四章 歌姫の話
店「ちょっ、なんでまた? いや、嫌いじゃないよ、女装美少年。賢者の倒錯趣味?」
吟「なんで賢者のせいなんですか? どちらかと言えば勇者が乗り気……ではなくて、勇者パーティが世界を救うためです」
店「女装美少年は世界を救う」
吟「救うのは賢者ですよ!」
店「いや勇者っしょ、ってか、これも英雄譚にしづらいわー」
吟「ですよねえ。一部の層にはバカ受けしそうな気がしますけど、ニッチでコアより大衆向けが欲しいので」
店「で、どうやって世界救うの?」
吟「はい。賢者は過去にあった魔王討伐の記録を覚えていました。その際、困った事案がいくつかあってランキングされていたんです」
店「ランキング」
吟「ワースト3、街が滅びて補給が出来ない」
店「あるある」
吟「ワースト2、モンスター強すぎ、倒せない」
店「レベル上げろや」
吟「ワースト1、街を滅ぼされた住民達が逆恨みで、勇者パーティを襲う」
店「集団ヒステリーこええ!」
吟「というわけで、勇者パーティはモンスター退治とともに、住民たちのメンタルケアを重要視しました。そこに魅了を持つ美少年ハーフエルフがいたらどうします? 癒しになりますよね? なりません? いや僕にはなりませんけど」
店「癒しだわ。脳筋勇者に呪い系賢者、あとゴーレムじゃ癒せないわ」
吟「あと聖女要素を加えたほうがいいかなって。でも、聖女というとあとで宗教裁判かけられる可能性があるので」
店「聖騎士は、いるのに?」
吟「生憎、勇者パーティは誰も聖騎士と言ってませんよ。コネ系騎士が使えず追い出されて、でも騎士が勇者パーティに誰もいないと恰好が悪い。騎士道精神を持つドワーフはゴーレムになってようやく神殿から騎士叙勲をしてもらったというわけです」
店「そっか、だから妥協案として歌姫か」
吟「ええ。彼の魅了の使い方もその名にふさわしいものでしたから。歌姫は歌に精霊の力を載せて人々の精神に作用します。彼は母親が吟遊詩人だったらしいです。千を超える歌を知っていました。攻撃的な精霊術は一切使えない代わりに、精神に作用する術に強い適性がありました。そのため、聖騎士のゴーレムの肉体とコアをつなげることも成功したんでしょうね」
店「ほうほう。しかし母親がいてなんで奴隷に?」
吟「怖がられたそうです。母親よりも心を掴み、他人を魅了する歌に。金貨十五枚で売られたと。賢者と同じ身の上ですね」
店「賢者より高い」
吟「うるさいなあ! 賢者の知識も役に立ちました。彼によって歌姫は、精霊術の精度を上げます。特化型の精霊術師である歌姫は、人々の心のよりどころになったわけです」
店「何気に賢者をヨイショする」
吟「賢者大切!」
店「うん。わかったから。しかし、残念よね。勇者パーティで戻ってきたのは、勇者のみ。あんたが大好きな賢者も、真面目な聖騎士も、可愛い美少年歌姫も死んじゃったってことでしょ? なんだかんだで元奴隷とはいえ、可愛がられたんじゃないかな。その歌姫」
吟「可愛がる……」
店「いや、変な意味じゃなくて! 普通に、見た目的には幼かったみたいだしさ」
吟「ええ、勇者パーティは歌姫を可愛がっていましたよ。勇者は弟もしくは妹のように。賢者は術を教える弟子として。聖騎士は、昔いたという子どもに重ねて。誰一人として彼を無駄死にさせようとは思いませんでした」
店「うん」
吟「元奴隷ともあって、歌姫は最初心を閉じていました。でも、脳筋な勇者に、賢い賢者、あと父性と騎士道精神の化身とも言える聖騎士によって、次第に心を開きました。長い旅路の間に、歌姫はパーティを家族のように思いました」
店「ある意味皆あぶれ者の集まりだもんね。仲間意識芽生えるのはわかるかも」
吟「だから、勇者パーティは魔王戦の前に、彼に戦力外通告を出したのです」
店「えっ?」
吟「歌姫に直接的な戦闘能力はない。雑魚モンスターなら、彼の歌によって魅了されて同士討ちさせることもできたでしょうが、最終局面に至っては魅了にかかるモンスターもいない。彼にできるのは、多少仲間の能力値を上げることくらい。魔王城の近くであれば、魅了する人々もいない。ゴーレムのコアをつなげる技術は、すでに賢者によって確立された。最後の街で、歌姫の役割は終わっていました」
店「歌姫を一人、……最果ての地に置いていったってこと?」
吟「それが最善だと賢者は判断しました。勇者と賢者も同意しました。勇者は攻撃に特化して防御には向いていない。賢者は魔術こそ欠かせないが、聖騎士が守らなければ即死します。そこに、歌姫を守るだけの余力はなかったのです。彼がいても無駄死にする、さらにはパーティの全滅につながったのです」
店「いや、でもそれって。歌姫にとってパーティは家族って……」
吟「ええ家族です。だから、賢者は歌姫のために予備のゴーレムを渡しました。聖騎士に及ばずとも、並のモンスターを倒すだけの力はあります。歌姫の格好もやめさせて、体格が一番近かった勇者の服を与えました。女の格好だと違う危険もありましたから。ゴーレムも幻術をかけて人間に見せて護衛にし、歌姫には最後の街で待つようにと言いました」
店「最後の街」
吟「魔王を倒してくる。私たちが帰ったら一緒に凱旋しよう。だから待っていてくれ」
店「凱旋」
吟「もし帰らなかったら、自由に生きてくれ……と」
吟「自由に」
吟「勇者パーティは歌姫のために、歌姫を想って街において来たのです」
店「歌姫のために」
吟「でも、歌姫は素直に彼等の気持ちを受け取らなかった。歌姫は奴隷だったから。家族に、母親に売られたから。どんなに甘い言葉をかけられても、信用できなかった。だから、歌姫は裏切った」
店「えっ?」
吟「ええ、勇者パーティは間違っていた。歌姫にとって勇者パーティーは家族みたいなものでした。そして、歌姫は過去に家族に売られて奴隷になったのです。魅了という呪われた力を持つ子として」
店「どうして裏切り? 仲間としていたんでしょ?」
吟「歌姫がおねえさんみたいな性格だったら、前向きに生きていたかもしれないです。でも彼はそんなに強くなかった。一日、二日、三日。一週間、十日。待っているうちに、歌姫の不安は次第に大きくなったのでしょう。勇者たちは自分を捨てた。使えないと切り捨てた。たとえ魔王を倒しても自分は勇者パーティではない。凱旋にも参加できない。それどころかまた奴隷に逆戻りになるのではないか。彼の心は勇者たちを待つ間にぐるりぐるりと変わったのです。いや、違うかもしれない。元々、そうだったかもしれない。ただ、僕が、いや僕たちが見抜けなかっただけなのかもしれない」
店「でも、賢者だって同じ立場で……」
吟「ふふ。賢者は幸せ者でしたよ。脳筋勇者の前向きさに感化されました。図書館と寝室の往復しか許されなかった賢者にとって、勇者との旅は、危険であるとともに楽しい思い出でした。賢者には勇者パーティの旅路はかけがえのないもので、だからこそ似た境遇の歌姫も信じてくれると思ったのでしょう」
店「な、なんでそこまで話を知っているのさ。まるで見てきたみたいに。というかおかしくない? 勇者パーティで生き残ったのは歌姫じゃなくて、勇者一人なんだよ?」
吟「まだ、わかりませんか? 勇者に捨てられないために、彼は何をしようとしたのか。僕だけじゃなく、おねえさん、あなたも知っていたはずですよ。ええ、忘れているだけで」
店「忘れてる?」
吟「勇者は娼婦の子ども。賢者は商家の息子。聖騎士はドワーフの技術者の息子。歌姫は奴隷の少年」
店「それがどうしたのよ」
吟「僕は、英雄譚に脚色は必要だと思っています。でもできるだけ嘘は言いたくないんです。でも真実と伝えられていることは違うんですよ」
店「はあ。意味が分からないんだけど」
吟「思い出してください。歌姫が男であれば、逆もまた然りですよ」
店「逆? って、えっ」
吟「僕は一度も勇者が男だと言っていません」
店「勇者が、女ってこと?」
吟「そうですよ。あと、ミノタウロスの眉間に剣を突き立てられるような人。男性だろうが、女性だろうが、僕は生涯一人しか知りませんよ」
店「ミノタウロス。い、いやちょっと待って。私は確かに最果ての地で」
吟「仲間から戦力外通告を受けた」
吟「装備はなく、なんとか命からがらここまでやってきた」
吟「仲間の吟遊詩人が一緒にいて、客もいない酒場でひたすら流行とはかけ離れた曲ばかり弾いている」
吟「おねえさんは自分の記憶がおかしいとは思いませんでしたか?」
店「なんで、何が言いたいの? いや、違う。ねえ、あなた、何者なの?」
吟「僕もまた勇者が魔王討伐後、最果ての地にいました。装備はなにも持たず、魔力も力もない。モンスターに襲われたら一発です。ただできるのは、知恵を絞り、いかに逃げ回るか。おねえさんみたいに力もない。きっと何もしなくても問題ないと思ったから放置されたのでしょうね。魔王を倒したあとでも、そのおひざ元には凶悪なモンスターはうじゃうじゃいます。盾役になってくれるゴーレムも、バフをかけまくった防具も、何より力の源である賢者の杖もないレベル1の男は最果ての地にて死んでいたはずでしょう」
店「レベル1の男、……賢者?」
吟「魔王を倒した直後、最後の街で魅了した人々を連れた歌姫は僕らを拘束しました。壊れかけた聖騎士のボディからコアを取り出して踏み砕き、ゴーレムを使って僕から賢者の杖を奪った。魔王を倒した直後の疲労と予期せぬ裏切りに勇者は放心し、歌姫の精霊術に抗えなかった」
吟「歌姫は言った。『僕が勇者になってあげる』と」
SE:足音
BGM:店の音楽
店「ちょっと、何をするの、そいつはただ曲を弾くだけの」
吟「ええ、知ってます。ただ、あなたの前で曲を弾くだけの吟遊詩人。流行の歌も客の有無も関係ない。簡単な命令しか聞くことができないゴーレム」
SE:パリンと幻術が解ける音
店「そいつは幻術だったの⁉ それにその杖は?」
吟「古びた杖でしょう? これは僕以外には触れられません。だから、ミイラになることがないゴーレムに持たせた。あなたの仲間に吟遊詩人なんていません。このゴーレムは過去に僕が歌姫の護衛に渡したものです。コアを見ると命令内容が加えられています。『勇者の記憶の上書き』と。僕は、歌姫にゴーレムの構造も教えてあげたんです。思い出してください、勇者」
店「ゆ、勇者?」
吟「再会のハグくらいしてくれてもいいんですよ。ミノタウロス殺しの脳筋勇者さま」