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遠いあなたは君で私  作者: 蒼伊織
うす桜の記憶
6/29

     六


 最近、夜が暗くなった。

 明度彩度ともに皆無の空を見上げながら、ふとそんなこと思ってみた。

 鬱屈とした丑三つ時、わたしは、街に繰り出す。


 夜中の街を行き場も決めず徘徊するのは、久しぶりだった。

 昔のわたしは結構頻繁に深夜、家を抜け出していた。

 小説のアイディアが煮詰まったり、憂鬱に心様が閉鎖的になったりしたとき、塞ぎ込んだ気分を一新するべくわたしは夜道を歩いた。


 つい先日のことだ。

 わたしは、一年ほどつきあい続けた恋人の雨と、別れた。

 その交際期間に、終止符を打った。釈然としないわたしの心は、いつまで経っても晴間を見せてくれない。

 うつむきかけた顔を上げて無理くり前を向いても、視界のはしがぼやけたように黒くて暗い夜の一本道が、まっすぐに続いているだけだった。


 別に、雨とよりを戻したいとかそういうことは思わない。

 思うわけがない。

 だって、彼に別れを切り出したのはわたしだ。

 わたしが彼に、別れようと言った。


 その事実は過去でありどうやったって覆せるわけがないのに、ここ数日幾度となくわたしは同じ思案の道筋を辿り続けている。


 自然と足は進む。

 決して前向きになれない前進を無為に続けながら、煩雑とした頭をどうにか整理整頓しようと試みる。


 散歩はわたしにとって、乱雑に散らかった部屋を整理してくれる行いだ。

 見渡す限りに散らばった記憶や思考や信念や妄想を、どうにもならないものたちを、一度本棚やおもちゃ箱に収める。


 夜の街を歩いていたって、得るものはない。

 まったくのゼロということもないのだろうが、図書館で思いのまま本を選び取って読み漁るのとはわけが違う。


 読書や暗記は、部屋の中にものを増やす作業。

 散歩や入浴に付随する思索は、それらを片付ける作業。

 そしてわたしにとって小説──もとい創作作業は、部屋の中に新しいものつくりだす作業だった。


 ある種閉鎖的で、内向的であることに違いはない。

 しかしわたしにとって生きることの本随は、そこにある。


 なにかを生み出すために、人は生きている。


 さらにわたし自身に限定すれば、小説を書くために、生きている。


 生命維持は小説を書くため。


 エネルギー補給は小説を書くため。


 勉強は小説を書くため。


 人と話すのは関わるのは、小説を書くため。


 わたしはわたしのために、小説を書き続けるためだけに生きている。


「──ふぅ」


 ようやっといつもの自分が戻ってきて、わたしはため息を吐く。


 思うに、ここ最近のわたしはわたしらしくなかった。

 恋愛など、すべきではなかったのだ。


 わたしはもっと、わたしらしく。

 わたしのためだけに、生きていればいい。


「……あれ?」


 頬を伝う生ぬるい液体に気づいて、静かにわたしは声を上げた。

 頬を拭い、手にまとわりついた透明な液体を見るともなく眺めた。


 別に誰に見られるでもないから、涙はそのままにまた歩き出した。


 思考の整頓も終わり心の平静も取り戻したから、わたしは家に帰ることにした。

 狭苦しくて息苦しいけど、わたしの帰る場所はもう、あそこにしかなくなった。


 十七歳、春。

 わたしは恋人と別れた。


「涙、初めてだ」


 自分の感傷が酷く不自然なものに感じられたけど、考えれば、別段不思議なことでもなんでもないのだった。


 わたしは恋人と別れて、少なからず感傷的になっている。


 たとえ子どもの遊びみたいな恋愛だったとしても、当人たちにとっては本気も本気で、このままずっと一緒にいるのだと、根拠もなく信じていた。


 それが跡形もなく崩れ去った今、少しくらい、感傷的になったっていいじゃないか。


 今だけは、ちょっとくらい。


 普段は流さない涙を流してみたって、いいじゃないか。

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