから……ね?」
「でもよく朝からあんなに食べられるわね」
「いや、ほら食べられる時に食べておかないと、次いつ食べられるか分からないから……あっ」
しまったっ!
言い終わってから言ってはいけないことだったと気づいた。俺の言葉に誰もが口を閉ざし、深い悲哀に満ちた眼差しで見つめてくる。そんな眼で見ないで……。
「人の習慣はそう簡単に変わらんからな。まぁ追々、な?」
苦い笑顔を見せる諫早さんの優しさが、今は痛い。
「そ、それでは、皆さん揃ったので六階の報告指令会議室へ行きましょう」
周さんが空気を切り替えようと先に進むことを促してくれた。悲哀と同情のような生暖かい眼差しが身体に容赦なく突き刺さりながら、自動昇降機へ向かう。
「リュウ、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
「胃もたれさせてごめんなさい」
「き、気にしないでください。もう大丈夫ですから」
ティリエラの優しさがさらに痛みを生む。
「私は、その、たくさん食べる男の人、素敵だと思います」
煌びやかなティリエラの笑顔。俺に気を遣ってそう言ってくれたが、今の俺には会心の一撃だった。
******
六階は静寂に包まれていた。床には灰色の絨毯が敷かれ、足音を吸収して音が響くのを抑えていた。
白と灰色の配色のせいか硬質な冷たさを感じさせる雰囲気があった。
諫早を先頭にその広い背中に追随する。奥へと進み『A-C』と書かれた扉の前で歩みが止まる。周さんが手元のパット型小型端末を操作すると、白い鉄製の扉から開錠を知らせる金属音が聞こえた。周さんが部屋の足を踏み入れると同時に蛍光灯が灯り白々しい光を放つ。
報告指令会議室は三十人ほどが入れる広さがあり、簡素な茶色の長い机が三台並び、波のように段々となっていた。教卓の後ろの壁には白板。
「よし、好きなところに座ってくれ。だからといって後ろの方に座るなよギル?」
後ろの方へ座ろうとしていたギルフォードの足止まる。溜息を吐いて、諦めたように二列目の手前の席へと座った。
一列目の左奥からサイが座り、その隣の机にちゃっかりとカイルが座っていた。長い机は三人は座れそうだが、遠慮したのか度胸がなかったのかは分からない。カイルが座っている机のその隣の机にはマリが座っていた。
あれ? 同じ机には座らない感じ?
二列目の左奥にユエラウが座り、しーちゅが机の上で仰向けになって自身の尻尾にじゃれていた。パイプ椅子の脚を右前脚の爪で引っ掻くように叩き、座面に顎を乗せ、ユエラウを見上げる美夕。「ここに座りたいの?」とユエラウが聞くと、返事のようにまたパイプ椅子の脚を引っ掻いて音を鳴らす。美夕が座りやすように椅子を引くと、軽やかにパイプ椅子の座面に飛び乗り、その場でくるくる回って座るのではなく器用に丸まった。ふわふわとした高級なクッションのように見える。そのまま寝るのかと思ったが、長い白い睫毛の美しい瑠璃の瞳は近寄るなと言わんばかりの圧で、俺を見つめていた。
めげずに美夕の隣に座ろうとしたら、地獄の底からの唸り声で威嚇された。口の端から鋭利な皓歯が光る。
だよね♪
席を一つ移動するが許されなかったので、隣の机の中央に座った。
仲良くなれる日はくるのだろうか。
「あの、隣の席いいですか?」
ティリエラが恥ずかしそうに俺に問う。
「その、皆机に一人で座っているでしょ? それだと私だけ三列目になって、寂しいなぁ……なんて?」
戯けて見せるティリエラ。右に小首を傾げると金糸のような髪が流れる。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
慌ててパイプ椅子を引き両手で席を示す。ティリエラは満開の花の笑顔で椅子に座った。
「さて、全員席に着いたな」
席に座った俺たちを見てうなずいた諫早さんは、ジャケットの内ポケットから眼鏡を取り出し装着。眼鏡の中央ブリッジを中指で押し上げる。いつもの柔和な笑顔ではなく、どこか艶然とした笑みを見せる。
「これから刀使いとしての基本的な知識の講義を始める。講義中は俺のことを諫早さんではなく、諫早先生と呼ぶように」
「はひっ」
ユエラウの元気な返事だけが部屋に響いた。しかも返事を噛むという奇跡のおまけつき。両手で口を押さえて耳まで真っ赤にしたユエラウだが、氷海の瞳は嬉しそうに輝きを宿していた。
「あの諫早さん」
「諫早先生、な?」
「…………諫早先生」
「何かな?」
「何で眼鏡を?」
俺の質問に諫早さんは不思議そうに俺を見つめる。
「先生といえば眼鏡だろ? 知的に見えるし」
少年のような無邪気な笑顔で答えが返ってきた。手元では教卓の上に置かれているノート型の端末を起動させていた。
あ、この人、形から入る人だ……。
皆の冷ややかな視線の中、諫早さんの隣にいる周さんは羞恥に頬を赤く染め、パット型の端末で顔を隠した。小声で「ごめんなさい。ちょっとアレな人でごめんなさい」と繰り返していた。
「まずは基礎中の基礎知識。囚俘は何か? サイ答えられるかな?」
「はい、囚俘とは人類の敵。人間を喰らい、人類史を滅亡へと導こうとしている怪物です。人類が作りあげた兵器全てがまったく通じず、殺すことも傷つけることもできないモノのことです」
返事をしたサイは律儀に立ち上がり、抑揚のない声で答える。
「正解。囚俘とは九十七年前<祝福の日>呼ばれる日に突如現れた怪物だ。サイの言ったとおり人間を喰らい、殺傷破壊力のある兵器や武器はまったく意味をなさない」
サイに座るように諫早さんが手で合図すると、サイは一礼をして静かに座った。変わらない所作の美しさや、礼儀正しさに見とれてしまう。
「傷つけることも殺すこともできない敵は厄介に過ぎるが、囚俘の一番の問題は<感染汚染>と呼ばれる<毒>による現象だ」
カイルが喉の奥で唸った。俺も知らずと両手に力が入る。
「囚俘に傷を負わされるとその傷から<毒>による<感染汚染>が始まり、人間が怪物に、囚俘化してしまう。さらに厄介なのは掠っただけ、人によっては触れただけでアウトになることだ」
「現在に至ってもその治療法はありません」
周さんが補佐として言葉を足していく。
「ではなぜ九十七年もの年月が経過しているにも関わらず、治療法が未だにないのか。ユエラウ分かるかな?」
「ひゃいっ」
名前を呼ばれると思っていなかったのであろう、完全に油断していたユエラウは返事を噛みながらも慌てて立ち上がる。
「えっと、その、あの、ち、治療法、治療法は……」
「慌てなくていいよ。ゆっくり深呼吸して落ち着いてからで大丈夫だから、ね?」
慈父のように微笑む諫早さんに言われたとおりに、ユエラウはゆっくりと深呼吸を数回繰り返す。徐々に落ち着いてきたのか、両手を胸に添え深く息を吐き出した。
「ち、治療法が未だにないのは<感染汚染>の原因? その<毒>の正体がまだ分かっていないからです」
「うん、ありがとう」
ほっとしたように胸を撫で下ろしたユエラウが席に座る。
「分かりやすいように俺たちが勝手に<毒>と呼んでいるだけで<感染汚染>による囚俘化の原因は未だに不明。研究をしたくても検体が確保できないからだ」
昨日のことが思い出される。治療法があれば皆を助けることができた。あの子だって痛くて怖い思いをせずにすんだんだ。
左手が右肩にある<核>に触れていた。
「ギル、検体確保、囚俘を捕らえることができない理由は何かな?」
諫早さんに呼ばれたギルフォードは無反応。左肘を机に突いて頬杖し、切れ長の眼は真っ直ぐ前を見据えていた。諫早さんが「おーいギル。ギルフォードくん? ギル聞いてるか?」と声をかけるが無反応。見兼ねたティリエラがギルを突っついてみるが反応なし。顔を近づけたティリエラが気づく。
「寝てます」
「……いや、寝てない」
「おまっ、五分も経ってないぞ」
「寝てませんが?」
またギルフォードの特技が発動していたらしい。何事もなかったように姿勢を正し小首を傾げる。寝るのも早いが起きるのも早いことに俺は驚く。
「じゃ、今の質問の答えは?」
呆れたように溜息を吐きながら諫早さんはギルに回答を求める。
「……囚俘が捕獲できないのは、兵器や武器がきかないのと同じで、捕縛用の鎖や網、麻酔や酸、劇薬などが一切効果がないからです。注射の針も貫通できないため採血や組織採取もできない。また刀使いが現れてから囚俘を殺傷できるようになったが捕獲はできず、殺したとしても死体がすぐに溶け崩れて消えてしまうので解剖することもできない……です」
平然と答えるギルフォードの姿に、皆が唖然とする。
「教科書のような答えをありがとう。お前の耳はどうなってんだ?」
「知らないんですか諫早さん。人は睡眠学習できるんですよ?」
「寝てんじゃねぇかっ」
間髪入れずカイルの突っ込む。ギルフォードの切れ長の深紅色の瞳が、まだ幼さが残るカイルの群青色の瞳を見据える。ギルの目付きが鋭いからカイルには睨まれているように見えるみたいだ。喧嘩を売られていると勘違いしたカイルが可愛らしい少女の顔で睨み返す。小型犬が大型犬に喧嘩を売っているようだ。
「こらぁ、カイル喧嘩を売るな。それとギル、俺は今先生な?」
「ん?」
「う、売ってねぇ……ですよ。こいつが先に睨んでくるから……」
諫早さんのどうでもいい指摘に、疑問符を頭の上に浮かべるギルフォードを指で差して咆えるカイル。
また人を指差して……。カイルには本当に後で教えてあげようと思う。
「寝てないことを眼で訴えてみただけだが?」
「分かるかっ!」
カイルの言葉に、ここにいる全員がうなずいた。
「ギル、以心伝心にはまだ早いような気がするぞ。言葉を面倒くさがるな。大切なことはしっかりと言葉で伝えないと伝わらない。何のために言葉があるのか考えろ」
「分かりました」
うなずいたギルフォードは右手を顎に添え思考を巡らせ、何かに気づいた。
「カイル」
「な、何だよ」
警戒するカイル。
「俺は寝ていない」
「てめぇ、もういいってのっ!」
昨日もあったような既視感。ギルとのこのやり取りは不毛である。
皆が苦笑いを浮かべる中、ユエラウだけが楽しそうに瞳を輝かせていた。俺の中でギルフォードとユエラウは、ちょっと変わった人になり始めていた。
「はい、脱線はそこまで。ギル寝るなよ」
「頑張り……ます?」
「疑問形で答えるな」
「未来は誰も分かりません」
「お前の頑張り次第でその未来は確定に変わるぞ」
「……頑張ります」
「よろしい。では続けるぞ」
満足したように微笑む諫早さんは眼鏡のブリッジを中指で上げる。ノート型の端末に音をたてながら何を打ち込んでいく。
「ウルド<祝福の日>の映像を出してくれ」
「承った。少々待たれよ」
ノート型の端末から女の人の声が聞こえた。天井から吊された投影機から光が放たれ、白板に映像が映し出される。映し出された映像には、こちらを覗き込むような長い白金色の髪の女性がいた。映像の中の美貌の女性は俺と眼が合うと、薔薇色の唇が艶然と微笑みを刻んだ。
緩く波うつ白金の髪に白雪の肌、金色に光る瞳。一枚の白い布を身体に巻きつけただけの姿は扇情的に見えるが神々しさあった。括れた腰には六枚の純白の翼。画面の中の女性は俺たちを興味津々に一人一人見つめていた。
「この方は、昨日ご説明したノルン記憶媒体の管理AIのウルドです」
周さんが右手で白板を示すと、ウルドと呼ばれた女性が優雅に一礼をした。
「吾が運命の女神ノルン三姉妹が一人、過去を司るウルドだ。幾久しくお見知りおきを」
慈愛に満ちた微笑みはまさに女神の名に相応しい神々しさがあった。御光で眩しく見え……る?
いや、実際に画面が輝いていた。
「お前、何やってんの?」
「女神たる者として、輝いてみただけだが?」
「アホなのかな? このAIはアホなのかな?」
「お主に言われたくないの。何が先生=眼鏡だ。眼鏡かけたら知的になるのも見えるのも、気のせいじゃ」
諫早さんと画面の中のウルドが睨み合いながら、稚拙な言葉でお互いを罵り合っていた。周さんは呆れて大きな溜息を吐いていた。
「もうっ、お二人ともいい加減にしてください! 先に進まないじゃないですかっ!」
いつも朗らかな周さんが声を荒げて怒った。
「す、すみません……」
「吾にとって諫早をイジるのは美と健康を保つ必要事項だ。冗談やイジりの分かる超ハイスペックAIで良かったの」
AIの美と健康って何?
「あ~はいはい、早く<祝福の日>の映像出してね」
「ピックアップ中だ。ん~……これとこれらがいいだろう」
ウルドが手を叩くと、手の平サイズの長方形が五つ現れた。その長方形を一つ一つ確かめるように、左の人差し指が触れていく。触れられた長方形がその場で回転していく。
「うむ、その方が良いじゃろ」
選んだ三つの長方形を両手で圧縮。おにぎりを作るように捏ねる。「編集完了じゃ」三つあった長方形が一つになっていた。その長方形をカードのように人差し指と中指で挟む。
「これより<祝福の日>の上映会を開始するの。気持ち悪くなっても嘔吐は控えよ」
「そんなもったいないことしません」
俺のまた余計な一言で室内の空気が死んだ……。
******
高層ビルが林立する谷底を人々が行き交う。楽しげに話ながら歩く人たちに、先を急ぎ小走りで行く人。携帯で話しながら歩く人や操作しながら歩く人たちがいた。車やトラック、バイクに自転車が多く行き交い、その交通量の多さに驚く。コンクリートの谷底からは色んな音が放たれ騒々しさがあった。
雑踏の中、同じ制服を着た女の子二人が仲良く肩を寄せ合って映っていた。
「これ撮れてる?」
「大丈夫撮れてるよ」
黒髪をポニーテールにした女の子が手を伸ばしカメラを持っているようだった。隣にいる茶髪の女の子がカメラに向かって手を振ってみせる。
「今年の春、高校生になります。かなえで~す」
「みなで~す」
「初、高校の制服を着た記念動画で~す」
カメラに向かって話しかける、茶髪のかなえとポニーテールのみな。かなえが制服を見せるようにゆっくりその場で回転してみせる。
「ちょー可愛くない? お気はね、赤いリボンにスカートのチェックで~す」
みなが、かなえをモデルに制服を撮る。紺色のブレザーに映える赤い色のリボン。紺のスカートの裾には細い線でリボンと同じ赤のチェック模様が入っていた。丈の短いスカートから健康的な太腿が覗く。
「ちょっと、あんま太腿撮らないでよ」
「いいじゃん、細いんだから」
「はー? マジで言ってる?」
「そんなことで怒んないでよ。かなえが撮ってって言ったんじゃん。気分悪る」
動画を撮りながら喧嘩を始めた二人を、誰も気にせず通り過ぎて行く。中には迷惑そうに、邪魔そうに睨みつけて行く人もいた。コンクリートの森に響く喧騒にはどこか冷たさがあった。誰も何も気にせず、また干渉しない。
そんな中、一人の灰色の背広を着た女性が空を指差して呟いた。
「何あれ?」
隣にいた男性が女性が指差す方へ視線を動かす。
晴れ渡る青い空には白雲が流れる、その中に異常があった。昼間の空に星のように輝くそれは、空の青を遮る黄金の輝き。輝きは空を侵食するように徐々に広がり、人の形を象りはじめる。
現れたのは、黄金の輝きを放つ巨大な美女だった。
瞳を閉じた黄金の美女は慈愛の微笑みを浮かべ、両手を差し伸べるように地上の人たちに向けられている。
「何あれ? 何かのイベント?」
「空間投影映像ってやつ?」
「マジ? 凄くない」
空から黄金の光が降り注ぐ異常に人々が騒然となる。車の運転をしている人たちも車窓から身を乗り出し、空を見上げていた。喧嘩をしていた二人も異常に気づき、空を見上げていた。携帯のカメラが空を埋め尽くす巨大な美女に向けられる。
「ねぇ、これ世界中で見えるってよ」
「マジ?」
かなえが自分の携帯を操作して何のイベントかを検索していた。
周りの人たちも携帯のカメラで撮りはじめたり、ネットニュースを見たりして情報を検索していた。
「えー、何のイベントだろ? 情報ないよ」
「何か怖くない?」
「そうかな? ちょーキレイじゃん。笑ってるし」
「そ、そう?」
不安げに黄金に煌めく美女を見上げてみな。しだいに興味をなくした人たちが日常に戻っていく。足を止め通行の阻害をしている人や、車を止めている人へ罵声や怒号が当てられる。
その時だった。人々から一斉に悲鳴があがった。恐慌に眼を見開き両手で耳を塞いでいた。映像に映るすべての人が悲鳴をあげ、耳を塞ぎ震えていた。何が起きたのか理解できず、周りを見渡す。恐怖に引き攣った顔が見上げるのは、黄金に輝く美女。
「何今のっ!?」
「声がした……。あああ頭に直接声が響いたっ!?」
「うん、ちょーキレイな女の人の声。って、みなも?」
「かなえも? ねぇ、ヤバくない? 何これ?」
「うん、ヤバいっ! あんなキレイな声はじめて聞いた」
頭に響いた声の美しさにかなえは陶酔していた。そんなかなえに、みなは恐怖を覚える。
「そうじゃなくってっ。変だよっ、ヤバいって!」
「ねぇ、あれってどういう意味だと思う?」
「かなえ?」
「貴方の願いはなんですかってどういう意味だと思う?」
「知らないよっ! 逃げよっ。ここにいたらマジでヤバいってっ!」
また人々の口から一斉に悲鳴があげる。頭の中に直接声がまた響いたようだった。状況が理解できず恐慌に陥る人たちで騒ぎになっていた。
「また聞かれた。貴方の願いは何ですかって。みなも聞かれたでしょ?」
みなは怖ず怖ずとうなずく。かなえの顔に希望の色が宿る。
「ねぇ、貴方の願いは何ですかって聞くってことは、願いを叶えてくれるってこと?」
かなえが黄金に輝く美女に向かって叫ぶ。瞳には期待に満ちていた。周りの人たちも、かなえの叫びに期待と不安が孕んだ顔で美貌の女を見上げる。生唾を嚥下する音がした。
「貴方の願いは何ですか?」
黄金の女の麗しい唇が動く。
空から響き渡る、心に浸透するような優しい響きの声が語りかける。慈愛の微笑みは深く刻まれる。
「マジだ……」「本当に?」「叶えてくれるの?」「何でも?」「何かの宣伝じゃないの?」「綺麗な声……」「ヤバくね」「何かのフラグじゃね?」「願ってみる?」「願うだけならタダだし?」「強制イベントってやつ?」「怖くない?」
口々に言葉が飛び交う。
「女神様……。黄金の女神様だっ!」
一人の男が叫ぶ。
「叶えてくれ、一生働かなくていい大金をくれっ!!」
その叫びに周りにいた人たちが感化され、次々に自らの願いを叫びはじめる。
「金っ、私も金が欲しいっ!」「美人な女と付き合いたい!」「遊んで暮らしたい」「めっちゃイケメンな彼氏が欲しい」「早く別れて私と結婚して」「アイツさえないかれば……」「美人でスタイルよくなりたい」「金と女と権力っ!」「一生チヤホヤされたい」「ムカつくから先生殺して」「マジでアイツ死んで欲しい」「もうイジメられたくないっ」「助けてっ!」「お母さんを返して」「毒親死ねっ」「死んでっ、殺してっ!」「金くれっ}「空飛びたい」「不老不死なんつって」
願いは絶えることなく、空にいる黄金の女へと放たれる。妄信的な熱狂の中にかなえも混ざり願いを叫んでいた。かなえのその姿に、みなは恐怖で震えていた。
女の黄金の唇が開かれる。
「貴方の願いを叶えましょう」
透き通るような優しい声音が答えると、熱狂の温度がさわに上昇し歓喜の声があがる。歓声は大気を震わせ、ビルの窓ガラスや車の窓が振動していた。
黄金と青の空から緋色の花弁が舞い落ちてくる。祝福するような花弁の雨に歓喜の声が止むことがない。
「みな見て、ちょーキレイ。薔薇かな?」
「かなえ……」
「ちゃんと撮ってね。これヤバくない?」
かなえに言われて震えながらも律儀に携帯のカメラを向ける。
異変に気づく。
こんなに花弁が降っているのに、地面に一枚も積もってないっ!?
「かなえっ、やっぱり……」
「痛っ」
天を仰いでいたかなえが右眼を両手で押さえる。友達を心配してみなが駆け寄る。
「大丈夫?」
「う、うん、何か目に入ったかも」
「ひっ!!」
顔を上げたかなえを見たみなから、小さな悲鳴があがった。震える足でゆっくりと後退る。大きく見開かれた瞳には拭えぬ畏怖に支配されていた。
「みな? どうしたの?」
自分を見つめるみなの引き攣った蒼白の顔に、不安からくる嫌な予感にかなえは手を伸ばす。
悲鳴。友達へと伸ばした手は、乾いた音とともに叩き落とされた。
「来ないでっ! 触らないでっ!!」
拒絶の声にかなえの身体が凍りつく。
いや、違う。伸ばした手に違和感があった。勘違いだと思いたい。見たくない。怖い。見たらダメ。でも確認しないと……。
恐怖に震える両手は見慣れた自分の手ではなく、赤黒く変色し皮膚が溶けたように爛れていた。
「何これ……? 何これ何これ何これ何これっ!?」
手だけではなく、制服のスカートから覗く足まで赤黒くなり、腫瘍のようなものが膨れ上がっていた。
「どうしようどうしようどうしようどうしよどうしようっ!」
恐慌に陥ったかなえは爛れた肌や腫瘍を拭き払おうとしていたが、浸食汚染はさらに加速する。
「私こんなこと願ってないっ! どうしよう、みな、助けてっ、どうにかしてっ!」
「は? どうにかしてって……。何?」
「友達なら助けてよっ!」
「何が友達よっ、私言ったよね? 逃げようって」
かなえの身勝手な言葉に、みなから恐怖心が消え、漆黒の怒りに心が塗り潰された。
「アンタはいつもそう、自分のことしか考えてないっ。私の話は聞かないし、いつも私ばっか貧乏くじ引かされてうんざりなのよ!」
「何それ、今言うこと?」
「現に今、こんなことになったのアンタが私の話し聞かなかったからでしょっ!」
友達の本心を知って、身体が彫刻のように動かなくなってしまった。
「自分で選んだことでしょ。私を巻き込まないで。自分で何とかしなよ」
「みな……」
気づけば、周りも同じようなことが起こっていた。
悲鳴に絶叫に怒声。車の急ブレーキの甲高い音に轟音に爆音で周囲は混沌の渦に飲まれていた。
肌が溶け苦痛に叫ぶ人。逃げ惑う人。車がコントロールを失い、人や建物に激突し炎上していた。
「痛い、熱い、痛い、痛いよ。ごめん。ごめんなさい、みな」
「うるさいっ、来ないでっ!」
「ごめんなさい、許して。痛いの助けてよ、みな」
「知らない。来んなっ、触んな!」
「痛い、痛い、怖いよ。許してごめんなさい、ごめ……ん、な?」
苦痛に助けを求めるかなえを無視して、みなは逃げ道を探すよう周囲を見渡す。
絶叫。
みなの口から絶叫があがる。かなえがみなの左上腕に歯を食い込ませていた。歯は皮膚を破り鮮血を生んでいた。腕を振り払いかなえを突き飛ばす。
「噛んだっ!? 信じらんないっ、何してんのよっ!!」
「あ、本当だ。女神様が言ったとおり痛みがなくなった」
「ふぇ?」
「あぁ、そうか。本当だ美味しい」
「な、何キモいこと言ってんの? や、やめて……。かなえ? お願い。許すから、ねぇ?」
悪寒に愛想笑いを浮かべるみな。
小首を傾げるかなえの頭上には疑問符。もう言葉はかなえに届いていなかった。
「やめて、来ないで、やめてやめてっ、食べないでっ、食べないでぇぇぇ!」
画面が激しく揺れる。カメラがアスファルトに落ちた音がした。
絶叫の中、嫌悪感を催す咀嚼音と骨が砕かれる音が響く。
最後にカメラのレンズが映したのは、黄金に煌めく空より緋色の花弁が舞振る、神々を描いた絵画のような神秘的な光景。その神々し光景の中、慈愛の微笑みから鋭利な三日月のを象った唇。鮮血色の悪意が滴る、悪魔のような笑みを浮かべる黄金の女神の姿だった。
******
室内は鉛のような重い空気が満ちていた。重苦しい雰囲気に呼吸も重く苦しくなる。肺の中の鉛を身体の外へ出すように、息を長く吐き出す。すこし頭痛がするが無視できる。
<祝福の日>
人が囚俘となった、はじまりの日。
日常が破壊された、はじまりの日。
ずっと続くと思っていた日常が異世界に変貌しまったようだった。
血の気の引いた蒼白の顔を、苦痛に歪ませたティリエラが右手を挙げる。左手は嘔吐く口元を押さえていた。
「ご、ごめんなさい。お手洗いに行ってもいいですか?」
「私もっ」
マリも蒼白な顔で右手を挙げる。
「急いで行ってこい。周頼めるか?」
「はい」
うなずいた周さんは、早足で報告指令会議室を出て行ったティリエラとマリを追って行く。
「サ、サイは大丈夫か?」
「問題ありません」
「そ、そうかぁ……」
感情が凍結した声音。無表情のため冷たさを感じるが、サイの紫電の瞳には暖かさがあった。
「カイルは問題ありませんか?」
「お、俺は男だから大丈夫だっ!」
サイに心配してもらったことが嬉しいかったのか、乙女の顔で男臭い笑顔を見せるカイルに、何故か俺が恥ずかしさを覚える。
何これむず痒いっ。
見てられないので視線を彷徨わせる。
ギルフォードは変わりないように見えるが、整った秀麗な顔はどこか冷めたように前を見据えていた。ユエラウは一人で何かに耐えるように俯いていた。美夕が心配そうに鼻を鳴らす。しーちゅも心配そうに俯いた顔に額を擦りつける。
「講義が始まったばかりだが、少し休憩しよう」
「諫早さ……先生。飲み物買っても?」
「いいぞ、自動昇降機広間に自販機があるからな」
諫早さんに軽く会釈してギルは室内から出て行った。
俺も飲み物買ってこようかな。
「よくこんな日を<祝福の日>なんて名にしたの。感覚が理解に苦しむ」
「実際に誰かの願いが叶えられ、そいつの祝福になっているという皮肉だろ」
俺は美夕を刺激しないように静かに立ち上がり、会議室から廊下へと出る。廊下に出ると急激な疲労感に襲われ少しふらついて壁に背を預けた。壁の冷たさがありがたい。
俺、疲れてる?
そんな感覚久しく感じたことがなかったから、驚きと戸惑いがあった。極東に来てから本当に狂わされる。重い溜息が漏れた。
「リュウ?」
少し顔色が戻ったマリが可愛らしい額に眉を寄せる。
「マリ、大丈夫?」
「それ、今私の台詞なんだけど。アンタこそ大丈夫なわけ?」
少し釣り上がった大きな橙色の瞳が訝しげに、俺を見つめる。たしかにこんな状態で心配されても困ってしまうよね。俺は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化した。
「そう……」と呟いたマリは何も聞かず、言わずに報告指令会議室へと足を向ける。俺の前を通り過ぎるマリの無表情な横顔を見た瞬間、右手が勝手に動いた。「そうだマリ」右手はマリの左腕を掴んで引き留めていた。
「なっ、何!?」
大きな瞳をさらに大きくした驚き顔のマリは「びっくりした……」と胸を撫で下ろす。
はっ!? 女の子の腕を掴んでしまった。すぐに手を放した。
「くち、口の中さっぱりしたいだろ。飲み物買いに行かない?」
「…………そ、そうね。って、私吐いてないからねっ」
「うん!」
「何その元気な返事っ、ムカつく!」
俺に悪態を吐くマリと一緒に自動販売機が置いてある自動昇降機広間に向かう。
マリの口から俺への文句が止まらないのだが……。さすがに傷つくからね?
自動昇降機広間に着くと、ギルフォードが難しい顔をして自販機を睨みつけていた。
「何やってのアイツ」冷ややかな声音でマリが呟いた。ギルフォードが中央の偉いお金持ちと知ってから、なぜかカイルとマリはギルに冷たい感じがする。
「ギル、何か困ってる?」
「リュウ。マリも」
あまり表情の変化がないギルにしては珍しく、困惑した顔を見せていた。
「どうかした?」
「カードが使えなくて買えないのだが」
長い指の手には黒光りする黒に金字のカードがあった。
え、それって、もしかして……。
噂でしか知らない、何でも買えるというブラックカードっ!?
初めて見たと、ちょっと感動していた俺の横で、マリが心底嫌そうに顔を歪めていた。瞳はまるで敵でも見てるような険があった。
「どうしたらいい?」
「え? えっと……」
ギルフォードと二人であれでもない、これでもないと色々試していたら「ああああぁっもうっ、初日に説明があったでしょ!」とマリが怒鳴りながらギルと俺の間に割って入って来た。
「極東ではカード類は使えなくって、硬貨か紙幣、もしくは個人認証のキーコードで口座からの引き落としだけって言ってたでしょうが!」
「あぁ、そういえば口座に紐付けるから申請してって言ってたな……」
「ア、アンタねぇ……。してないわけね」
悪びれることなく力強くうなずいた。
「カードしか持っていない」
「分かった、いいわよ。奢ってやるわよ!」
男気溢れる一言に、なぜか俺の心が跳ねた。
短パンのポケットからオレンジ色の小さな小袋を取り出した。オレンジ色の下地に白色の小花が散りばめられている、手の平サイズの小袋の口には銀の留め具がついていた。
「あ、可愛い」
「ただのがま口小銭入れよ!」
顔を真っ赤に染めたマリにさっきから怒鳴られてばかりだ。可愛いって言っただけなのに……。
小銭入れから銀色の硬貨を一枚、投入口に入れると、自動販売機のボタンが青く点灯する。好きなの押せと言わんばかりの圧でマリの顎がボタンを示す。ギルフォードの右人差し指が迷いながら缶コーヒーのボタンを押した。軽い電子音と硬質な物が落下する音がした。自販機の取り出し口から缶コーヒーを取り、マリに見せる。
「マリ、後で必ず返す」
「奢りだからいいわよ!」
「そうか、ありがとう」
ギルの形のいい唇が柔和に緩む。
気怠げか眠そうか、無表情に近い眉目秀麗な顔の表情筋が緩んで微笑みを浮かべていた。
俺とマリに衝撃が走る。出会ってまだ二日しか経っていないが、ギルが笑ったことに驚愕の雷に打たれていた。
ギルも笑うんだ。……いや、笑うだろ普通。失礼過ぎるだろ!
「アンタ、笑えるじゃん」
マリさんんんんんんんんんんんんんっ!?
平然と失礼なことを言葉にしたマリに、驚きをとおり越して恐慌に震えた。
さすがにギルも傷……つ、く?
ギルフォードは何を言われたのか理解していないようで、整った顔に疑問が貼り付いていた。杞憂の心配だった……。
「俺はサイとは違うぞ?」
「それどういう意味?」
「……何だ、知らないのか。なら忘れてくれ」
意味深な言葉に俺とマリは顔を見合わせる。互いに疑問で小首を傾けていた。ギルはもうそのことについて話すつもりがないらしい。缶コーヒーを開けて飲み始めていた。
たぶん他人の口から話すことじゃないんだ。俺たちはまだ出会って二日。同じ時期に極東へ異動になって、新人として班を組まされただけの仲だ。お互いをまだ知らない浅い付き合いだ。
仕事上の、上辺だけの仲間……には、なりたくないな……。特に美夕とは仲良くなりたいっ。あの手触りが良さそうな毛を撫でてみたいっ!
「リュウ? 飲み物買うんでしょ。奢ろうか?」
「い、いいよ。大丈夫。俺ちゃんと申請して完了してるから」
手にペットボトルを持ったマリが俺の顔を覗き込む。慌てて俺も自販機で炭酸水が入ったペットボトルを三本買った。
「そんなに飲むの?」
「いや、これはティリエラとユエの分」
「ふ~ん。サイの分は?」
「サイの分はカイルに任せたほうがいいかと……」
「余計なお世話にならなきゃいいけど」
「う、うん」
サイの分を買っていったらカイルにまた睨まれそうだし……。
一応、応援してるし、ね。
「あ、いましたね。そろそろ講義を再開しますよ」
右手を大きく振って、周さんが俺たちを呼びに来ていた。
「ゔっ……」
マリが苦虫を噛み潰したような唸りをあげる。陽色の瞳は濁り、不安と嫌悪感が孕んでいた。薄い肩が震えていた。<祝福の日>の映像を思い出したのか、顔から血の気が引いていた。
「またあんな映像見ないといけないのかな……?」
「大丈夫?」
「ごめん。刀使いになったのに……」
恐怖から抜け出せないことが悔しいのか、ペットボトルを握る両手に力が込められる。必死に震えと戦っているマリに、俺は何も言えず、ただ心配しかできなかった。
「分かってる。頭では理解してる。けど……、まだ慣れてなくて……」
「あれは慣れるものじゃない。慣れていいものでもない。だから気にする必要はない」
ギルフォートの言葉に俺は驚く。心の奥底にあった何かが溶けたように感じた。
マリの噛み締められた唇が綻び、薄く笑みが浮かぶ。
「そう……だね」
マリの震えが止まっていた。
たった一言で人は救われも、傷つきもする。諫早さんが言っていた、大切なことは言葉にして伝えないと伝わらない、か。
「ギル、あ、あ、その、だから……。その、あ、ありがとう……」
耳朶まで紅潮させたマリが懸命に言葉を絞り出す。
ギルフォードの褐色の右手がマリの頭を優しく撫でた。唇には笑みがあった。
俺の中にさっきまであった懸念が消えていたことに気づく。
仕事上でも、上辺だけじゃない。この班の人は、仲間は大丈夫だ。
******
『A-C』の報告指令会議室に戻るとティリエラも席に戻っていた。顔色も戻っている。良かった。
「ティリエラ大丈夫?」
「あ、リュウお帰りなさい。もう大丈夫です。心配させちゃったね」
薄い肩を竦めて、いつもの花咲く笑顔を見せてくれた。
「良かった。あの、これ良かったら……」
水滴が流れる炭酸水のペットボトルを一本差し出す。きょとんとした顔でペットボトルを見つめ「私に?」と俺を見つめる翡翠色の瞳。俺はうなずいて見せる。
「あぁ、嬉しい……。ありがとうございます」
しなやかな手がペットボトルを受け取り、薄ピンクに染まった頬に当てて冷たさを感じてた。
「ユエ」
「ひゃいっ」
あ、また噛んだ。
名前を呼ばれただけで驚いて、勢いよく振り返る。また噛んだことに羞恥で首まで紅潮させて俯く。ユエラウは常に緊張しているように感じるが、今日は特に緊張が増している。だからなのか美夕の警戒心が強くなっている。丸まった寝姿から見上げてくる怒気を孕んだ眼が俺を睨みつける。飲み物渡すだけだから許して。
「ユエもこれ、良かったら」
透明な炭酸水が入ったペットボトルを差し出す。
「え? え? え? え……?」
俺の顔とペットボルトを見るユエラウの氷雪の瞳が何度も往復し、なぜか不信に満ちた顔をした。額の中心に形のいい眉が寄せられ深い皺を刻む。
ユエラウの反応に俺も困る。
「えー……と、ごめん。勝手なことしちゃったかな?」
「あの、えっと……、本当に私ですか?」
……ん?
「それは本当に私でいいのですか?」
「うん、そうだけど……。何かごめん」
低い硬質な声音。なぜそんなに疑ってくるのか分からないし、怒ってる?
そう思ったが、ユエの顔から不信が消え、代わりに現れたのは泣きそうに歪む表情だった。
「すみませんっ、ごめんなさいっ。わわわわ私、人から物を貰うのが初めてで。ほ、本当に私ですか? 私でいいのですか?」
「うん、ユエにと思って買ってきたから受け取ってくれると、嬉しいな」
俺より、ユエラウが北支部での生活がどうだったのか心配になった。
白雪の繊手な両手が怖ず怖ずと伸びていく。まるで割れやすいガラス細工に触れるように、両手がペットボトルを優しく包み込む。ペットボトルを受け取ったユエラウは安堵したかのように、愛しいものを見るように微笑んだ。その表情に大袈裟だと思いつつ、何だか嬉しくなる。
「大切にしますっ!」
「いや、飲んでね」
いつの間にか下からの怒気を孕んだ圧が消えていた。視線の端に見える美夕は寝ていた。俺の口から安堵の息が漏れる。ふと視線を感じ、その方を見るとカイルと眼が合った。
カイルの群青色の瞳には嫌いなものを見るような嫌悪感に支配されていた。そんな眼で見られるようなことはしていないのだがと困惑しつつ、サイのことを思い出した。
カイル気づけと思いながら、視線をサイに向け、また視線を戻しカイルを見つめる。
見つめる俺に対してさらに嫌悪感が増し青ざめて引いていく。何か誤解されているような感じがしてならないが、無視。
こうなったら分かりやすいように、ペットボトルを指差しながらサイに視線を向ける。言葉にできないのがもどかしい。カイルの「は? 何?」という困惑と疑問の表情に気づきの色が広がる。
「先生っ、ちょっと時間くれ。すぐ戻るからっ!」
慌ただしく報告指令会議室を出て行き、速攻で帰ってきたカイルの手にはペットボトル。透明な液体が揺れていた。
マリが俺に右の親指を立てて見せる。俺もそれに倣って右手の親指を立ててうなずいた。気づかせるの大変だったけど。カイルは少々鈍感のようだね。
「サイ、あのさ。喉渇いてね?」
「お気遣いなく」
横から赤茶色の液体が入ったボトルを取り出し机の上に置いた。
持参してたっ!?
「あー……、そっか。持ってんならいいや」
何かごめんっ。カイルごめんっ!
カイルは持っていたペットボトルを隠すように席に着いた。小さい体がさらに小さく見えた。
俺はマリを見た。マリも俺を見た。二人して苦笑いを浮かべる。マリが言ったように、余計なお世話になってしまった。重い溜息と共にパイプ椅子に座った。
「リュウは優しいですね。気遣いのできる人は素敵だと思います」
その気遣いが、今余計なお世話になったところです。
微笑むティリエラに、苦笑を浮かべるしかない。
「よし、続き始めるぞ」
諫早さん声に気持ちを切り替える。後でカイルに謝ろう。
「九十七年前<祝福の日>に<黄金の女神>が誰かの願いを叶え囚俘が生まれた。囚俘にはどんな武器、兵器も効かず、人類はただ囚俘に食われ絶えるしかないと思っていた」
投影機から白板に映されるのは小型の囚俘。獣型<ハウンドヘッド>目のない巨大な猟犬の頭部。口腔内には短剣のような鋭利な歯が並んでいた。巨大な頭部を支える体は極端に小さい。
次に映されたのは、同じ獣型の囚俘<サンランクス>山猫の似姿だが、その身体は血色の粘液に濡れ滴っていた。爆ぜたような肋骨から内臓が出ないように、複数の人の手が抱えているのが見える。
画面が変わり、今度は昆虫節足類型<フォレアレニエ>が映し出された。草で体を覆った人の顔をした蜘蛛。顔の上部には複数の目があり、口が耳朶まで裂けていた。草の中から伸び出るのは槍の穂先のような鋭利な八本の脚。
そして最後に妖精型と呼ばれる羽が生えた囚俘<ストマネライダ>。目と鼻のない蛇の頭部に、異常に膨れた腹部には人の巨大な唇。乳白色の歯を覗かせていた。背には昆虫のような半透明の翅が四枚。
「が、彼奴らは生物だった」
「囚俘が現れた時、死んだ人間も囚俘化しておったからの。勘違いしてしまうのも致し方なしよの」
ウルドが指を鳴らすと映像が切り替わる。どこかの国の墓地の映像が現れた。閑静な墓地には十字架を模した墓石に長方形の墓石、半円の小さいな墓石などが並んでいた。整備された石畳の道。草木に囲まれた墓地には鳥の囀りが響き、穏やかで優しい雰囲気があった。
悲鳴。
恐怖が張りついた顔で画面を走り抜ける人たちがいた。その後を這うように追うのは赤黒い塊。赤い粘液の軌跡を残しながら画面端へと消えていく。その数秒後、墓石の下の土が盛り上がり、泥に塗れた人の手が現れた。ホラー映画のゾンビものでよく見る映像がそこにはあった。
マリから小さな悲鳴があがった。
土の中から這い出たのは腐食が進んだ人間だった。身体が腐った死んだはずの人間が動いていたのだ。夢でもなく映画でもない、現実のできごとだった。
虚ろな顔で動く、死体だった人たちは身体の一部が腐って崩れ落ちでも気に止めず、赤い軌跡の上を歩いて行く。腐食した部分から赤黒い触手が軟体動物のようにうねり動き、肉色の腫瘍が膨れて身体を飲み込んでいく。
「これを見たらゾンビだのリビングデットだのって、言いたくなりますよね」
冷静に笑顔で感想を言う周さんが少し怖い。
「極東のようにご遺体を火葬していた国はすぐに絶望的は被害はにならなかった。だが、土葬の国は違った」
「諫早さんが言ったように、囚俘は生き物です。生き物が生きるために絶対に必要不可欠な行為があります」
「それが、食事だ。死者から囚俘化した人たちは、生者から囚俘化した人たちに以上に空腹を満たすため、人を喰い荒らした」
嫌な光景が目に浮かんだ。あの時もそうだ。囚俘になってしまった人は空腹だ。空腹の囚俘は凶暴化する。思考は食べることに支配され、特攻してくる。囚俘の血走った眼が、涎を垂らす口元が、元人間だったことを忘れさせる。
「その数は一国九十万人以上にも及んだそうです」
「幸いなことに、囚俘には満腹がある。腹が満たされれば目の前に人間がいても襲わない。元人間であっても快楽のために殺すということはしなかった。醜悪な姿をしていても、どこまでも動物のような怪物だったということだの」
それのお陰でもあって、今も人類は生きている。生き残っている。
「そしてそんな絶望の中、九十二年前ここ極東にその人は現れた」
白板の映像が切り替わり、黒髪の青年の姿が映し出された。まだどこか少年の影が残る青年は、諫早さんのように柔和に微笑んでいた。その首筋には赤黒く光る<核>があった。
「名前は宮本宗生。はじまりの刀使いだ」
「この方が現れてから希望が生まれました。囚俘が殺せない怪物から殺せる怪物になったんです」
興奮して弾むような周さんの言葉に、諫早さんが強くうなずいた。
「宮本宗生が手にして戦っていた武器が、大昔極東にいた<侍>と呼ばれる人たちが使用していた武器<日本刀>に酷似していたから<刀使い>と呼ばれるようになった」
宮本宗生さんが戦っている映像が流れる。手にしている武器は、刀身が緩く湾曲した片刃。刃文が青白く波打つように鈍く光る。宮本さんの周りにいる人たちも同じ形状の刃を持って囚俘と死闘を繰り広げていた。
「それから世界の各地で同じように、刀を手に戦う者たちが現れたという」
投影機から投影された映像には各地で戦う<刀使い>の姿があった。身体には<核>が見え、手には刀が握られていた。人類が初めて囚俘に抗う力を手に入れたのだ。
理由は分かっていない。<黄金の女神>がまた誰かの願いを叶えて、戦う力をくれたと言う人たちがいるが、きっと違う。<祝福の日>に誰のどんな願いが叶えられたのか、誰も知らないのだから。
「今では日本刀の形をした<刀>を持つ刀使いの方が珍しいが、昔は皆この形だったんだよ」
「囚俘の進化とともに<刀>も進化していると言われてますね」
「進化なのかどうか分からないが、いや、まぁ本当、面白い形の刀使い増えたよな」
「そうですね。サイさんの翼型の刀も珍しいです」
名前を出された当のサイは小首を傾げるだけだった。隣にいるカイルの方が自慢げにしているのはなぜだろう。
でも、サイの翼の刀は綺麗だった。はじめは天使かと思ったくらいだ。純白の翼が羽ばたくたびに光の粒子が舞っているようだった。
「ここ極東には珍しい刀を持つ刀使いが多くいるから、楽しみにしておけ」
少年のような笑みを見せる諫早さんに釣られて、皆笑っていた。俺も笑っていた。
「そんじゃ次は、囚俘の弱点の話と刀使いのことな」
また白板に映される映像が変わり、小型囚俘たちの画像に戻っていた。